第320話






「ぐぅっ!……なぜだ……なぜ消えない?」

 

 オディウムはさらに鼻から血を噴き出す。手でそれを抑え込もうとしても指の間から溢れ出る。消せると思って完全に油断していたオディウムはアスティアの拳をまともに受けた。脳が大きく揺らされてオディウムはその場に膝をつく。


「それを教える義理はない」


 オディウムの前に立ったアスティアは大剣を振り上げる。


「ふっ……アスティアよ……その大剣は貴様のスキルによって生み出された物だったな?無尽蔵に質量を増大させる厄介極まりない大剣であったとしても俺の前では無りょ」


 アスティアの大剣は振り下ろされた。オディウムの〈厭世〉をものともせず。オディウムのも右腕は持っていた長杖と共に地面に落ちた。


「……何故だ?………………何故俺の能力が通用しない」


「これより死にゆく最弱の魔王に教えてやろう。貴様の〈厭世〉は誰に授けられた物だ?……そう魔神のスキルによって与えられた物だ。そのような物で魔神が使役していた武器を打ち消せると思っていたのか?」


「そうか……魔剣……か」


 オディウムは頭をガクリと下げる。片腕を失い、スキルが通用しないアスティアにアルティまでいる。


 オディウムにとって相性は最悪だった。アスティアが来た時点でオディウムに勝ち目はなかった。


「じゃあね……オディウム……さっさと楽にしてやりな」


「言われなくともそうします。では死ね」


 アスティアはもう一度剣を振り上げる。今度は腕ではなくオディウムの頭に狙いを定める。魔王といえど頭を両断されれば死ぬ。


 もう顔を上げる力もないオディウムはアスティアの大剣を見る事もしない。


「…………いやお前の手で死なせるわけにはいかんな」


 その言葉に合わせて突風が吹き荒れた。その風にアスティアもアルティも上空へと吹き飛ばされる。


「な、何だ?!今の声は…………あれ?魔法が使えるぞ?」


「この風によって巻き上げられた土煙のおかげで奴の視界から外れたのでしょう。……しかし何が起きているのでしょうか?」


「分からないから、な、何だ?!……って言ったんだけどね?

 オディウムはマジで何で魔王になってるのか分からないくらいの感じだったはず……私たちを吹き飛ばすほどの風を杖も使わず、動作も無しで起こすなんて出来ないはず……なんだけど……」


 2人を飛ばすほどの突風は止まない。周囲で生き残っていたオディウムの配下すら巻き込まれて吹き飛ばされていく。


「……あらあら…自分の配下まで巻き込んでるよ。私たちを相手にするにはその辺の配下もうまく使わないといけないのに……何がしたかったんだろ?」

 

「………………あの配下たちはすでに全員死んでいますね。風に抵抗する素振りが見られない。さらに私の配下の天使たちもこちらに向かってきております。おそらくオディウムの配下は全て死んだのでしょう」


「…………はい?」


 アルティには難しい話だった。もう間も無く殺せるはずだったオディウムは風によって姿が見えない。唯一見えているオディウムの配下は全て息絶えている。もう何が起きているのかアルティにもアスティアにも分からない状態だった。


 2人が混乱していると、突然起きた竜巻も落ち着いてきた。そしてようやくオディウムがいた場所を確認することが出来た。そこには1人の男が立っていた。


「やあ……恋愛依存体質のクソ女とその配下よ」


「ラデル?!」


 そこに立っていたのは蛇疫の魔王であるラデルだった。太陽の国ヘリオスのほぼ全国民を化け物に変えて逃亡した魔王の一角が突然姿を現した。


「ラデル……お前はあっちの方の緑のゲートから出てくるはずだろ?何でここに来れている?」


「何故私がそこから出てくるのが確定しているのだ?あそこからは私の毒人形と寄生動物を大量に放出したが……何やら強い存在が2人ほどいるようで苦戦しているな。まあ私にとっては関係もないし、興味もない」


 ラデルは相手を軽蔑するような笑みを浮かべて2人に話しかける。そのラデルの足元には力なく膝から崩れ落ちたオディウムもいた。先程までの竜巻はラデルが起こしたもののようだった。


「じゃあ……アンタは何に興味があるってんだ?というか……アンタたちは何しに来たんだ?本当に神の軍を滅ぼすために来たのか?」


「いいや?」


 ラデルは即答した。あまりにも即座に答えられた為、アルティは呆気に取られる。


「………………ほお?」


 こんな感じの返事しか捻り出せなかった。まさか即答するとは思わなかったし、その答えも否定だとは思わなかった。


「そもそも我々だけで神の軍勢を相手にする事は出来ない。ここで死んでいる魔王の一角を見てみろ。貴様の……いや今は別の者に引き継がせていたな。その配下に数発殴られ、魔神の剣で片腕を斬り落とされたくらいで絶命しているのだぞ?

 コイツが従えている兵も統率が取れておらず、バラバラに動いて人間程度の兵士に遅れをとっている。

 それでも人間相手だと何とかなるかもしれんが、神々を相手にするにはとてもとても実力が足りんよ」


「…………ならアンタは本当に何をしに来たんだ?」 


 アルティとアスティアは転移魔法を発動し、ラデルの近くまで移動する。


 この距離ならアスティアの剣もアルティも魔法も命中する。ラデルが動けば即座に消し炭、またはバラバラに出来る距離だ。


「ふむ……教えてやってもいいが……それを教えたら私がこれからする事を見逃してもらえるのか?」


「内容による」


「見逃すと約束するなら話してやるが?」


「だから内容による」


「お前のその会話が成り立たない感じは数千年前から嫌いだったよ」


 

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