第38話








 爆発によって巻き上げられた土煙が男が座っていた玉座周辺を天井まで包み込む。爆発の振動と衝撃はこちらまで伝わってきた。



 "あれは俺でも無事では済まないな。回避したようには見えなかったけど……"



「くははははッ!いい挨拶だな、気に入ったぞ?人間」

 


 巻き上げられた土煙が切り裂かれる様に散った。男はさっきまで無かったはずの大剣を持っている。模様なんて一切ない真っ黒な大剣だ。


 グオオオオオ――と、この場所の揺れるほどの唸り声も響き始めた。左右のサイクロプスがあの爆発によって目覚めた。



 腕に付けられている拘束具を力で引き千切ろうともがいている。サイクロプスの脚元は燃えたような痕が残っている。ダメージが全く無かった訳ではなさそうだ。


「あのクソどもにここに幽閉されて暇してたんだ。お前らみたいに迷い込む客が唯一の遊び相手でなぁ。前回は外れだったが今回は違うって所を見せてくれよ?」



 男は人間の言葉を話している。確かに見た目は人間だ。しかし男が放つ雰囲気がそれを否定させる。



「どうしますか?」



 リグドが問いかける。彼らにとってもこれは本当に緊急事態だ。



「…………貴方は何ですか?どうしてここにいるんですか?」



 ニーナはリグドの問いかけに返事せずその男に問いかけた。



「あん?」



 男は質問されるのが意外だったのか顔を顰めた。


「貴方は何者かと聞いているのです。もし何らかの罠にかかりここに閉じ込められているのなら助け出しますが?」



「ちょっと本気?!……リグドと私の攻撃を受けて無傷なのよ?あれは人間じゃないですよ?」



 ロージアは敬語を忘れてニーナに話す。当然だ。あの爆発を受けて無傷の時点で相当な強さを持つ。この場所といいサイクロプスの存在といい、あの男を人間として考えるのには無理がある。



「……俺を人間のような下等種だと?そんなに死にたいのか?人間!!」



 男は大剣を片手で振り上げ、こちらへ一歩踏み出し――。



「………ニーナさん!!」



 一瞬でニーナの前に移動した。何かスキルを使っている。レインですら反応が遅れた。この男が放つ魔力が濃すぎて〈魔色視〉が機能していない。



 しかし振り下ろされた大剣がニーナに当たる事はなかった。



「分かっていますよ?ただ覚醒者としてダンジョン内で人間と思しき存在と遭遇した時は事前に通達しないといけない規則なんです。……今です!レガ!」



 ニーナは振り下ろされ地面にめり込んだ大剣の刃の上に器用に立っている。そして抜刀して男の首を狙った。

 さらにその男の後ろ――何もない空間から突然レガが姿を現した。さっきまで1番後ろで控えていたはずなのに今は男の背後に回り込んでいた。


 レガは2本あるうちの1本の剣を抜いて背後から男の心臓目掛けて突き刺した。その後間髪おかずにニーナの太刀が男の首に命中した。


 ガギンッ――しかし命中した刀剣から聞こえた音は肉体とは思えないものだった。まるで金属の板に剣を打ち付けた時の音だ。



「やはりお前らも期待外れか?」



 男はニーナごと大剣を振り上げた。ニーナは少しバランスを崩したが飛び退いて距離を取った。男は振り向き様に大剣を横に振ってレガを狙った。


 男の剣はかなり早いがレガにとって回避は容易だった。



 ブンッ――男の大剣は虚しく空間を斬った。



「ああー久しぶり過ぎて鈍ってるなぁ。……まあお前ら程度にはいいハンデだ……」



 ズドンッ!!!――男が話し終える前に爆発が起こる。リグドの攻撃だ。



「土を巻き上げるだけの攻撃って虚しくないか?人間よ。……んん?変なのが混じってるな。やはり今回は期待しても良さそうだな」



 その男は奥に控えている阿頼耶を見て今の言葉を呟いた。やはり阿頼耶の存在に気付いたな。



 "レイン"



 "アルティ?"



 アルティがレインに話しかけた。それも戦闘中にだ。アルティは基本的に戦闘中に声は掛けない。レインから問いかけるか、日常の中で興味を持った物を見つけたりなどの時は話しかけてくる。



 アルティが反応するほどの力をアイツが持ってるって事か?



 "レイン……本気でやりなよ?アイツはあの大戦を生き残った魔神側の勢力……魔王に近い強さを持ってる奴かもしれない"



 "アルティはアイツを知ってるのか?"



 "いや知らないよ。どちらも数えきれないほどの兵士がいたからね。ただアイツは今までレインが戦った中でも2番目に強いよ?まあ1番はわたッ!"



 "そのレベルか"



 アルティとの会話を終えると同時に男がニーナへ突進した。やはりスキルを使っている。走って移動したというよりは転移に近いレベルの速度だ。



 ニーナは振り下ろされる大剣をギリギリで回避し、そのままもう一度首に斬撃を放った。しかしガギンッーーという同じ音が響く。



「……チッ」



 ニーナが舌打ちする。



「頭が悪いな。無意味な攻撃は何度もするもんじゃないぞ?……お前にも言ってんだ」



 男は正面のニーナを無視して突然左後ろへ向けて裏拳を放つ。



「…………がッ」



 ドゴッ――という鈍い音が響いた。ニーナの動きに合わせて挟撃しようとしたレガに男の拳が直撃した。先程も反応出来ていなかったし、レインにもレガの動きは完全には捉えられない。


 それなのにアイツはレガに当てた。レガは直前に剣を男の拳と自分の身体の間に入れてガードした。しかしそれは全く意味をなさずレガは吹き飛び壁に身体を強く打ち付けた。



「「レガ!!!」」



 ニーナとロージアが同時に叫び、ロージアが動いた。すぐに回復しないとどうなるか分からないレベルの一撃を受けた。



「陣形を崩すなよ」



 リグドと阿頼耶から離れたロージアのすぐ横に男が出現した。男はロージアへ向けて拳を放つ。



「〈対魔法盾マジックシールド〉」


 ロージアは緑色の半透明の膜のような物を男との間に展開した。


「あ?」


 パリンッとガラスが割れるような音がする。男の拳はその緑の膜を簡単に破壊した。ロージアは杖を盾代わりに突き出したが当然意味はない。拳はロージアを杖ごと吹っ飛ばした。


 壁にもたれ掛かり動かないレガの近くにロージアも落下した。背中を強く打ち付けうずくまっている。自分自身に治癒魔法をかける余裕もないようだった。



 Sランク覚醒者2人がほぼ一撃で沈黙した。



「…………なんて強さ。あれがAランクのモンスターだって言うの?」



 ニーナも狼狽えている。レガもロージアも戦闘職ではなく援護がメインの覚醒者だ。しかしSランクである事に変わりはない。


 ここは特殊ではあるが測定時点ではAランクダンジョンだ。Aランクダンジョン内で出現するモンスターにSランク2人が一撃で無力化されるなんて事はあり得ない。



 ここで1つの仮定が出てくる。ここはAランクではない。あのモンスターの実力はSランクダンジョンに匹敵するレベルだという事だ。



「……ニーナさん」



 レインは近くにいたニーナに声をかけた。男は退屈そうに大きなあくびをしている。アイツにとってレインたちは敵ではなく退屈を紛らわせるだけの遊び相手となっている。


 相当長い間ここにいたんだろう。レガやロージアにトドメを刺そうともせずにいる。



「レインさん?」



「あれは俺が倒します。阿頼耶を預けるので2人を助けて上げてください。その後は入口に全ての傀儡を召喚するので耐えて下さい。左右の暴れてるサイクロプスまでは相手に出来ません。アイツらが動き出したらお願い出来ますか?」



 「………………」



 ニーナは少し考えて頷いた。今、このパーティーの装備ではあの男にダメージを与える事は難しい。なら1番強い奴が対処するしかない。



「じゃあ行くか。阿頼耶、ニーナさんの指示に従え」



「了解しました」



 Sランククラスのモンスターとの初戦闘だ。アドバイス通り本気で行こうか。


 

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