第104話









◇◇◇



「レイン様……お疲れ様でした。この街を守っていただき本当にありがとうございます。この街を代表してお礼申し上げます」



 家に戻るとやはりシャーロットは兵士たちと一緒に大広間で待っていた。そこには阿頼耶にアメリアたち、護衛の為にサミュエルが付けてくれたと思われるロージアもいた。



「いえ……お礼は要らないです。少し騒ぎすぎました。すみません」



「何を仰いますか!こうした緊急事態の際は少し大袈裟に騒ぐくらいが1番良いのです。何もなければそれで良しです。

 反対にこの事態を隠して何かあった時の方が大きな問題となります。だからレイン様の行動に間違いは何一つございません。

 既に兵の一部を伝令として行かせました。すぐにこの騒動も治ると思います」



「そうですか。……アメリア、エリスは?」



「はい、クレアとステラが部屋の方へお連れしました。今はただ眠っているようです」



「…………そうか」



 エリスを苦しめていた元凶は倒した。これで大丈夫なはずだ。なのに眠っているという今の状態がどうしても不安にさせてくる。



「エリスが起きるまで傍にいる事にします。その時にまた改めて招きますね」



「かしこまりました。お待ちしております」



 レインはニーナとシャーロットに向けて話す。今はとてもみんなで食事をする気分ではない。

 それに約10日後には『メルクーア』へ行かないといけない。やる事は多いのに何も手を付けられない。



 レインの気持ちを察して2人はすぐに帰った。屋敷にはいつものメンバーだけが残る。


 

◇◇◇



「……ご主人様、あのそろそろお休みになった方が……」


 あれから2日が経った。エリスはまだ眠っている。顔色もいいし、体温だって普通だ。むしろいつも以上に健康的に見える。なのに起きない。



 レインはエリスが眠るベッドの横に座りずっと手を握っていた。とても弱々しく感じるエリスの手に負担がないよう力を込め過ぎないように意識していた。



 何も食べず、飲まず、話さずにただただエリスの顔を見ていた。



 そんなレインを見兼ねてアメリアと阿頼耶がエリスの部屋に入ってきた。



「…………大丈夫だ」



「先程もそう仰いました。……失礼ながら!今のご主人様は酷い顔をされています。

 お嬢様がお目覚めになった後はもう声色や雰囲気で誤魔化す事は出来ませんよ?もうお嬢様は全てを見る事が出来るんですから」



「……アメリア」



「お嬢様はもう治っていると思います。ただあの薬の反動が大きかっただけかと。

 目覚めた時にご主人様が疲れたような表情だと…お嬢様の性格上とても心配させてしまうかもしれません」



 全てアメリアの言うとおりだった。何も反論できない。最近エリスと一緒にいる時間が少なかったせいかアメリアの方がエリスの事をよく分かっている。



「…………そうだな。そうしようか。少し休むよ」



「そうなさって下さい。我々が交代で側にいますから」



 アメリアと阿頼耶に連れられるように部屋の外へと向かう。

 その時、後ろから風が吹いた。窓も閉めているはずなのに風が少しだけ吹いたのを感じた。一体どこから?



「…………風?」



 レインがその風を感じて立ち止まった時だった。

 

「お兄ちゃん?」



 後ろからかけられたその声に心臓の鼓動が一気に早くなった。振り返る事ができなかった。

 何年も何年もその声を聞いていた。この時を待っていた。間違うはずがないのに振り向けない。



 先に振り向いた2人はそれぞれの反応を見せた。


「……おはようございます」


 阿頼耶は微笑み、声をかけた。


「……お、お嬢様!」


 アメリアはその場で泣き崩れてしまった。


「…………お兄ちゃん……だよね?」



「……すぅー……はぁ……エリス」



 レインは一回深呼吸して振り返った。ベッドの上で起き上がりこちらを真っ直ぐ見る少女がいた。

 黒く長い髪、そして金色の綺麗な瞳の少女がレインの前にいる。



「……お兄ちゃん……おはよう。とってもイケメンさんになっちゃったね」



「……あ、ああ……おはよう……エリス。そうなの……かな?髪型も服もアメリアが選んでくれたんだ」



「……そうなんだね。私もお願いしようかなぁ」



 レインの視界は一瞬にして歪んだ。唇の震えを抑える為に歯で噛み締める。手も震えてしまって今は使い物にならないだろう。



「エリス!!」



 レインは我慢の限界だった。なるべく取り繕うつもりだった。でもダメだった。



 レインはエリスを傷つけないように力を込めずエリスの手を両手で掴んだ。



「……身体は大丈夫か?どこも苦しくないか?……ちゃ、ちゃんと……見えてるか?」



 エリスはすぐ近くにいるレインの頭をもう片方の手で包んで密着した。



「……み、見えてるよ。全部……全部見えるよ。もう苦しくない。ちゃんと息もできる。……お兄ちゃん…迷惑かけてごめッ…………ううん……ありがとう!私のためにこんなに傷だらけになって……お兄ちゃんは辛くなかった?」



 レインは一瞬どう答えるか悩んだ。正直に言うべきか、誤魔化すべきか。Fランク時代やあの場所で鍛えた10年が辛くなかったと言えば嘘になる。

 どちらかと言うと辛く、苦しいものだった。でもそれを乗り越え、ここまで来れたのは誰のおかげ……いや、誰の為か。その答えは既に決まっている。

 


「……少しね。辛い時もあったし、苦しい時もあった。でも立ち止まろうとも、辞めようとも思わなかった。エリスの為なら……俺は何だって出来る」



「……ありがとう」



 泣かないように決めていた。多分無理だと思っていたが一応決めてはいた。結果としては無理だった。



 エリスの方が涙は流さず微笑んでレインを抱きしめた。エリスの方がずっと強い心を秘めていた。

 エリスの笑顔は何よりも眩しく輝いていた。


 

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