第266話





◇◇◇



「こちらへ……エスパーダ帝国皇帝陛下がお待ちしております」


 レインたちを何度か転移させてエスパーダ帝国帝都ガルシアまで連れてきた覚醒者はそのまま皇城の中まで案内する。そしてどんな身長の奴が通るのを想定したのか聞きたいくらい巨大な扉が覚醒者によって開けられる。


 その先にはテルセロにある王城の謁見室よりもさらに大きな部屋があった。中央に赤い絨毯が敷かれ、天井には宝石に塗れたシャンデリアが取り付けられている。


 両サイドの壁には巨大な窓があり、その窓を背にして完全武装の兵士たちが並んでいる。


 1番奥の壁には豪勢な玉座が置かれており、そこに座っているのがこの国の皇帝であると理解できた。

 


「よくぞ参られた傀儡の神覚者殿、私はエスパーダ皇帝ガルシア・ヴェートヘルマン・フォン・エスパーダ3世である。此度は我が呼びかけに答えていただき感謝申し上げる」


「…………はあ…どうも」


 レインは適当に返事をする。初対面の覚醒者ですらないジジイ相手に下手に出る必要もないし、そんな事したくもない。

 

「ちょ……レインさん?!相手は皇帝陛下ですよ?膝をつく必要はないですが、もう少し畏まってください」


「え?嫌だよ。いきなり呼ばれて来てあげたんだから向こうが頭を床に擦り付けたらいいんだよ」


 レインは基本的に初対面なのに偉そうな奴は嫌いだ。昔からこういう輩にたくさん苦労させられた。そのせいもあって皇帝といった国のお偉いさんは好きではない。


 偉そう、命令口調、無礼のレインが嫌いな奴三拍子が揃っている。


「そうですね。カトレア様はともかく我々はイグニス王国を代表してきております。相手がエスパーダ帝国皇帝だからといってこちらの立場が低い訳ではありません。あくまで対等な立場でここにいるのです。

 ……それを位置の高い場所から頭も下げずになーにが感謝する……ですか。玉座の角に頭強打したらいいんですよ」


 と、シャーロットも小声でとんでもない事を言い始める。シャーロットに関しても自国の民たちがまだ苦しんでいる中で呼び出された身だ。本来なら街へ出て陣頭指揮を取らなければならない立場だ。


 確かに報復は必ずするつもりだったし、その為にレインや黒龍、聖騎士ギルドの全てに依頼をして動員し、宣戦布告するつもりだった。


 そうした予定の全てを狂わされた事で若干イライラしていた。いきなり連れられた事で着替えてもいない。走ったり驚いたりしていたせいで汗もかいている。


 神覚者として嗅覚も強化されているレインに変な匂いが伝わっていないかどうか気が気でなかった。それが悪い態度にも繋がっている。


「皇帝陛下……魔道の神覚者カトレア・イスカ・アッセンディア……ただいま帰還致しました。

 ただ失礼ながら申し上げます。この者たちは自国の民を救う途中で来ております。

 ヘリオスへの報復はもちろん賛成させていただきますが、作戦内容などの説明は手短にお願いしたいのですが……」


「分かっておる。ただ他の超越者や覚醒者たちは既に出陣の準備をしておる。他の大国への参戦依頼も既に実施済みで良い返事も貰っている。

 私がなぜイグニス王国のお2人を最後にお呼びしたのか。それは覚醒者連合駐留の許可を願いたいのだ。可能であれば野営地の設備なども供与していただきたいのだ」


 皇帝は玉座に座ったままお願いする。レインには難しい話のためシャーロットをチラ見するしか出来ない。とりあえず足が疲れるから椅子くらい用意しろや……と言いたい。

 

「ふむ……野営地の設置場所に希望はありますか?あと椅子あります?」


「これは申し訳ない。すぐに用意させよう。……野営地の設立場所はイグニス側で決めていただきたい。だが……可能ならば南西部を希望したい。ヘリオスへの最短距離を進む必要があるのだ」


 ここですぐに椅子が用意された。慌てた兵士が走って3人分持ってきた。次は戦闘が終わって割とすぐに来たから喉が渇いた、水とかないのかよ……と言いたい。

 

「何故です。向こうがこちらの反撃を予想してるのなら最短距離……つまり中小国エスラトルとの国境線に防衛陣地を大量に構築しているはずです。

 他の大国が反撃を支持しているというのであれば、ハイレンやヴォーデンなど直接ヘリオスと国境を面している大国を迂回する方がいいのではありませんか?

 わざわざ大国以外の国を通過する必要はないかと思います。中小国は大国間協定の適用外なので、エスラトルにも許可を取る必要がありますよ?……あとたくさん話すと思うので……水とかありますか?」


 シャーロットの声かけにまた兵士が走って謁見室を出て行った。さっきからレインが心の中で希望する事を全て言ってくれる。心を読む能力でも持っているのだろうか。


「シャーロット王女の言うことは至極当然だ。しかしそれが今は難しいのだよ。地形的な問題もあるが……ヘリオスは周辺の中小国にも同様の攻撃を仕掛けたのだ。

 それもあの謎の飛行物体ではなく数十万にもなる地上戦力で蹂躙したのだ。

 既に周辺の中小国は兵士、国民関係なく甚大な被害が出ている。超越者『千里の神覚者』のスキルで確認しているので間違いはない」


「何ですって?!中小国にも一斉に攻撃をしていたのですか?だとすればエスラトルは既に陥落し、我が国の国境まで迫っている可能性があるということですか?」


 シャーロットはここに来て初めて動揺する。しかし世界中の情報を既に他国より多く得ている。さすが超越者を7人も有する大国といった所だろうか。

 そこにレインは感心する。あと氷が欲しい。常温の水はあまり好きではない。


「分かりました。既に時間はあまり残されていないということですね。野営地設立の許可と設備の提供はさせていただきましょう。ただ我が国も食料は不足しています。なのでそこは自国で賄っていただけますね?」


「それはもちろんだ。各国が派遣予定の人員や覚醒者のランクなどは別途資料で知らせよう」


「分かりました。では我々はこれで失礼します。今だけは利害を捨てて結束する必要がある……それは我が国も賛同する所です。宣戦布告も……そもそも理由もなく攻撃した国を許すつもりはありません」


 シャーロットは語気を強める。そこにはいつも変な事ばかりする王女ではなく、国家を背負う代表者がいた。


「私もだ。あのような蛮行を許すつもりはない。我々は超越者を有する数少ない大国だ。これからも良き付き合いができる事を祈っている」


 そう言って皇帝は初めて立ち上がりゆっくりとした足取りでシャーロットの元まで歩く。それを見たシャーロットも応えるように立ち上がって歩き始めた。


 そして2人は固く握手する。こうして世界の代表者たちによる報復戦争が開始される事となった。


 

  




 

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