第83話
「……は?」
レインが視線を前に戻す。それとほぼ同時に霧の中からいきなり剣の切っ先が視界に飛び込んでいた。
それを何とか右手に持っていた剣で軌道を逸らす事で回避する。耳のすぐ横で金属と金属が擦れる嫌な音が響く。相手の剣はすぐに霧の中に消えていく。
すかさず左手に持つ剣で相手がいるだろう場所を斬ったが、空を斬るだけで手応えがない。素振りしているような感覚だ。
そんな事よりもだ。
「何で分かったんだ?」
「……あん?……ああ、旦那は正面切っての戦闘は得意だが、こんな絡め手を使ってくる奴の対処は苦手だな。
剣術はなかなかのもんになって来たんだがこれに関してはもう経験しまくって何とかしないとダメなんだ。いくら相手が姿も音も気配も隠せても視線や殺意まで隠すのは至難だ。
今回の相手なんてその辺ダダ漏れだからな。姿隠すスキル使っての不意打ちと逃げ足だけで戦闘は素人だな」
「……すげぇな」
「旦那もそうした力は磨いた方が良いぜ?剣術とか戦術だけだと足りないな。ただこれが難しいんだ。俺でもまだまだ完璧とは程遠い。
今回みたいに相手が素人でないとかなりキツイな。……どれ、旦那には強くあってもらわないといかんからな。コイツは俺がもらってもいいか?」
「……じゃあお願いしようかな。俺に出来る事はあるか?」
「俺がそいつを倒すまで倒されなければいい。今は離れてるせいか何処にいるのか分からん。
俺が離れる事で旦那を狙う可能性もある。姑息な奴ほどそんな行動を取るからな。まあ何とか耐えてくれ」
「了解した。じゃあ行ってこい」
「承知した!」
そう言ってヴァルゼルは霧の中へと消えていった。闘技場内を走り回って見つけたら倒してくれるだろう。
問題はレインだった。さっきもヴァルゼルの助言がなければ剣はほぼ確実にレインの頭を貫いていた。
戦闘が素人といっても覚醒者だし、神覚者となって得ているであろう身体能力も最低Aランクはあるはずだ。
後ろをヴァルゼルに任せて自分は前のみに集中出来るなら攻撃されてからの反撃でも何とか出来る。
しかし全方位となると厳しい……というより不可能だ。
ヴァルゼルが相手を倒すまで耐える。みっともない傀儡頼りの作戦だがレインだけでこの局面を乗り切れる気がしない。
傀儡を召喚しまくって手当たり次第に探して斬ることも考えたが、気配がより雑多になって本当に分からなくなる。
「……さて…何とか……うぐッ!」
対策を考えている時、突然左腹部に激痛が走った。すぐに痛みの原因を突き止める。視線の先には貫通した刀剣の切っ先が見えた。
そして少し遅れて背後に気配を感じる。背後に接近され腹部を剣で貫かれた。その剣はすぐに引き抜かれる。レインは腹部を押さえて出血を抑え込もうとする。
「…………ぐぅッ」
レインは首だけ背後に向けるように傾ける。当然その先にはあのニヤケ顔があった。
「そんなに痛い?傀儡くん」
このクソ……野郎が!レインは反撃の為に剣を振るう。しかし腹部の痛みのせいで完全な速度が出せない。
当然、レインの剣はフェルの身体をすり抜けるように通過した。
「あっははー!当たらない当たらない!そんな速いだけで剣術の基礎もなってないような分かりやすい太刀筋なんて当たらなぁい!」
霧の中から声だけは聞こえる。しかし反響しているようで全方位から響くように聞こえる。
どこから聞こえるのか分からない。さらに痛みのせいで精度も落ちている。
"あー……刺し傷は殴られるよりも全然痛いな。阿頼耶の力があれが余裕なのに……クソが"
ヴァルゼルがまだ倒せていない事にもイライラしてきた。レインはこの霧の攻略を考える。無い頭で必死に考えた結果。
「巨人兵……全員出てこい」
3体の巨人兵がレインを背にして外側を向に囲うように出現する。
2体は巨大な棍棒を持ち、1体は大剣を持っている。本当はこれまで鍛えた剣術を披露して勝ちたいと思っていたがもうどうでもいい。
「……薙ぎ払え」
レインの命令を聞いた3体の巨人兵は手に持っている武器を構えて振った。地上から1メートルほどの高さでフェルの身長から考えると胸の位置になる。
巨人兵のフルスイングにより風が巻き起こっているのが分かる。霧に何か変化があるわけじゃないが……。
巨人兵がそれぞれ1回振り終わる頃に――グシャッ――という音が聞こえた。それも2つ。
「いってぇーー!!!」
何か聞こえた気がしたが知らないふりをしておく。レインはその声の主と3体の巨人兵の召喚を解除した。
それと同時に霧が一気に晴れた。今までが嘘のように視界良好だ。
「……え?!ええと…け、決着ー!!!」
レインは左側を見る。するとフェルらしき者が壁にめり込む形で倒れていた。多分死んでいる。
あの位置に倒れているという事は棍棒を持った巨人兵がいた所だ。
フェルからはレインの姿は見えていたはずだ。しかし霧の中からいきなり出てきた巨人に驚き、向かってきた棍棒を回避出来なかった……と勝手に予想する。
霧の中に隠れ背後から刺す戦法しかないフェルにとって戦闘経験は皆無に等しい。
普通のSランク覚醒者でも回避可能な巨人兵の攻撃を回避する事が出来ず、ガードも行えずに直撃した。
そのまま魔法石で硬質化された壁に頭から激突していた。
すぐに入場口の扉が勢いよく開いた。そして数十名の覚醒者、治癒スキルを持つ者たちがなだれ込むように走ってくる。その中には『治癒の神覚者』もいた。
「……あー、いってぇ」
フェルは死んでいるが肉体はちゃんと残っている。ローフェンのスキルであれば簡単に治してくれるだろう。
治癒スキルを持つ覚醒者たちのほとんどはフェルの元へ走っていったが数人はちゃんとこちらに来てくれた。
「レインさん……おめでとうございます。怪我はありませんか?」
こちらに来た数名の覚醒者の内の1人の女性が話しかける。レインは黒い服を着ているから脇腹を刺されているが、気付きにくいみたいだ。
「ありがとうございます。……脇腹を刺されてまして……治せますか?」
レインは指でその場所を指し示す。触りたくない。既にかなりズキズキしていて傷口を見たくもない。
「承知しました!すぐに治します!」
話しかけてきた女性と他2人の覚醒者がレインを前後にで挟み込むように立つ。刺された傷は貫通しており前と後ろから同時に治癒をかけるようだ。
「それでは行きます。動かないで下さいね」
「分かりました」
レインの返事を確認した覚醒者は魔力を込めた。レインの腹部が緑色の優しい光に包まれる。
その直後からゆっくりだが着実に痛みが引いていくのが分かった。
「レインさん……ご無事ですか?」
ほぼ治癒が完了する頃に後ろから話しかけられる。動かないように言われていたから振り向く事は出来ないが声で誰かは理解できた。
「はい……何とか勝てました。あの人は大丈夫ですか?」
「フェル・ネブローさんですね?はい、問題なく治療は完了しました。ただ一度命を失っていますので今は眠っています。
そのまま医務室の方へ運ばせました。目が覚めたら職員から状況を説明してもらいます」
数分前の状態に戻す事は出来るが、意識までは戻せないってことか。でもそのうち目覚め、後遺症もないなら本当にすごいスキルだと思う。
「それなら良かったです。本当にすごいスキルですね」
「ありがとうございます。明日は決勝戦ですね。本当に頑張って下さい。初出場で優勝は初めてのはずなので期待していますよ」
「そうなんですね。頑張ります。俺には勝たなきゃいけない理由がありますから」
「……前にも、確かヴァルグレイ将軍との試合でも言っていましたね。差し支えなければ教えていただけませんか?
控室まで案内致しますので、歩きながらでも大丈夫です」
「…………そうですね」
別にエリスの事を隠さないといけない訳ではない。レインに妹がいるという事は知っている人なら知っているし口止めもしていないから知れ渡っている可能性もある。
ローフェンには既にスキルを見せてもらっているし、実際に傷も治してもらった。そんな人の頼みを無碍にするわけにはいかない。
「分かりました。大丈夫です。行きましょうか」
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