第226話
◇◇◇
「もう馬車の準備出来たんですね」
「はい……というか向かいの私邸に準備しておりました。レイン様ならすぐに承諾していただけると思っておりました」
特に持っていく物がないレインともう帰宅するだけのシャーロットは家の前で立ち話をする。国王は王城へと帰っていった。別にいてもいなくてもどっちでもいいから帰ってもらう。護衛の兵士だけで何十人もいたから邪魔で仕方ない。
「よく分かってますね」
「あと……これも必要ないかもしれませんが、4名の騎士を護衛としてお付け致します。ハイレンに到着した後の手続きなどは騎士にお任せ下さい。
エルセナは現在イグニス領となっていますので通過するのに時間は掛かりません。何もなければ1日半ほどで到着すると思います!」
シャーロットは満面の笑みを浮かべてレインの方を向く。
「…………何も無ければね?絶対何か起こりますよ、それ」
これまで目的地へ向かう時に何事もなくたどり着けた、または帰って来られた試しがない。だから何も言わなかったのにシャーロットが言った。
◇◇◇
「平和ですね」
アメリアが呟く。馬車には阿頼耶にカトレア、アメリアたちが乗っている。レインの隣に誰が座るのかで揉めたが阿頼耶を選んだ。
「何をあんなに警戒なさっていたのですか?イグニスはSランクダンジョン攻略でメルクーアから得た報酬で兵士を増員して各村々に配置、ダンジョン出現の際に対応できるようにしていると思うので大丈夫ですよ」
カトレアも話す。既に出発して数時間ほどが経過している。レインの警戒が杞憂に終わろうとした時だった。
「あー……だめだ」
レインが呟く。その言葉に他の3人の表情は一気に引き締まる。周囲の護衛の騎士たちからも反応がない。
「どうされたのですか?」
「腰が爆発する。休ませてくれ」
レインの言葉に3人がため息を吐く。しかしレインにとっては死活問題だ。
「決闘まで時間に余裕がある訳ではありません。あまり長い時間休憩する訳にはいかないんです」
カトレアが話す。このまま行くと十分間に合う速度だが何が起こるか分からない。万が一にでも間に合わないという事が起きてはならない。
「…………レインさん」
休憩出来そうにないと言われ絶望の表情を浮かべるレインに阿頼耶が声をかける。
「…………なに?」
「腰の痛みは長時間同じ体勢なのが原因です。なので横になれば改善されると思います。…………なので……よろしければ私のを枕にしていただければ……」
阿頼耶はそう言いながら自分の膝を指差す。要は膝枕してくれるという事だ。この馬車ならば脚を曲げれば横にはなれる広さだ。
"若干恥ずかしいけど……腰が爆発するよりはマシだな"
「じゃあ失礼して……」
「なら!私が膝枕して差し上げます!」
カトレアが割り込む。アメリアもチラチラとレインの方を見ている。多分このまま行くと喧嘩が起きそうだ。
「いや……阿頼耶が最初に言ってくれたからな。阿頼耶……いいよな?」
「もちろんです……どうぞ」
◇◇◇
そこから中間地点の街の宿に泊まり、移動を続けて間も無くハイレン王都ガロフィアに到着する。一度来ているはずなのにこんな感じだっけ?という感じになる。
以前の風景を全く覚えていない。帰る時も一緒だ。思ったよりちゃんと風景を見ていなかったようだ。そして今も見ていない。
決闘が間も無く開催される影響か王都はかなり盛り上がっている。普段を知らないから何とも言えないが大通りには露店が立ち並び、多くの人々が行き来している。
レインたちは見た事ない商品が数多く並んでいる露店を素通りして受付のある闘技場へと真っ直ぐ向かう。こうしてレインたちはハイレンへ到着した。
◇◇◇
この日も闘技場の受付周辺は大盛況だった。受付に来る者は決闘に参加を希望する者でその国の代表になり得る覚醒者だからだ。
周囲の人は酒を飲みながら次は誰が来るのかと待っている。有名な覚醒者、とりわけ神覚者が多く参戦すればするほど大金が動く。前回の決闘では、無名で尚且つ初出場で優勝した神覚者がいた。
その神覚者のおかげで億万長者になった者たちが数名いた。そんな事があったせいで今年の決闘にも参加してくれないだろうかと皆が待ち浴びていた。
そんな時に2人の覚醒者が受付がある食堂付きの部屋に入ってきた。見間違えるはずがない。神覚者なんてもんじゃない。8人しかいない超越者と呼ばれる者たちの2人が来た。
「「うおおおおお!!」」
食堂からは大歓声が上がる。決闘の運営職員たちも慌ただしく動き始めた。
「何だこの騒ぎ?もう始まってるのか?」
「違いますよ?私たちが来れば盛り上がるのは当然ですよ。レインさんはもう少し自分がどれだけ有名なのか自覚する必要がありますね」
「別にいいよ。有名になっても良い事ないし、知らない方が俺にとってはいい。変なのに絡まれても嫌だし」
「それは一理ございますね。ではさっさと受付を済ませてしまいましょう。優勝経験者でも魔力測定は受けないといけない決まりなので」
「分かった」
2人は受付の前に行く。すると職員らしき女性がすごい勢いで走ってきた。1秒でも待たせてはいけないという覚悟を感じる。
そしてそのまま魔力測定に入った。レインもカトレアも余裕でそれを突破する。前は測定に合格できない事を恐れて全力の魔力を注ぎ込んだ。そのせいで水晶が割れたが今回は敢えて抑え込んだ。
あの時よりも魔力量が増えている。おそらく本気でやれば測定用の水晶だけでなく、測定機そのものが吹っ飛ぶ。だから様子を見ながら調整した。
「まあ私たちならば当然ですよね。決闘は明後日からとの事です。そして今回、参加している神覚者は私たち含めて3名のようですよ?これはもう決勝で私たちが戦う事になりそうですね」
カトレアと共に闘技場併設の宿へと移る。既に阿頼耶ゆアメリアは移動しているようだ。護衛の騎士たちは前と同じようにお金を渡して周辺の高い宿に泊まってもらっている。
「俺たちのどっちが優勝しても目的は果たせるよな?もしそうなったら適当に負けるからよろしく」
「ならもし私が優勝したらキスして下さいね?もちろん頬ではなく唇にお願いします!」
「そんなにして欲しいのか?」
「当たり前です!恋人の特権ですからね!レインさんはなんだかんだで回避していますからこの際ハッキリさせておこうかと思いまして……」
「分かったよ。カトレアが優勝したらそうしようか」
「それは本当ですか?」
カトレアはレインの肩を掴んで確認する。その剣幕に流石のレインも押されてしまう。
「ほ、本当だよ。ただ負けてやるって気はなくなった。俺も本気でやるからな?」
「良いでしょう。私も本気でやります。明後日からの決闘が楽しみですね」
「…………そうだな」
全然楽しみじゃないレインは約束する内容を間違えたと少し落ち込み、自分の部屋へと入って行った。
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