第62話








◇◇◇



「案外……簡単に行くものなんですね」



 ステラにとっては意外だったようだ。Aランクダンジョンのモンスターはヴァルゼルがボス以外殺害していた為、傀儡が増える事はなかった。ボスに関しても剣じゃなくて槍と大きな盾を持った騎士に変わっただけだった。



 騎乗している馬も他のよりは速いかもしれないがレインにとっては誤差だった。ヴァルゼルに処理を頼み傀儡たちが集めた大量の魔法石を収納していった。



「レインさん聞いてもいいですか?」



 せっせと魔法石を収納スキルで作った黒い渦の中に放り込んでいるレインにステラが話しかける。傀儡たちは命令通り全ての魔法石を大きさ関係なく回収している。収納するのも一苦労だ。



「どうした?」



「レインさんはどうやって大量に収納している物の中から剣やポーションを的確に取り出してるんですか?」



「……え?」



 あまり考えた事がなかった。



「あ……いや少し気になったので」



「あー……とりあえず今入ってる物は分かる。ただ細かく理解してるわけじゃなくて取り出す時も種類でまとめて出してる感じかな?剣が欲しいならそれを出すし、槍なら槍、魔法石なら魔法石をまとめて出すんだよ。だから似たような武器は沢山入れないようにしてる。俺が分からなくなるから」



 収納スキルを手に入れた時にアルティから言われていたアドバイスだ。

 いつも使う武具は1種につき1つか2つにしておかないと混乱するらしい。


 そのアルティは物凄い数の武器を召喚していたけどね。アルティからもらった武器は沢山あるけど、ほぼ同じのしか使っていないからレインの中では気にしていない。



「なるほど……ありがとうございます」



「別に構わないよ。……お?ちょうど収納も完了したみたいだな。じゃあ次に行こう」



「はい!」



◇◇◇



 そこから少し歩き次のAランクダンジョンへと到着した。ここも同じだ。街道の端に先程よりもが大きな空間の歪みができている。引き込まれるような黒い渦の中心に青い雷が走っている。

 しかし……。



「……ここは…俺たちだけじゃ無理かもしれない」


 レインのダンジョンを見た第一声がそれだった。後ろに控えていた2人が驚愕するのは当然だった。

 


「レインさん?」



「え?!レインさんでもクリア出来ないダンジョンって事ですか?」



「いや魔色がおかしい。何度もダンジョンには潜ったけど、こんなのは2だ」



 このダンジョンから流れ出る魔力はあの時の漆黒とは正反対。白銀の魔力だ。全てを飲み込む暗い魔力ではなく、全てを包み込む優しい光の魔力。


 これが人が放つ魔力なのだとしたらそれは聖女とか神官とか呼ばれる類の人だろう。


 しかしここはダンジョンだ。このまま放置すれば崩壊して出てくる。これはレインだけで挑むのでなくもっと多くの高ランクの覚醒者たちが必要だと直感で理解した。



「……一度戻るぞ。誰か一緒に来てくれるSランクを探そう」



 一緒に戦えるSランク。真っ先に1人の女性が出てきた。しかし彼女も忙しい身だ。それにレインの国には戦えるSランクはレインを除いて7人しかいない。多分……難しいだろう。そうなれば国王に依頼して覚醒者を派遣してもらうか?

 

 それも無理なら1人で対応しないといけない。この優しくも未知の魔力をここに放置する事はできない。ここはエリスが住む屋敷がある街にも近い。エリスに降りかかる害は可能性の段階で徹底的に排除しなければならない。



「……あれ?レインさん?」



 "幻聴まで聴こえてきたよ。ニーナさんが居ればすぐに了承してくれ……"



「はい?」



 レインは振り返る。2人とは異なる声が聞こえたから。振り返った先には前に乗ったことのある高級感漂う馬車の車列が停まっていた。


 このダンジョン攻略について来てくれそうな人を考えていたから気付かなかった。殺意のない、こちらに意識を向けていない対象には気付けない。いや意識すれば分かるけど疲れるのでやらないだけだ。


 その馬車の車列の真ん中、レインの前に停まっている馬車の窓が開いた。そこから顔を出したのはたった今思い描いていた人、ニーナだった。



「何でここに?」



 レインはニーナに話しかける。



「私は『黒龍』に新しく加入した新人の教育でダンジョンをまわっていたんです。やはり実戦に勝る経験はありませんから。レインさんは……ダンジョン攻略ですか?」



 レインの後ろに浮かぶダンジョンの入り口を見て攻略以外の事をしに来たとは思えないよな。



「そうです。……ただ俺たちだけでは攻略が難しそうで……。ニーナさんもし良かったら手伝ってもらえませんか?このダンジョンの報酬はお渡ししますので……」



「あー……私は構いませんよ?ただ今すぐというわけにはいかないんです。ここには新人の子たちもいますし……今は……えーと…」



 ニーナはバツが悪そうに話す。何か言いづらい事があるようだ。



「ニーナ!!手伝ってやろう!!」



 耳を塞ぎたくなるような大声が聞こえた。ニーナは馬車の中で耳を塞いでいた。そして馬車の扉が蹴破られる勢いで開いた。本当にこちらに吹っ飛んで来ると思った。阿頼耶がステラの前に立って庇う動きをしたくらいだ。それくらいの勢いだ。


 そして中からは大男が出てきた。金色の鎧を着込み金色の髪をオールバックにしている男だ。


 その姿を見るとレインが住む街に戻ってきた時の記憶が呼び起こされた。



 "こいつが『黒龍』のマスターだな"



 男はニカっと笑いレインの前に立った。その後ろに控えるように頭を抱えたニーナが降りてきた。2人が降りた事を知った馬車の列の中から次々と覚醒者たちが降りてきた。総勢25人くらいか?

 

 見た感じはBランク~Aランクだ。全員の装備もしっかりとしていて新人と呼んでいいのか分からないくらいのレベルだと思う。他の中小ギルドだとトップを張れそうなレベルだ。



「お前が神覚者レイン・エタニアだな?」



「そうだけど?」



 この声のデカさは何とかならんのか?チラッとニーナを見る。レインと目が合ったニーナは申し訳なさそうに会釈した。多分無理なんだろう。



「試させてもらう!!」



「あ?」



 すると男はいきなりレインの腹部を全力と思える威力で殴った。その衝撃で後ろに並ぶ馬車は横転しそうになり、馬は驚き暴れ回る。近くにいたBランクとAランクの覚醒者の中には立てなくなる者もいるほどだった。阿頼耶はステラの肩を抱いて衝撃から守っていた。



 そして殴られたレインは……。



「お前……何のマネだ?」



 男の拳をレインは片手一つで止めていた。ダンジョンの前という事もあり〈最上位強化〉を使っていたレインにとっては容易に止める事が出来た。おそらく男も本気で殴ったわけではないと……思う。



 殴ったはずの男の脚が少し地面に沈んでいた。レインは男の拳の力を上から押さえつけて相殺していた。


 男は試すと言っていたが、レインにとって真っ先に敵対してくる者には容赦する必要はない。



「ほう……俺の拳を止めるとは、良いだッ――」



 レインの拳が男の顔面を捉えた。男は後ろへ勢いよく吹っ飛んだ。ニーナはちゃんと避けてくれたから巻き添えにならずに済んだ。


 男は後ろにあった馬車を突き破った。馭者も覚醒者で降りていたから被害はない。馬車はぶっ壊れ、馬が逃げた事くらいだ。


 男は吹っ飛ぶ勢いを落とす事なく、その後ろに広がる草原を土煙を上げながら転がり、さらにその奥の森へと突き進んでいった。



「マスター!!!」



 他の覚醒者が叫び、マスターと呼ばれる男を吹っ飛ばしたレインへ向けて剣を抜こうとする。



 "やはりコイツらはアランと同じか。ニーナさんたちが良い人だからといってギルド全員がそうだとは限らないもんな"


 いきなり殴りかかるような奴がマスターのギルドか。ニーナには悪いが敵対する者に一切手を抜くつもりはない。


 

 レインの周囲に黒い水溜りが広がる。黒龍メンバー25人と神覚者の戦闘が始まろうとしていた。


 

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