番外編3-6





◇◇◇



「それでですね!会いたいから来たのは事実ですが、この手紙だけは渡しておこうかと思いましてお持ちしたんです」



 昼食を済ませたシャーロットが徐ろに鞄から手紙を取り出した。



「これは?……えーと、ガ、ガルシア……ヴェ?ヴェート……何?」


 受け取った手紙には差出人の名前と何処かの国の紋章が描かれた封蝋がされていた。その差出人の名前が読めん。


「ガルシア・ヴェートヘルマン・フォン・エスパーダ3世です。超大国『エスパーダ』の皇帝ですね。

 彼の国は外交専門の職員の名を使って手紙を出す事はありますが、皇帝直々の名が書かれた手紙は初めてです。当然私が勝手に見る事は許されませんので、こうしてお持ちし、場合によっては知恵をお貸しできるかと思いまして……」


「ありがとうございます。じゃあ……読むか。何処から開けるんだ?これ」


「ここです……ここ。ここからナイフを差し込むんです」


「ナイフ…………無いな。じゃあこれで」


 レインはダガーを召喚する。1番小さいやつがこれだ。


「デカ過ぎます。アメリアさんポケットナイフのようなものはありますか?」


「すぐにお持ちします」



◇◇◇



「やっと開いた。何で手紙封印してんだよ……えー、なになに?」



「それはそういうものです。皇帝からの手紙が誰でも読める状態というのはよくありませんから。それで何て書いてありましたか?」



「……えーと、俺が近接系最強って称号を得ているのと、8人目の『超越者』って感じらしいです。任命式をするからエスパーダ帝国まで来いって書いてますね」


「ちょ、超越者ぁ?!」


 ニーナが叫ぶ。隣でお茶を啜っていたエリスが驚きで吐き出しそうになる。それをまた背中を撫でて落ち着かせる。この子今日はこんなのばっかりだな。


「やはり……そう来ましたか」


「どうしたんですか?」


 シャーロットやニーナの様子がおかしくなった。超越者というものに任命されたらそんなにまずいのだろうか。


「『超越者』とはエスパーダが独自に発表したランクです。今では世界中が認めている新しいランクになってます。

 神の意思によって覚醒した者……神覚者すら凌駕する力を見せると超越者とされ、主にSランクダンジョンを攻略するとエスパーダ皇帝から任命されます」


「…………なるほど。でも何で俺だけなんです?レダスとかオルガもいましたし、ニーナさんもシリウスもいましたよね?」


「それはこの貢献度表が大きいと思います。……ただ…あの……」


 シャーロットはその先を言い淀む。何か言いづらいのだろうか。


「シャーロットさん?」


「……今現在エスパーダにいる超越者たちは7名います。ただ彼らの半分以上は元々別の国の覚醒者でした。ただエスパーダが独自に作成したランク『超越者』に任命すると共にその全員がエスパーダへの移住を決めました」


「へぇ」


「その件については各国から非難されました。1つの大国が圧倒的な力を持って他国を威圧するようになってはいけないと。エスパーダは気にも止めませんでしたけどね。

 それに既に各国でSランクとして確固たる地位を築いていた者たちが全員移住を決意した……おそらく相当な条件が出されたものと思います」


「…………条件」


「はい……エスパーダの任命式に呼ばれているので、向こうで何か条件を出されるかも。そうなったら……レイン様が……」


 "あーそういう事か。俺が向こうに行くと思って不安なんだな"


「………………いらね」


 レインは手紙を引き裂いた。何度も繰り返して手紙は紙屑へと変わる。それを丸めてアメリアに渡した。アメリアは微笑みながらそれを受け取った。


「………………レイン…様?」


「行かないよ。遠いし、面倒だし、任命式に来いって命令口調なのもムカつく。お前が来いって話だよな。超越者なんてランクはいらない。もう十分に良くしてもらってる。……な?」


 レインは同意を求める為にエリスの背中に手を添える。


「うん!……とても楽しいよ!ここから離れて新しい所に行くのはもう嫌だなぁ」


「という訳です。もしエスパーダの皇帝が何か言ってきたらお前が来いって俺が言ってたと伝えてください。何もなければ無視でいいです。向こうが実力行使に出たら戦います。だからシャーロットさんもそんなに心配しないでください」


「……レイン様…ありがとうございます。あとこれも来てました」


 シャーロットは目に涙を浮かべながら別の手紙を渡してきた。それをレインは受け取る。


「……何これ?」


 手紙の封にハートマークみたいな封蝋がされている。これが伝説の恋文というものか?レインが反対側の差出人の名前を見る。


「えー……オーウェン・ヴァル――」


 差出人の名前を読み切る前に引き裂いた。さっきよりも細かく破いて壁の方へ放り投げる。アメリアが慌てて拾いに行っていた。


「アイツは次あったら殴る」


 とりあえずレインが8人目の超越者ということが非公式ではあるが決まった。あと近接系最強という称号もデカい国の皇帝から貰った。これって魔法の才能皆無で使えないからそんな称号を与えているとかじゃないよね?

  


◇◇◇



「えーと……ニーナさんたちはこの後どうするんですか?もう夜遅いので帰った方が……」


 時は流れ、夜の食事も済ませた。食器を片付けて、みんなでお茶を飲んでくつろぐ。結局何処にも出かけていない。

 ただもう夜になっている。レインの横に座るエリスは眠さでフラフラしている。今日は勉強お休みの日らしい。


「私は泊まっていきますので大丈夫です」


 シャーロットが言い切った。


「え?シャーロットさん……家向かい側じゃ」


「まあ!もう夜も遅いのに王女を1人で家に帰すのですか?!」


「…………もういいです。部屋は余ってると思うので適当に寝てて下さい。…………ニーナさんは…Sランクなんで夜道とか大丈夫です……よね?」


「……い、いやぁ……今日は太刀持ってないし不安だなぁ……何処かに泊めてくれる優しい神覚者の御方とか……」


「……ハッキリ言えばいいのに。じゃあみんな泊まりって事で……」


「ですが、ご主人様」


 シャーロットもニーナさんもレイン宅に泊まる事が確定した所でアメリアが口を挟む。


「どうした?」


「客人用の部屋はあと1部屋しか余っておりません。私たち使用人にもご主人様と同じような部屋を与えていただいてるので……空いてるのは使用人用の部屋として使われる部屋くらいしか……」


「じゃあ誰かが相部屋だな。……というか1番デカいベッド使ってるのって誰だ?ソイツが相部屋だ。誰か知らないけど一晩くらい我慢してくれよな」


 部屋の広さよりもベッドのデカさの方が大事だ。新しくベッドを運ぶなんて面倒な事するくらいなら添い寝してくれって話だ。


「ご主人様です」


「おう……」

 

 レインだった。つまりレインが誰かと一緒に寝ないといけない状況になってしまった。まさか自分で自分の首を絞める事になるとは。


「じゃあエリスと一緒に……」


 レインがエリスの方を見るともう寝てしまっている。家族とはいえ承諾なしに一緒に寝るのはやめた方がいいよな?前のボロ屋の時だって別々だったのだから。これでエリスが選択肢から外された。


「レイン様が選んで下さい。私と寝るのか、王女と寝るのか、シャーロットと寝るのか」


「ちょっと!全部あなたじゃないですか!」


「あら?まさか神速姫も立候補するのですか?」


「べべ、別にどっちでもいいですけど?ただみんなが参加するのに私だけ参加しないのはノリが悪いって思われるかもしれませんからね!立候補しますけど?」


 またほぼ全員がレインを見る。メルクーアの件で気をつけようと心に決めたのに揺るぎそうになる。ただ今は横にエリスがいる。しかも寝ている。なんかもう……面倒になってきた。


「……はぁ…じゃあアメリア……一緒に寝ようか」


「「「え?」」」


「…………え?」



◇◇◇


「はぁ…………」


 レインはベッドの上であぐらをかいて長いため息を吐く。どうしてこうなったのだろうと自問し続けるが答えは見つからない。


 どうしてアメリアなのかと問い詰められそうになったが、エリスが起きそうになった事を理由にみんなを黙らせて脱出した。


 その後、風呂に入って、着替えて今に至る。あとは寝るだけだ。最悪、レインは寝なくてもいい身体ではある。ただ寝るのが大好きなレインは何もない日に寝ないっていう選択肢はなかった。


 ちなみにアメリアを選んだ理由は1番寝相が良さそうだったから。


「……し、しし、失礼……します」


 アメリアが入ってくる。寝巻きに着替えて、いつも使っているであろう枕を持ってきている。


「どうぞ」


「あの……わ、私…は、初めてで…男性と寝るのが。寝相……悪かったらすいません」


「別に気にしないよ。何もしないし、俺は反対向いて寝るから……もうさっさと寝ようか。夜更かしは良くない」


「は、はい……で、では…失礼します」


 アメリアはレインの枕の横に自分の枕を置く。そしてあぐらをかくレインの前に正座する。


「不束者ですが……よろしくお願い致します」


「その挨拶って間違えてない?……まあいいや。明かり消すぞ」


「は、はい!」


 レインは背を向けるようにして横になる。アメリアを見ながら寝るような事はしないし、出来ない。もう何でこんな事になっているのだろうと何度目かの自問をしているとアメリアが口を開く。


「……レインさん」


「どうした?……アメリアにそれで呼ばれるの新鮮だな」


「私は……こんなにも幸せでいいんでしょうか」


 アメリアのその言葉に反応してレインは振り返る。アメリアはまた涙を流しながらレインの方を向いていた。


「まだ泣いてるのか?そんなに泣き虫だったっけ?」


 レインは咄嗟にアメリアの頭を撫でた。エリスによくやっていたから。


「……ふふ、昔は泣く事も許されませんでした。でも今は違う。十分過ぎるほどの待遇で働けて、妹たちも笑顔で、たくさん褒められて、ちゃんと名前で呼んでもらえて、泣くとこうして頭を撫でてくれる。暖かい大きな手で。……ずっと怖かった明日が待ち遠しいとすら思える」


「…………………………」


 もうこの際、出会う前に何があったのかは聞かない。そんな状態に戻る事は2度とないからだ。


「だからこそ怖い事もあります。いつか突然、この幸せが壊れてしまうんじゃないかって。…………レインさん……私は、私たちは誠心誠意、全力でお仕え致します。だから1つだけわがままを言っても良いですか?」


「どうした?」


「私たちを捨てないで下さい。どうかこのまま…一生お側に居させてください。どうかお願いします……どうか……」


 アメリアはまた泣いた。レインは思い出す。エリスもこういう時期があった。光を失った時にずっとレインを呼び続けた。慣れてからは1人で寝られるようになったけど、その時はずっと一緒に手を繋いだり、抱きしめたりして寝ていた。あれをすると落ち着くとエリスが言っていたから。


 もうアメリアも家族みたいなものだ。だからレインは躊躇なくアメリアの腕を掴んで引き寄せた。


 

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