第181話
ここでようやくレインが口を開いた。
「……あ、貴方は?シャーロット様の護衛の御方でしょうか?」
レインの顔はエルセナ王国の王女には知られていないようだ。行ったのも1回だけだし、その1回も通り抜けただけだから無理もない。
「初めまして、俺……じゃない私は傀儡の神覚者、レイン・エタニアです」
「……え?そ、そんな…………し、失礼致しました!まさかレイン・エタニア様がいらっしゃったなんて」
レイナは立ち上がって深々と頭を下げた。後ろにいる兵士も騒然とする。最初からずっと目当ての人間はここにいた。
「大丈夫です。時間も無いようなので続けましょう。一応報酬は受け取らないといけません。差し出せるものは何がありますか?」
"まあ別に報酬はいらないんだよな。でも何でもかんでも報酬無しでやるってのもアレだよな。変なのが来ても嫌だし"
「お金はありません。お渡しできるような物は全て壊されるか奪われました。……でもまだ一つだけあります」
「1つだけ?それは何ですか?」
レインの質問にレイナはもう一度立ち上がる。そして覚悟を決めたように顔を上げ、レインを真っ直ぐ見つめて話し始めた。
「私は私自身を対価としてレイン様に差し上げます!」
却下で……と即答しそうだったのを飲み込んだ。アメリアの時も同じだ。家族を、みんなを守る為に自分を犠牲にする。震える手を必死に隠して自分の全権を相手に差し出す。
「私は……まだ処女の身です。多少は価値もあるかと思います。貴方様の命令に絶対の服従を誓います。どのようなご要望にも喜んでお応えします」
そこまで言ってレイナはレインの横まで移動する。そしてその場で膝をつき頭を床に擦り付けた。
「何でもします。絶対に逆らいません。疑問も持ちません。ですからどうか……どうか私の家族と王国の民を…お救い下さい」
レイナに合わせて2人の兵士も土下座をする。この人にはもう差し出せるものが
"これで断るのもなぁ。こんなに必死なのに"
自分の昔と姿が重なる。エリスの病気の原因を知る為に同じことをした。あの時は殴られて追い返された。
「シャーロットさん……良いですよね?」
レインは一応確認する。ただ返事がどうであれレインの心は決まっていた。
「はい、ただ今回に関してですが、我々は援護する事が出来ません。せいぜいそこまでの馬車を用意するくらいです」
イグニスとエルセナは同盟状態ではない。そんな状態で帝国と戦うのは避けたいとの判断だった。これ以上はシャーロットの権限を超えている。
「それも必要ありません。あとまた俺の我儘を聞いてくれて感謝します。この埋め合わせは必ずしますね」
「…………ありがとうございます。お戻りになるまでに考えておきます」
シャーロットは諦めにも似たような微笑みをレインへ向けた。レインという人間は自分の全てを犠牲にするしかない所まで追い込まれた人の願いを断れる人ではないと知っている。ここにいる誰もが分かっていた。
「レイナさんでいいですか?顔を上げて下さい」
「……はい」
レイナは土下座をやめた。ただ頭を擦り付けるのをやめただけだ。まだ頭は下げたままだった。
「仕事を引き受けます。俺が王国から帝国軍を排除しましょう。今すぐに行きますが……身体の方は大丈夫ですか?あと俺は地理に弱いので案内もお願いしたいのですが……」
レインは頭を下げたままのレイナに話しかける。エリスと近い年齢の少女にいつまでもこんな姿勢は取らせられない。レインは手を差し出した。
「…………は、はい……はい!全て……お任せ下さい。ありがとうございます。感謝……いたします」
レイナは大粒の涙を流しながら両手でレインの手を握った。とても弱く震える手で精一杯の力を出して。
「では行きましょう。護衛の兵士の方は休んでから戻ってきて下さい。何なら俺の家に居てくれていいです。説明はそこの3人の誰かからお願いします。
あとカトレアは来なくていいからな?これは俺が受けた仕事だし、カトレアは一応関係ない人だから」
「……はい、存じております。第3国である私に参戦する権利も指揮権もありません。レインさんの家で警備も兼ねながらお待ちしております」
既に長期間離れているが、このまま出発するとさらにみんなと離れることになる。カトレアが家でみんなを守ってくれるなら安心だ。
「助かるよ。みんなにはこの事は言わなくていい。ダンジョンに行っててもう少し戻らないって伝えてくれ」
「はい、レインさんの成功を祈っております」
カトレアは軽く頭を下げてレインに向かって微笑む。
「私はマスターが戻り次第、何が出来るか考えて行動する事にします。今はお役に立てませんが……どうかご無事で」
ニーナもカトレアに続く。
「では……私はエルセナ王国復興の支援物資と人員の手配でもしましょうか。ではレイン様……お気をつけて」
こうして3人に見送られレイナと2人で部屋を出た。ただ出口は分からないので部屋の外に待機していた兵士に声をかける。こういうところがダメなんだよと自分に言い聞かせる。改善は期待できないが。
「じゃあ行きましょう」
「は、はい……あ、あの馬車で向かうのですか?もしそうであるなら私の事は気にせず馬を使って下さい。その方が速く移動出来ます」
出口へ案内する為に走る兵士の後ろをレインとレイナは小走りでついていく。既にレイナの息は上がっている。ここまで休まずに来たんだろう。
本当は少しくらい休んでからの方がいいとは思うが、本人の状態を見ると休めなさそうだ。休んでなんかいられないだろう。
「いえ、馬も馬車も必要ありません。あんなのに乗ってたら休まなくても2日はかかる。馬だけでも1日半くらい必要です。それに俺の腰が爆発してしまう」
どんなに屈強な肉体を得ても馬車だけは慣れない。今回はアメリアもいない。腰の安寧の為に何度も止まるわけにもいかない。
「ば、爆発?!」
「はい、そうなれば俺は戦線離脱で全く役に立たない。……だから」
「……だ、だから?」
「走ります!俺がレイナさんを抱えて全力で走れば数時間で着くと思います」
「そ、そうで……え?走る?」
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