第31話








◇◇◇




「ここなら問題ないですか?この組合本部で1番大きな訓練場です」



 レインとニーナは白いタイルで覆われた部屋に入る。面積は30m×30mの正方形で高さは10mほどだろう。多分この白いタイルに魔力が込められていて覚醒者が攻撃を放っても壊れず吸収するような作りだと思う。



「そうですね」



 レインが了承したのを確認するとニーナは腰から下げていた剣を抜いた。



「……どういうつもりですか?」



 レインは問いかける。ニーナが持っている剣はレインが使う物とは形が異なる。『太刀』と呼ばれる剣だ。それだけでニーナの職業クラスがなんとなく分かる。


 ――『侍』。神速の一刀の元で全てを斬り伏せる斬撃を放てる……とかだったか?職業クラスに関しても少ししか勉強してこなかった。

 希少で有名なところしか知らないが、それだけはなんとなく覚えていた。


「悪気はありません。ただ神覚者となられた御方の力を見せていただきたいのです。命を賭けるわけではありません。怪我をしたならば私の全てをかけて治療させていただきます。

 此度の手合わせを受けていただきましたら、あの馬鹿のせいで被った被害1億Zelとそれとは別にお礼としてもう1億Zelをお支払いします」


 合計で2億もらえる……という言葉に表情が緩みかけた。それだけの大金をもらえるならこちらも応えねばならない。



 レインは剣を取り出した。



「次元収納スキル……ですね。それもかなりの魔力を持つ剣を召喚している。それが新たなスキルですか?」

 


「そんな訳ないでしょう?スキルをお見せすればいいんですよね?」



「承知しました。よろしくお願いします!!」



 ニーナは剣をこちらへ向けた。ただ本気の構えではないと分かる。しかし微塵の隙もない。


 これが国内最強のSランクか。あの時のAランクダンジョンのボスが可愛く見える。阿頼耶と本気の殺し合いをしても良い勝負になりそうだ。



 "俺も正面から剣だけで戦えば負けるだろうな。だけど今は関係ない"



 レインは剣を水平にブンッ――と振って唱えた。唱える必要はないけどそうした方が形になるからだ。



「傀儡召喚」


 その言葉の裏で念じる。番犬は弱すぎるから要らない。元Dランクの覚醒者も邪魔なだけ。使えるのはAランクダンジョンで傀儡にした上位剣士と騎士王だけだろう。


 レインを取り囲むように無数の黒い水溜まりが床一面に出現した。これだけの傀儡を一斉に召喚するのは初めての事だ。


 その黒い水溜まりから剣士たちが出てくる。まるで頭の上に紐をつけられ引っ張り上げられているようにスルリと出てきた。全員が両手剣を正面に持っている。銅像のような出立ちだ。


 召喚される数はどんどん増えていき訓練場のレインの周辺を埋め尽くした。そして最後にレインのすぐ横に控えるように騎士王が召喚された。剣士たちとは違い王冠を被っている。それ以外に違いはないけど放つ魔力が別次元だ。



 "全ての剣士に命じる。彼女を無力化しろ。ただし武器は防御にのみ使え。彼女に怪我をさせた者の存在は消滅させる。分かったな?"



「これがレインさんの召喚のスキル……」



「これより攻撃を開始します。怪我させないように心掛けますが注意してください」


 レインは剣を縦に振って傀儡たちを進ませる。既に指示を終えているが、そうした方が相手にとっても分かりやすい。



「遠慮は要りません」



 ニーナも覚悟は出来ているようだ。100体を超える傀儡たちが一斉にニーナへ向けて突撃した。剣の面を正面にして突撃する。それならぶつかっても斬れる事はない。傀儡たちも考えたもんだ。



 "さていくらSランクとはいえBランク覚醒者に匹敵する傀儡たちが100体だ。流石に苦戦すッ……。"



 ザンッ――何かが切断されるような音が聞こえた。それと同時にニーナを囲んだ傀儡たちが水平に両断されていた。



「レインさん……手加減は無用です。これが新しい力ですか?」



「……いいえ?違いますよ。これからが本番です」



 レインの言葉にニーナは眉をピクリと動かす。そして気付いた。両断された傀儡たちは下半身だけが立ったままの状態でそこにいる。

 レインはニーナが気付いたことを確認してから魔力を接続した。



 "これより俺の魔力を使う事を許可する。即座に回復して取り押さえろ"



 その命令を下した直後、傀儡たちが一斉に復活した。その速度はかなりのもので瞬き一つにも満たないレベルだ。



「くれぐれも怪我しないでくださいね」



 レインの再度の警告と共に剣と剣がぶつかると音が響いた。



◇◇◇




「はぁ……はぁ……はぁ……」



「ニーナさん……もう良いですか?」



 既に1時間が経過している。レインの魔力はまだ全体の1割ほども減っていない。傀儡たちに疲労という概念はなく破壊されても即座に回復して攻撃してくる。



「これがレイン……さんの力がですか?」



 Sランクとはいえ100体を超えるBランク覚醒者に相当する傀儡たちに攻め続けられれば息も上がる。レインが本気で殺すつもりだったなら決着は付いているだろう。



「まあ……そうですね」



 ……と言ってもニーナも本気を出している訳ではないと知っている。装備もちゃんとしていないし、武器も予備のものだろう。


 その状態で1時間以上取り押さえられる事なく傀儡を破壊し続けていた。それだけでこの人の底力を知れた。



 一旦傀儡たちの動きを止めてレインの背後に控えるように命令を出す。



「まだ隠している力があるんですか?」



 隠している訳じゃない。レインの力の本質がこれなんだと本人は思っている。



「隠してる……というか俺の力はこの召喚スキルよりも自分の身体能力にあるというか何というか」


 

 「身体能力ですか?」



 神覚者になると魔力や身体能力が強化されるのは普通らしい。それに付随するスキルがどれも強力だから神覚者はSランクよりも重要視される。



「レインさんの召喚スキルはかなり強力です」



「そうですか?」



「ええ……普通の召喚スキル、召喚魔法は強力な駒を1体を召喚するか、有象無象の弱い駒を12~3体召喚するものです。そして一度破壊されると再度召喚するのに時間がかかります。なので雑用に使われている面が多いです。

 しかしレインさんの召喚する駒はどれもがBランク以上、参加させていませんでしたがその横にいるのはAランク相当の力を感じます。

 さらに超高速再生も出来る。これほどの召喚スキルを扱う覚醒者は見た事も聞いた事もありません」



「そうですか」



 ニーナはレインの神覚者としての力を目の当たりにして満足したようだ。そしてすぐに冷静さを取り戻し続ける。



「ただ召喚スキルを扱う者に共通する弱点……本人は接近戦が出来ない、または才能がないというものがあります。召喚した駒を操る事に手一杯で追加で出来るとすれば遠距離から魔法を放つ事くらい。しかしレインさんは違うのですか?」



 ニーナはレインが身体能力の方を主としている事に疑問を持った理由はこれだった。世界の常識では召喚士の職業クラスに就く者は直接戦えない。だがレインは剣を持っている。

 もしそうであるならばレインは本当に世界で唯一無二の存在となる。


「レインさん……召喚した駒を使いながらレインさん自身も戦闘に参加していただけませんか?報酬も増額します。……そして私は今持てる全ての力を使って貴方を狙います」



 ニーナは剣の切っ先をレインへ向けた。


 "報酬を増額してくれるならやらない訳にはいかないな"


 レインは剣を構えて〈上位強化Lv.1〉を発動する。傀儡と戦うニーナを見ておおよその速度は理解できた。かなり速いが対応できないレベルではないと思う。



「では始めますよ?」



「いつでもどうぞ」



 レインは傀儡に命令し先程までと同じように動かす。今度は騎士王も参加させる。



「突撃しろ」



 レインの言葉に反応し傀儡たちは動き出す。上位剣士たちもそこそこの速度で動ける。



 "ニーナさんに対応出来るといいけど。怪我とかしないでほしいな"



 第2ラウンド開始だ。

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