第264話





「ど、どうした?怒ったのか?冗談だって……俺だってレインは神覚者としてちゃんと……」


 レインはカトレアを背負ったままアッシュの両肩に手を置く。そして揺らしながら今アッシュが言った事を確認する。どうか聞き間違いであってほしいと必死で祈った。


「それじゃない!何が誰と何だって結婚があれって何?!」


 レインも混乱して言葉を忘れてしまった。


「……え?何?」


「だから!結婚間近って何だよ!誰がそんなこと言ってるだ!」


「え?……えーと…そこの魔道の神覚者様が買い物してる時にずっとレイン、レインって言い続けてるって噂になってるし、同棲してるんだよな?あとはもう結婚するだけってみんな話してるよ?」


「お前か!!」


「えぇ?でも嘘はついてないですよ?レインさんに似合いそうな服とかを買いに行っただけですからぁ?それに同棲もしてますし、キスだって済ませてますわよね?」


「…………ああ…そうだった」


「マジか!世界最強夫婦の誕生じゃん!」


 アッシュは興奮した様子で叫ぶ。いきなりそんな事を叫べば周囲の人間は変な事を考えるだろう。人は噂というものが大好きだからだ。


「世界最強夫婦……貴方なかなか良い表現をしますね」


 カトレアもなぜか感心している。

 

「とりあえずそんな大声出さないでもらえる?とにかくもう敵は殲滅したんだ。安全だというのを伝えにいかないと。一旦家に帰るけど……お前らはどうする?」


「じゃあついていくよ。何か手伝えるかもしれないからな」


「了解……で、お前は早く降りろ」


「…………仕方ないですね」


 ここでようやくカトレアがレインの背中から降りた。敵はもういないだろうが、何もしなくていいわけではない。レインたちは駆け足で屋敷の方まで帰って行った。



◇◇◇


 

「帰ったぞ」


 レインは屋敷の扉を開ける。兵士たちは変わらず屋敷の正門前に立って警戒をしていた。庭園内にも貴族の私兵たちが協力しながらバリケードのような物を作ろうとしていた。あの化け物を見たなら突撃を防ぐ為の壁を作ろうとするのは当然だった。


 そんな兵士たちにもう敵がいない事を説明し、周囲に怪我人がいないかどうかの確認と敵を殲滅した事を周囲に伝達するように依頼した。


 兵士たちも貴族の私兵も即座に了承して行動を起こしている。そんな兵士たちを見送ってから屋敷の中へと入る。中にはかなりの人数が避難しているだろう。その人たちにも安全だという事を伝えて復旧作業に参加してもらわないといけない。

 

「レインさん!」


 屋敷に入ってきたレインにアメリアが駆け寄りハグをする。そんなアメリアをレインは優しく受け止めて頭を撫でた。


「無事でよかったです。怪我はないですか?」


「ありがとう、大丈夫だよ」


「よ、良かったです。もしレインさんに何かあったら……私……」


 アメリアはまた泣きそうな顔になる。レインであれば大丈夫だと分かっていても心の底では拭い切れない不安が渦巻いていた。そんな中、無事にみんなが戻ってきて我慢が出来なくなっていた。


「んんッ!!よろしいですか?既に街中の敵は全滅しました!皆さまもご自宅の確認と復旧作業の手伝いをお願いします!!」


 後ろで面白くなさそうにしていたカトレアが大声を出す。レインの屋敷に避難していた人たちは、この声を聞いて部屋から出て玄関に集まってきた。


 2人の神覚者がここにいるという事は本当に敵は全滅したのだろうと避難した人たちは理解できた。カトレアの誘導に従ってすぐに持っていた荷物をまとめて屋敷を出ようとする。


「あの……神覚者さまのおかげで助かりました!本当にありがとうございました!」

「このご恩は決して忘れません。必ずお返しさせていただきます!」


 そのような言葉を残して避難していた人たちは帰って行った。


「さて……アメリア?そろそろ離れてくれないか?」


「…………え?」


 レインに言われて自分が今何をしていたのかを思い出した。カトレアが避難した人に声をかけている時も、避難した人たちが荷物をまとめている時も、その避難した人たちがレインにお礼を言って屋敷を出て行く時も、ずっとアメリアはレインに抱きついていた。


「きゃあああ!ごめんなさい!」


 アメリアは顔を真っ赤にしてレインから離れる。そんなアメリアをみんなが微笑ましく見ていた。


「よし、みんな無事で良かった。じゃあ俺たちも外に出て復旧作業を手伝うか。傀儡動員したらすぐに終わるよな?」


「レインさんは今どれくらい召喚できるのですか?」


「今?今は5万体くらいかな?」


「…………もうレインさんのスキルで驚くことはないと思っていましたけど、本当に未知数な御方ですね」


「それ褒めてる?」


「もちろんです。私がレインさんをバカにする事はありませんよ。ちなみにレインさんの召喚する駒に疲労の概念はありますか?長時間召喚し続ける事でレインさんに何か影響はありますか?」


 カトレアはレインの傀儡について色々質問する。レインの事を心配しての事だろう。普通の召喚スキルがどんなものかが分からないから何とも言えない。


「別に大丈夫だよ。じゃあアメリア行ってくるよ。ちゃんと日が暮れる前には帰るから……今日は肉料理がいいな」


「…………はい、いってらっしゃいませ……レインさん…」


 そうやってアメリアたちに見送られてレインとカトレア、そして存在を忘れていたアッシュたちは屋敷を出た。ただ既に屋敷からも見えていた炎は消えている。


 最初に向かわせていた天使たちが消火したのだろう。阿頼耶も治療の為に向かわせた。もしかすると残っている仕事は少ないかもしれないが、神覚者が街に出ているというだけでも希望を与える。こんな時まで引き篭もっている訳にはいかない。


 そう決意したレインは先頭を歩いて屋敷を出た。そんな時、誰かに肩を掴まれる。ただそんな行動をするのはここではアッシュくらいだろう。カトレアならまず名前を呼ぶはずだから。


「……アッシュ?なんだよ?」


 レインは振り返る。そこにいたのはアッシュではなかった。


「よう、レイン。私のこと覚えてるかなぁ?」


「も、もちろんっすよ…………アルティさん……」


 レインは心臓が握り潰されるような感覚を覚えた。身体の中に異様な緊張が満ち溢れ、声と表情を強張らせた。


 "嗚呼……短い人生だったな"


 レインはそっと目を閉じた。

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