第318話
◇◇◇
「……残念だよ。まさか死に損ないの味方を逃す為に、ただただ突撃するだけの戦法を取るとは……呆れて物も言えないな」
空からオーウェンたちの行動を魔力の動きで認識していた魔王オディウムは酷く落胆する。
「追い込めば何らかの覚醒が起きて面白くなると思ったが……ここにいる者たちはそちら側ではなかったという事か……」
魔王オディウムは進撃する配下たちとただ真っ直ぐ突撃する人間たちが間も無く激突するのを確認してから巨大な魔法陣を自身の頭上に形成する。
魔王オディウムが持つ長杖の向けられた先は撤退していく人間たちだった。
「1人も逃さぬよ……価値のない者など生かしておく必要はない。〈
魔王オディウムはレダスたちを吹き飛ばした魔法を繰り出そうとする。その時だった。
黒い巨大な光の一閃が魔王オディウム配下のモンスターたちの間を通過した。そしてその直後に大爆発と巨大な炎の壁が出来上がった。
先程、オディウムが破壊した防壁よりも遥かに高い炎の壁だ。
その巨大な爆発と炎の壁は獣型モンスターだけでなく巨人までもを飲み込み灰にした。
おそらくもう間も無く激突するはずだった人間の集団すら巻き込まれただろう。
「……なんだ…この威力の魔法は?人間の中にこれほどの魔法を扱える者がァッ?!!」
その時、オディウムの顔が激しく歪む。目を閉じているが、顔が歪むほどの衝撃を顔面に受けたせいで目も無理やり開かれる。その目に見えた視界も大きく歪んでいる。
そして安全圏だったはずの空から地上へ叩き落とされる。オディウムが落下した場所は大きく抉れ、巨大な窪みを形成する。それほどの速度で地面に叩き付けられた。
「………………何だ?これは?」
魔王オディウムは何が起きたのか分からなかった。
なぜ右頬に激痛が走っているのか、口の中が不快な血の味で満ち満ちているのか、なぜ自分がそこらの虫ケラのように地面にうつ伏せで倒れているのか。
しかしその疑問の答えもすぐに朧げながら理解できた。魔王オディウムは殴られたのだ。つまり魔王を殴り飛ばすほどの強者が突然出現した。さらにその正体もすぐに分かった。
「はーはっはっはぁー!!!やっぱりお前を殴るのは楽しいなぁ!毎回毎回安全な空から部下に戦わせている無能クソ野郎が!
数千年間も全く注目されてないのに格好つけて、「視界に頼ってたら価値なんて分からないー」とか言って目を閉じてるのも気色悪すぎるってんだよ!
いやでもちゃんと感謝しないとなぁ!お前が目を閉じてるおかげで本当に殴りやすかったぜ!!」
空中で漆黒の魔力を放つガラの悪い女が叫ぶ。魔王オディウムはゆっくりと立ち上がり、口の中に広がる不快感を地面に吐き出した。
「裏切り者のアルスゥ……お前の方から出てくるとはなぁ…今度こそ殺してやるぞ!!」
基本的に微笑みを絶やさないようにしていた魔王オディウムは怒りに顔を歪ませる。純白の服の袖が汚れる事も気にせず鼻と口元から流れる赤い血を拭う。
「今度こそぉー?魔王で1番の雑魚なお前が私を殺すぅー?視界だけじゃなくて、実力を測る力も閉じちゃってんのかぁ?このアホが!」
「どこまで俺をコケにしやがる。絶対に許さんぞ……裏切り者がぁ……」
空中と地上で汚い言葉の応酬が続けられる。そんな光景を呆れた目で見る存在があった。
◇◇◇
「ゴホゴホ……一体……何が…起きた?ここがあの世……か?」
オーウェンは目の前に迫るモンスターに最期の拳撃を放とうとしたはずだ。しかしいきなり起きた大爆発のせいで状況が分からない。
「ヴァルグレイ将軍……我々はどうしたのでしょう?それに、この巨大な……水晶?……の壁は?」
オーウェンのたちの目の前には巨大水晶の壁が形成されていた。オーウェンたちの後ろにいる要塞の防壁以上の強度だろう。
「……これは…そうか……援軍が来たのか」
オーウェンはその水晶の壁を見てすぐに理解した。誰が援軍に来てくれたのかを。
「その通りです、ヴァルグレイ将軍。しかし自らを犠牲にした突撃作戦などあまり褒められた事ではありませんね。
今は1人でも多く者たちが生き残り、迫るモンスターたちに対応せねばならないのですよ?あなたの死に場所はこんな所ではありません」
オーウェンたちの目の前に着地するように別の女性が現れた。覚醒者や兵士であればその女性の事を知らない人はこの世界に存在しないだろう。
「カトレア殿か……どうしてここに?あなたは西側の白の
「そうですね。そこから大量の巨人が出てきて大変でしたが、突然その大部分が転移して消えました。
なのであの場所は2人の神覚者に任せて、現状最も苦戦している、この場所にテルセロを経由してアルティさんと共に転移してきました。ああ……あとこの御方もです。今、呼びますね」
「この御方?」
カトレアは地面に手のひらを向けて魔法陣を作り上げる。そしてすぐにその人は転移させられてきた。
「おぇ……相変わらず転移のこの感覚は苦手ですね」
「普段から街に閉じこもっているからですよ。そのうち慣れますし、すぐにテルセロヘ撤退しますから慣れてください。
とりあえず早くヴァルグレイ将軍に治癒魔法を使ってください」
「ロ、ローフェン殿?!」
そこにいたのは『治癒の神覚者』であるローフェンだった。
ローフェンはちょうどテルセロに戻った時にアルティたちに拉致された。既にシファーがその治癒能力をフルに発揮して負傷者に対応していてローフェンの仕事はあまりなかった。
それを察したカトレアがアルティにお願いしてついでに連れて来てもらった。ローフェンは貴重な存在であるため、アルティの破壊魔法の巻き添えにならないよう防壁の上に置いてきた。
そしてカトレアの全力の防壁魔法を展開し、安全を確保してから転移させて呼び寄せ、今に至る。
「た、助かる……のか?」
「まだそうと決まった訳ではありません。各地の戦況は芳しくありません。とりあえず要塞に戻りますよ!
あのアルティさんの破壊魔法は敵味方の区別なく全て吹き飛ばしてしまいます。最低限の治癒だけ行い、すぐに移動しましょう!」
ローフェンはオーウェンの傷をすぐに治癒する。腕が生えてくるようなことはないが、全身を襲っていた痛みは一瞬にして消えてしまった。その治癒は他の追従していた覚醒者や兵士にもほぼ同時に施される。
「全員の応急処置は終わりですね?」
「は、はい……ただ将軍だけはかなり危険な状態です。要塞に戻り、もう一度ポーションを用いながら治癒しないといけません。
そうしないと動くことは出来ても魔力を用いた攻撃に身体が耐えられないでしょう」
「分かりました。ではすぐにここを離れましょう!ここにいたら確実に巻き添えになります!」
カトレアに促されるようにオーウェンと兵士たちは要塞へと急いで戻る。それを気配で感じ取ったアルティはようやく行動を開始する。
「お前には魔法が通じないからなぁ。魔法に頼らない圧倒的な暴力でボッコボコにしまくって、そのウザく白い服をお前の血で汚してやるよ。
殺してくださいって懇願して許しを乞うってんなら、ちょっとボコボコにして殺してやるからちゃんと言えよ!!」
「舐めるなよ……クソ女が!」
アルティは空中を蹴って地上に立つ魔王オディウムに突撃する。ここに元第1『支配の魔王』アルティと現第5『厭世の魔王』オディウムの全面対決が始まった。
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