第29話








 コイツ何者だ?この馬鹿アランの剣を止めるのは理解できる。だがレインの拳を受け止めた?

 もちろん本気だった訳じゃない。アランの重厚な鎧を破壊するくらいの力だったから全体の5~6割くらいだ。



 でもレインの一撃は生半可なものじゃない。それを女性が片手で止めた。



「あ、ああ……あなたは……」



 アランはすぐに剣をしまって後退りする。コイツはこの人が誰なのか理解できるみたいだった。



「貴方も……拳と魔力を抑えてください。このままでは国王直轄の『王立護衛隊』が派遣される事になりますよ?それは困るのでは?」


 確かにそうだ――とレインは納得する。既にレインの溢れ出る魔力は組合本部を包み込み外にも漏れ出ていた。見る人が見ればかなりの事態だと判断するだろう。



「……分かりました」



 レインは魔力の解放をやめた。すぐに立ち込めた魔力は消えていった。阿頼耶が後ろで物凄い深呼吸してたからすぐに消えたのだろう。



「それで?貴方は?」



 その女性がレインに問いかける。



「まずは自分から名乗るのが礼儀じゃないのか?」



 既にイライラがピークに達しているレインは言葉選ぶ事もしない。そして警戒も最大限にしている。いつでもこの場に傀儡を全て召喚する事も出来る。この女性はかなり強い。



「これは……失礼しました。私は……」


 

 女性はペコリと頭を下げて名乗ろうとした。しかしここでもあの馬鹿が横槍を入れた。



「ニーナさん!何で止めるんですか?!今からコイツは俺がボコボコにッ」



 ゴシャッ――物凄い鈍い音が組合本部内に響き渡った。ニーナと呼ばれた女性の上段回し蹴りがアランの側頭部に直撃した。



 "おー身体柔らかいなぁ"



 アランは吹っ飛び周囲の野次馬とぶつかった。しかしここにいるのは覚醒者たちばかり。普通に受け止められて床に置かれた。アランは白目を剥いて失神していた。 



「その馬鹿を連れて本部に戻っていなさい」



「はい!」



 複数の覚醒者たちが返事をする。そしてアランを抱えて組合本部を出て行った。それに合わせるように周囲の野次馬も解散して行った。


 この場にはレインと阿頼耶、そしてニーナ、仕事上離れる事ができない受付嬢の4人だけとなった。

 


「あの馬鹿が大変失礼をいたしました。さらに申し遅れた事重ねてお詫び致します」



「…………はあ」



 ニーナという女性は頭を深く下げた。怒りの対象が既にいないからレインも気が抜けてしまった。目的の金を奪った奴は連れて行かれてしまった。追いかけるかどうか迷う。



「私はニーナ・オラクルと申します。『黒龍』ギルドのサブマスターをしています」



『黒龍』のサブマスターって事はSランク覚醒者か。


 会うのは初めてだ。さっきまでは気付かなかったけど対面して初めてこの人の強さを感じた。



 この時、レインは思い出していた。阿頼耶を初めてこの街に連れてきた時に催されていた凱旋。『黒龍』ギルドのマスターが我が物顔で歩いていたのを思い出した。


 その時に阿頼耶が言っていた。そのマスターの後ろを歩いていた女性はかなり強い。2人がかりでも勝てないかもしれない……と。

 


 "この人が……その人なのか?"


「別にもういいです。では失礼します」


 

 戦闘になったら勝てないかもしれない。そんな相手と争うのは今は得策ではない。レインは一礼し本部を出ようとする。

 


「お待ちを!」



 しかしニーナに腕を掴まれて制止された。振り払うことも出来るだろうけど……やめた方がいいかな。



「何でしょう?」



「少し話しませんか?お詫びもしたいのです」


 ニーナは近くの空いている座席を指差した。阿頼耶は警戒している様だった。

 


「分かりました。ただし阿頼耶も同席させますが、いいですね?」



「もちろんです」

 


 別に断る理由も……ないか。阿頼耶がいれば戦闘になったとしても何とか出来るだろう。スキルも強くなったし、傀儡も増えた。負けるという事になりそうなら傀儡を召喚して撤退だ。



 レインたちは向かい合う様に着席する。しばらくの沈黙の後ニーナが口を開いた。



「貴方の名前をお伺いしても?」



 そういえば名乗っていなかった。



「レイン・エタニアです」



「レインさんですね。この度は我がギルドの覚醒者が大変失礼な態度をとった事、お詫び致します」



 ニーナは再度頭を下げた。レインはFランクだ。実際には違うが公式ではそうなっている。


 対して相手は国の最高戦力でもあるSランク覚醒者。立場の違いは明確でこうして会話する事自体が奇跡に近い。


 そんな彼女が頭を下げている。その光景をこの先未来永劫見る事が出来るだろうか。



「別にもう大丈夫だと言っているでしょう?俺を足止めしたのには別の理由があると思いますが?」



「お察しの通りです。……レインさんはFランクではありませんね?」



 やはり気付かれてしまったか――そうレインは思った。あれだけ魔力を垂れ流しにすれば気付く人は気付く。



「何の事でしょう?」



 ただ素直に認めるわけにもいかない。とりあえず惚けてみる。



「何か理由があるのですか?……もしそうなら教えていただきたいのです。ここの会話を聞ける者はいません。その理由も私の心の中に留めておきます。教えていただくことは出来ないでしょうか?」



 認めたわけではないのに突破してきた。彼女の中では確定事項の様だ。正解だから正面から嘘をつくのも躊躇われる。



「理由……ですか」



 誤魔化すのも嘘をつくのも限界がある。というかそうした事は下手なんだ。誰に言うでもない言い訳をしながら答えた。それはもうレインがそうだということを認めているのも同然だった。


 そして隠す理由は――特にない。レインの力は継続的に成長し強くなる。既にAランクダンジョンボスなら単独で撃破できる。


 だけどそれに満足出来なかった。既にSランクではあるけどそれだけだ。レインの目的はエリスに何不自由ない生活を送らせること。それ以外は全て二の次だ。だからSランクですら手を出せないと思うほどの力が欲しい。その時の為にまだ発表したくなかった――というのが理由らしい理由だ。



「俺は目立ちたくないんですよ。その生活に憧れている自分もいますが、国の道具になるつもりもありません」



 ここでエリスの名前を出す必要もない。だからそんな感じで誤魔化した。



「え……とレインさんはご存知ないのですか?」



 ニーナは不思議そうに話す。



「何がですか?」



「Sランクにはある特権があります。最近できたもので、この国独自のものです。それは『拒否権』と言われるものです」



「拒否権?……初めて聞きますね」



 最近できたなら知ってるわけがないだろう。一応Fランクなんだぞ?と嫌味を心の中で炸裂させる。



「要するにSランクに寄せられる依頼は多岐に渡ります。中には国王令による強制力があるものも当然あります。それを明確な理由なく拒否できる権利です。

 導入された経緯として、他国ではこれを導入していない事によってSランクが別の国に移住してしまう件がありました。『イグニス』ではそれを未然に防止する為にこのような制度を作りました。これはSランクにのみ適応されます」



「つまり?」



「今レインさんが危惧された国の道具になってしまう……その心配はないと断言できます。拒否権を行使する事で批判も起こるかもしれませんが、Sランクを目の前にして言える様な者がどれだけいるか……という話になりますね」



「なるほど、それに関しては分かりました。それでニーナさんは俺に何をして欲しいんですか?」



 この人がただ親切心から教えてくれた訳じゃない事は明らかだ。必ず目的があるはず。



「はい……レインさんには『イグニス』10人目のSランク、そして史上初の神覚者ということを公表してほしいんです」



 "公表するだけ……なのか?"



 レインは少し困惑した。『黒龍』ギルドに入ってくれだとか勧誘されるものだと思っていた。



「公表……ですか?」



「そうです。この国の力は低下する一方です。Sランクも現れずAランク以下の優秀な覚醒者たちも支援が手厚い他国へ移住しています。近年増えている高ランク帯のダンジョンへの対応も難しくなっている」



 ここでニーナは口調を抑え俯いた。この人はこの人で色々考えているようだ。



「……私は、私が生まれ育ったこの国を発展させたいのです。私はこの国が好きです。

 しかしこのままではダンジョン攻略もままならず国内にモンスターが溢れる事になる。そうなればさらに対処が遅れ、他国に救援を依頼せざるを得ない。

 ただでさえ財政的にも厳しいこの国が他国に救援を要請する余裕はありません。Sランク以外の覚醒者を要請しても意味がない。このままでは滅亡への道を進んでしまう」



 ニーナの拳に力が入る。そして意を結したようにレインを真っ直ぐ見た。



「貴方は……レインさんは神覚者となられた。つまり何かしらのスキルを得ていますよね?各国の神覚者は強大な魔力と身体能力を上乗せし新たなスキルを得ています。レインさんはどういったスキルを得たんですか?」



 


 


 

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