第255話







 さらにその傀儡たちの中で一際強い者たちがいた。あの場所でぶっ倒して服従させた4体の龍王、傀儡の最精鋭である『白魔龍』、『龍刃皇』、『嵐雪龍』、『獄炎龍』だ。

 さらに同じ最精鋭級の傀儡『熾天使』も3体いる。その下にも精鋭級である『主天使』、兵士長級の『大天使』がかなりの数控えている。


 レインは支配の魔王アルティがかつて使役していた傀儡の軍勢の主力を全て手に入れる事が出来た。


「お前たち敵は向こうだ。1人残らず殲滅しろ」


 レインの呟くような命令は全ての傀儡に一瞬で伝わる。本来ならば声すら出す必要はない。50,000を超える傀儡たちはその一部を残して一斉にヘリオス強化兵へ向けて攻撃を開始した。


 いくら覚醒者に匹敵する力を得たとはいえ最精鋭級の傀儡には遠く及ばない。ヘリオス強化兵たちは挑むか逃げるかの選択をする前に蹂躙されていった。


 それを確認したレインはエリスへ向けてゆっくり歩き出す。レインにとっては数百年ぶりの再会だ。


 レインがエリスの元へ向かうのを4人の神軍長たちも止めようとはしない。レインの事を信頼したのか、ここで争うと全てを巻き添えにしてしまうと考えているのかは分からない。


 そもそも神軍長たちが束になっても今のレインには手も足も出ない。せいぜい数分間時間を稼ぐのがやっとだろう。


「エリス」


 レインはエリスの前で膝をつく。本当は今すぐに触れたいし、抱きしめたい。しかしレインが来る前に色々と怖い思いをした。いきなりそんな事をすれば余計に怖がらせるかもしれない。


「お、お兄ちゃん……ごめんなさい」


 エリスには今にも泣きそうな顔をする。

 

「どうして謝るんだ?謝るのは俺のほうだよ。遅れちゃってごめんな。怖かったろ?」


 レインはエリスの頭の上に手を置いた。しかしエリスはすぐにそれを払い除ける。


「だ、だめ!」


「………………え、えぇ?」


 レインはエリスに手を払い除けられたという事実で心に大ダメージを受けた。魔王なのにそれだけでショック死するかと思った。あの場所に行く前に何かいけない事をしたのではないかと必死で記憶を巡るが、なにしろ数百年前のことだ。かなり厳しい。


「私、嘘ついてたの。本当は覚醒者になってたのに……お兄ちゃんに嫌われたくなくて……」


「何で俺がエリスを嫌うんだよ?」


「だって私の力は……天使を召喚するっていう力で……お兄ちゃんは闇の力なんでしょ?絶対に反発して、いつか戦うことになるって天使たちが言ってたの。……そんなの絶対に嫌だから」


「…………エリス、手を握ってくれる?」


「え?…………う、うん」


 エリスを差し出されたレインの手を両手で握った。レインからすればとても小さく弱々しい手だ。こんな小さな手で現在後ろで虐殺の限りを尽くされている数千人の兵士と対峙した。


「変な感じする?」


「ううん」


 エリスはまだ魔力を制御出来ていない。覚醒したばかりの人は魔力が溢れ出す。エリスは少し前から覚醒していたが、ずっと隠していたせいで制御は出来ない。


 レインはそんなエリスの魔力に自分の魔力を混ぜ合わせるように解放する。空中で光と闇の魔力がごちゃごちゃになる。


「俺も変な感じしないよ。反発するっていうのはお互いに敵意を持ってたりするからだよ。俺たちに敵意なんてないだろ?だから大丈夫、ずっと一緒だよ」


「……お兄ちゃん!」


 エリスはレインへ飛びついた。魔力を解放すると2度と会えなくなると思っていた。しかしそれをレインが真っ向から否定する。最愛の人とこれからも一緒にいられるという事実にエリスの瞳から涙が溢れ出した。


「ステラも……エリスを守ってくれてありがとう」


 レインはエリスを抱きしめながら横で地べたに座り込んでいたステラの頬に手をやる。ステラもその言葉を受けて緊張の糸がプツンと切れたように泣き出した。


 レインの手を両手で包んで自分の頰に持っていく。声を漏らさないように鼻を啜りながらレインの手を強く握った。


 

◇◇◇

 


 エリスとステラが落ち着くまで数十分かかった。その間、レインは何も言わずにただエリスの頭を撫で続けた。そして2人が落ち着くとレインは立ち上がった。


「アスティア……ヴァルゼル……」


「「御前に」」


 レインの背後に傀儡長アスティアと鋼魔ヴァルゼルが膝をつく。既にヘリオス兵の大半が殲滅されていた。たった数十分で数千人の屍の山が出来上がっている。


「空を移動する傀儡の指揮権をアスティアへ、地上を歩く傀儡の指揮権をヴァルゼルへ一時的に譲渡する。周辺国の都市へ全速力で迎え。敵軍を全て殲滅し、人間を守れ」


「「御意」」


「他の国の者から攻撃されても反撃するな。自分たちが何者かを説明する時間が惜しい。敵の殲滅を優先しろ。怪我人はその国の覚醒者たちに任せるとする。必要ならば傀儡を分けて都市に残してもいい。その辺は任せる」


「「全てご命令通りに」」


「龍王白魔と龍刃は残れ、それ以外も全てアスティアとヴァルゼルに同行しろ。理解したなら行け」


「「ハッ!」」

 

 

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