第265話
「いい心掛けだ」
死を覚悟し目を閉じたレインにアルティは微笑む。目が笑っていないのを知っている。だから怖くて合わせられないからレインは目を閉じた。
「ちょっと?レインさんに対して馴れ馴れしいですよ?」
「お前、誰だよ?…………あー、この子の彼女を自称する女狐か。まだ居たの?」
「自称ではなく公認です。既に私たちはキスも済ませてます。貴方の入る余地なんてありません」
「へぇー……じゃあ私はもっと凄いのしてやろう」
「…………え?凄いのって……んぐッ!!」
◇◇◇
「ゲホッゲホッ……おぇ……」
数分後にレインは解放された。周囲がドン引きして何も出来ない事をされた。魔王といえど呼吸出来ないとさすがに死ぬようだ。本当に死ぬかと思った。
そして周囲の視線は地面に蹲るレインではなくその横に立っている2人に集まっている。
「貴様……私のレインさんに何してくれてんのよ!」
「ああ?!何が私のレインだ!この子は私のもんだよ!」
睨み合う2人の間と周囲に雷が迸る。このままではヘリオス兵よりも酷い被害が出る。というか国が吹き飛ぶ。アルティは魔王の地位を失った事で弱体化している。そのため、今はカトレアとかなり良い勝負が出来そうだ。
「あー……さすがレインだなぁ。モテモテじゃん」
睨み合う2人に放って置かれているレインの肩をアッシュが叩く。涙目でまだ呼吸を整えているレインは殺意しか湧かない。
「でもさあ……レインってあんな感じの人って苦手っていうか嫌いな部類じゃなかったっけ?」
アッシュの一言でその場が凍りつく。2人に集まっていた視線はアッシュへと移動する。
「おい……クソガキ…今のどういう事だ?」
アルティは使えないはずの〈支配〉のスキルでアッシュを拘束し空中に浮かせる。身動きが取れないアッシュの眼前にアルティが迫る。その横には同じようにアッシュを睨むカトレアもいた。
「そうです!レインさんから自分の好みのタイプの話なんて聞いた事ありません!適当なこと言ってるならレインさんの昔からの友人といえど消し炭にしますよ!」
「そうだ!よく言った!」
何故かここで2人の意見が合い始める。このままでは満場一致でアッシュが消し炭にされてしまう。超越者が黒と言えば黒になる。八つ当たりのようにアッシュを消し炭にしても国家から罰せられる事はない。
「いや……で、でも……えーと……」
アッシュは全力で言葉を選ぶ。この先一言でも間違えたら待っているのは消し炭だ。結婚してまだ1年も経っていないのに消し炭になどされたくない。いや1年経っててもなりたくない。
「ハッキリ言いな!」
「そうです!レインさんの好みってどんな人なんですか!」
「レ…レインって昔からエリスちゃんの為に全てを尽くしてたからさ。グイグイ来られるのって慣れてないんですよ。多分……アメリアさんみたいに静かで優しく微笑んで側にいてくれる人って感じの人が好きなんじゃないかなぁって……」
「というか神覚者様って本当に外でご飯食べてる情報がないんですよ。神覚者様が美味しいって言えばその店は今後数年は繁盛するのに全く外食していないんですよね。
なので街では相当料理が上手い人を雇ってるって噂でしたね。だからアメリアさんって人に胃袋掴まれてる……とか?」
と、アッシュの嫁であるカトラが間に入る。さりげなくアッシュを守ろうとする動きだった。
「まあただレインが引き篭ってるだけという可能性もありますけど……とにかくもっとお淑やかな人がレインの好みだと思います!そんな事より早く行った方がいいですよ!まだ怪我をしている人だっているかもしれないのに!」
「「…………たしかに」」
アッシュのまともな発言に流石の2人も従うしかなかった。そして少し落ち込む。自分たちはレインの好みとは正反対の位置にいると実感したから。
しかし……。
「……ん?」
「……何か来ましたか?」
カトレアとアルティが誰も立っていない通りを同時に見る。ようやく呼吸を整えたレインもその方向を見た。アッシュたちは何があるのか理解できない。
薄暗い通りの中から武装した集団が出てきた。気配もなくいきなり出現した事にアッシュたちは武器を抜こうとする。
「アンタら……何者だ?答えないなら今すぐ殺すけど?」
アルティは右の人差し指をその集団に向ける。その指先からは黒い雷がバチバチと音と光を放っている。
「お、お待ち下さい!我々はエスパーダ帝国から参りました、転移部隊所属の者です!超越者レイン・エタニア様とカトレア・イスカ・アッセンディア様、そしてイグニス王女シャーロット・イグニス様の3名を大国間協議会へお連れするよう皇帝陛下より勅命を受け参上致しました」
「転移部隊の覚醒者でしたか……アルティさん、この者たちは味方です。しかし……一体なぜこのタイミングで大国間協議会を行うのですか?今はそんな事をしている場合ではないでしょう?あとなぜイグニス国王ではなく王女であるシャーロット様なのですか?」
カトレアは冷静に疑問を呈する。
「はッ……このような事態であるからこそ国王陛下ではなく第1王女であるシャーロット様をお連れするようにとの事です。既に遣いの者を向かわせております。
そしてなぜこのタイミングなのかという問いですが、即座に大国間協定違反としてヘリオスへの報復を行うため……との事です。
各大国から派遣された神覚者様とエスパーダ帝国の超越者様全員を動員し、多国籍連合軍を組織し、ヘリオスへ進軍する作戦です。その為の調整を行いたいと皇帝陛下は仰っておりました。
既に他の全ての大国にも使者を送っており、賛同も得ております。イグニスが1番遠くこのタイミングとなってしまいました。もう少し早く到着すれば援護も可能でしたが……」
転移部隊の覚醒者は少し悔しそうに話す。ただこの者たちが早く来ていた所で結果はそこまで変わらなかったと思う。
「大丈夫です。……ただ本当に今すぐ行かないとダメなのか?」
「お願いします。ここで時間をかけすぎると向こうが防衛線を構築してしまう可能性があります。1日でも早く行動を起こす必要があると我が国の皇帝陛下は考えておられるようです」
「…………はぁー、それでもダメだ。まずは怪我人を……」
「レイン、行ってきな。傀儡も動かしてるんだろ?私も残ってやるからさ。懐かしい気配も感じるしちょうど良い。ここは私が守っててやるよ」
アルティがレインの言葉を遮って話す。アルティがいるならば心配は不要だ。誰が来てもすぐに殲滅してくれるだろう。
そしてこの人たちは皇帝の命令でここまで来ている。レインが了承するまで説得されそうだ。それはそれで時間の無駄だろう。さっさと行ってすぐに帰ってくる方がベストだと判断した。
「分かったよ……なら早く行かないとな」
「レインさんが行くのであれば私もついていきます」
「ありがとうございます。我々の転移スキルをフルで使用し、数時間でお連れ致します」
こうしてレインとカトレアは急遽エスパーダ帝国へ赴く事となった。
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