第105話










◇◇◇



「落ち着いた?」



「…………あー……申し訳ない…泣ぎずぎだ」


「泣きすぎだよー!ほらタオル!」



 あの後、数十分はエリスの胸を借りて泣き続けていた。

 だがいつまでも泣いてるわけにはいかないので離れた所、アメリアがタオルを持ってきてくれていた。



 涙でぐちゃぐちゃになった顔を乱暴に拭く。そして長いため息を吐いた。



「……腹減ったな」



「そうだね。アメリアさん……ですよね?何かありますか?」



「もちろんです!すぐご用意致します!」


 そう言ってアメリアは部屋を飛び出した。阿頼耶も気を使って会釈だけして部屋を出た。部屋に残ったレインとエリスは2人並んでベッドに腰掛ける。



「それにしてもお兄ちゃん……本当に雰囲気が変わったね。声は変わらないのに見た目が大人になってる」



「まあ実際大人の年齢だしなぁ。……それよりエリスって目の色そんな金色だったっけ?3年以上前だからよく覚えてないんだけど……」



 エリスの瞳は引き込まれるほどの綺麗な金色をしている。レインにはそれが普通だと思った。

 しかし普通だと思う自分に違和感を覚えた。



「……え?うーん……どうだろう。私も覚えてないなぁ。そんなに金色なの?」



「金色だなぁ。…………なあ、エリス…その左手のブレスレットを見て何か見える?」


 エリスはレインが渡した黒いブレスレットを肌身離さず身につけている。極力外すなというレインのお願いを忠実に守っている。



「これ?……綺麗だなぁって思ってるよ?」


「……そうか。なら良かった」


 レインは一瞬エリスが覚醒したのかと思った。覚醒者になる為の条件である魔力の可視化に該当するんじゃないかと思っていた。


 そのブレスレットは魔法石で出来ているし、傀儡も数多く潜んでいる。



 だから覚醒者であればランクに関係なく至近距離だと魔力が見えると思う。



 だがエリスの反応を見るに魔力は見えていないんだろう。



「あ!あと何がしたいか決めてるか?俺はもうすぐしたら『メルクーア』に行かないといけないんだ。国からの依頼でね。それまでに何処か行くか?」



「……うーん、そうだなぁ。じゃあ!一緒にお散歩に行きたいな!『テルセロ』って結構変わってるの?」



「………………分からない。基本的に家と組合とダンジョンしか行ってないからなぁ。シャーロットさんに案内でもお願いしようかな」



 自分が案内できれば良かったが、そんな所まで覚えていない。

 自分の住んでいる屋敷の場所すら油断すれば忘れるレベルだ。実際に忘れる訳ではないが、組合本部か王城以外のルートを通ると分からなくなる。



「シャーロット……さん?」



「ああ……エリスは知らなかったな。この国の王女様で俺が神覚者になってから色々良くしてもらってる。

 何度か家にも来てるから声を聞けば分かるんじゃないか?」



「そうなんだね!今はまだお昼前……かな?ご飯食べたら行きたい!」



「分かった!じゃあ準備して行こうか!」


 その後、すぐに食事を済ませて外へ出る準備をする。

 数年ぶりにエリスは外へ出る。病気を治して2人で出掛ける事が出来た。一緒に扉を開けて外を歩く瞬間をどれだけ夢見たことか。



「お兄ちゃん!行こう!」



 エリスはほとんど迷う事なく玄関へたどり着いた。目が見えるようになってからもこれまでの感覚は失っていない。



 そして自分の力で扉を開けた。外の光が眩しいようで顔を背けていた。


 その動作だけでまた泣きそうになったレインは目を強く瞑り必死に耐えて、エリスの手を取った。


 

◇◇◇



 まずは王城へ向かう事にした。見るもの全てが新鮮なエリスと逸れないように手を握る。それでも嘘のように強い力でグイグイと引っ張る。



「お兄ちゃん!あれは何?」



 エリスが左側の屋敷を指差して質問する。

 


「…………デカい家だな」



「家かぁ……じゃああれは!」



 次は右側の屋敷を指差して質問する。



「………………もっとデカい家だな」



「あれも家かぁ」



 レインはステラかアメリアを連れてくるべきだったと数分で後悔し始めた。兄妹だけで散歩させようという気遣いで誰もついてこなかったのは理解できる。

 ただレインの知識ではこの街を案内する事など不可能だった。


 そもそもレインの屋敷は貴族たちの屋敷が建ち並ぶ一角にある。

 そこから王城への道には貴族の屋敷しかない。エリスが楽しめそうな店や飯屋などはもっと外側にある。



 "シャーロットさんなら案内できるよな?"



 とうとう一国の王女様に道案内させるしか手が残っていないレインであった。



「……お兄ちゃん、みんなこっちを見てるね。私……変な格好してるのかな?」



 エリスはいつもと全然違う格好をしている。ただ変なのではなく可愛すぎるからだと否定したいが流石に気持ち悪いかと思い自重する。

 エリスが着ているのはアメリアがこの時のために用意していた衣服だ。

 


 お洒落というレインには到底縁のなかったものを取り入れた服で、動きやすいワンピースというものらしい。すごく可愛い。


「……俺が神覚者だからかな?あとエリスは変じゃないよ!とても似合ってるから自信持って!」


「……そう……かな?えへへッ……お兄ちゃんにそう言ってもらえるのは嬉しい!」


 今すぐに抱きしめたいが我慢する。魔力が揺らぐくらい必死に自分の欲望を抑え込んだ。

 あとレインが注目されているのは神覚者だからという事もあるだろう。しかしいつも以上に注目されているのはエリスの存在が大きいだろう。



 エリスはまだ10代前半だが、兄目線でもかなりの可愛さを誇る。そんな可憐な少女がこの国最強の神覚者と手を繋いで歩いていたら注目されるのは当然だった。


 そのせいで良からぬ輩が近付いて来ないように、もし来たとしても撃退できるようにブレスレットを持たせてある。

 手を出せばレインが出てくるという事を理解させる。



 レインは少しだけ力を込めた。レインからすればとても弱々しく思える愛しい存在を守る為に。


 

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