第90話









 

 

 レインは右手で自分の顔に触れた。鼻から血が出ている。


 それに目から血の涙も溢れ出ていた。軽く手で拭ったが止まらない。それを理解した瞬間に身体の中から口の中へ一気に込み上げてくる物があった。



「……ガハッ!!……ウ、ウェ……な、ゴホッ!」



「レインさん?!」


 これがスキル〈限界突破〉の反動だった。アルティが身体に乗り移った時の反動とは別物だった。明らかに寿命を削られる激痛が全身を襲う。



「レインさん!!左腕は治りました!しっかりして下さい!!」



「…………ぐあああっ!ゴボ…ゲホッ…」



「何という出血……レインさん!!落ち着いて!」


 レインは苦痛のせいで周囲を把握できていなかった。それから逃れる為にもがき苦しむ。


「ローフェン様!カトレア様の身体を集めました。すぐに治癒を……」



 ローフェンの後ろから別の治癒覚醒者が声をかける。

 カトレアの方は身体をバラバラにされ死んでいる。時間も経過してきているから早く治癒しないと間に合わない。


 しかしローフェンは原因不明の出血で苦しむレインも放っておけなかった。


 ただカトレアを元に戻せるのは世界でもローフェンだけだ。そこでローフェンは行動するしかない。


「レインさん!すぐに戻ります!残りの全員でレインさんに治癒をかけなさい!これ以上動かないように取り押さえるんです!!多少の手荒は後で謝罪しましょう!急ぎなさい!!」


「「はい!!」」


 ローフェンは自分が着ている真っ白な神官服についた土汚れも、付着したレインの血にも構う事なく走る。


 敗者であるカトレアは身体をバラバラにされ、勝者であるレインは苦しんでいる。その光景に観客たちの歓声は止み、固唾を飲んで見守る事しかできなかった。


 その間も続々と『ハイレン』の覚醒者たちが闘技場内になだれ込んでくる。治癒魔法や治癒スキルは重ねて施すほど強い効果を発揮する。

 ただ規則で立ち入りが可能なのは『ハイレン』の覚醒者のみだ。治癒スキルや治癒魔法を使える覚醒者を片っ端から掻き集めて治療にあたらせている。


 しかし苦しみから暴れるレインの力は強く『ハイレン』の治癒覚醒者だけでは取り押さえる事も出来ない。蹴りをまともに受けてしまったら無事では済まない。


 全員が治癒魔法と治癒スキルを掛け続けるがレインが動くせいで効果的に発動出来ないようだ。


「ぐぅ………ああッ!!」


 "まったく仕方ないね。レイン…落ち着――「……なさい」


「……え?」


 レインの動きが突然安定した。先程まで苦しんでいたのがまるで嘘のように。その光景に周囲の覚醒者たちは動揺を隠せない。


 そしてさらにレインはゆっくりと立ち上がり周囲を見渡す。


「あー治癒は続けてもらえる?」


「え?……あ、ああ…はい」


 レインの言うとおりに治癒スキル持ちの覚醒者たちは治療を開始する。レインの全身が緑色の優しい光に包まれる。



「…………全く…こんなスキルを得ていたなんてね。苦戦する度、毎回使ってたら保たないなぁ。反動をすり替えるか……」



 レインは独り言を呟く。先程とあまりにも様子が異なる為、覚醒者たちは治癒をかけながらもお互いに視線を合わせる。


「…………あなた、何者ですか?」


 カトレアの治療を終えたローフェンが戻ってきた。そして明らかにおかしい挙動のレインにそう問いかけた。その質問の意図を周囲の覚醒者たちは理解すら出来ない。



「……へぇ…アンタ、面白い事を聞くね。私はレインだよ。今更、自己紹介しないといけないかい?」


「私の知っているレインさんはそのような口調で話しません」


「…………知ったような口を……まあいいさ。反動も治っただろう」



 この言葉を最後にレインは倒れた。しかし地面につく前にローフェンが受け止める。


「レインさん!」


「………………あれ?俺は……何この状況?」


 レインは理解出来なかった。周囲には既に完治しているのにも関わらずレインに治癒スキルを掛けまくる覚醒者たちとレインを強く抱きしめるローフェンがいた。



「レインさん!起きたんですね?!どこも異常はないですか?最後の記憶はどこですか?!」


 ローフェンはレインからガバッと身体を離して詰め寄る。周囲の慌てようとは裏腹にレインはどこか落ち着いていた。

 


「ええ……と…異常はないです。最後の記憶……あー、左腕が吹っ飛んで……あの女をバラバラにして……。

 あ!決闘!決闘の結果はどうなりましたか?!俺が勝ちましたよね?!」



「え、ええ……もちろんです。優勝者はレインさんに決まりました。……ただその後のことはどうですか?」



「…………あと?」


 レインは自分の記憶を巡らせる。


 "そういえば……スキルを使った反動がなかったよな?アルティ……何かしたのか?アルティの声が聞こえた気がしたんだけど……"


 "別に何もしていないよ?ただね?あのスキルを使うのは禁止だ。あれは今のレインには強すぎる。次使うと死ぬよ?"


 "マジ?"


 "マジもマジだよ。アンタ……記憶が混濁してるだろ?あの女を倒した後の事を覚えていないんだね?反動は来てたよ。使いすぎると……あれなんじゃない?

 記憶を失うとかの反動があるかもしれない。そうなるとアンタの妹の事も忘れるかもしれないよ?"


 "それは……困る。……分かった。あれはもう使わないよ"



 "それが賢明だね"


「すいません。よく覚えてないんです。ただもう大丈夫です。……早く神話級ポーションをもらって帰ります!」


「え?!……あ、ああ…そうですね。それが目的でしたもんね!」


 ローフェンは立ち上がり周囲を見渡す。そして目が合った審判に手で合図を送る。それを確認した審判は大きく頷き声を張り上げた。



「大っ変お待たせ致しました!!!両者の治療も無事完了し!死者ゼロ!!後遺症ゼロ!を達成出来ましたー!!

 では改めて発表します!今回の『決闘』の優勝者はーー!!『傀儡の神覚者』!レイン・エタニアでーす!!」



 それに続く大歓声が、レインに優勝をもう一度実感させた。ようやく……ようやく目的を果たせた。あとはそれを受け取り帰るだけだ。


 国王主催の訳の分からんパーティーなんかあっても絶対に行かんぞ!!!どうせ話の内容が同じような事ばっかり言われるだけだ。本当に絶対に行かんぞ!!



 レインはそう強く意気込んだ。


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