第214話
◇◇◇
あれから数十分ほどが経った。そしてセダリオン帝国の皇帝を殺した。
死ぬまでの間に両手足にこれでもかと剣を突き刺した。もう突き刺す場所が無くなると、机の上に置いてあったガラスのコップを口の中に無理矢理突っ込んで顎を蹴り上げた。レインの蹴りで皇帝の顎は砕け、口の中でガラスのコップが粉々になる。それがどれほどの痛みだっただろうかは想像もしたくない。
さらにこの帝国が奴隷に使っていたであろう熱された焼印を片方の眼球に押し当てた。倉庫なのに火の付いた暖炉がありそこにその焼印があった。皇帝の眼球を焼くと、人の肉が焼ける臭いがした。
この数十分間、足りない頭で思いつく限りの痛みを与え続けた。倉庫内に置いてあった痛みを与えられそうな物は全て使った。
皇帝の苦しみの叫び声は徐々に小さくなっていき、やがて反応もしなくなったところで首を刎ねた。反応がないのに痛みを与えても意味がない。死体を痛ぶるような趣味はない。
皇帝が隠れていた大きな倉庫には惨殺された人間だったと思われる死体とレインだけが残った。外での戦闘はまだ続いているようだ。爆発音と人の叫び声だけが聞こえている。
「…………なんか呆気ないもんだな。でもこれでエリスたちに手を出そうとした輩のトップを潰した。これで……もうみんなは大丈夫だろうし、これから同じ事をやろうと画策する奴らに対しても良い見せしめになったはず……だよな?とにかく……疲れたな」
レインは振り返り、僅かに残る街中の兵士を制圧しに行こうとした時だった。
――突然周囲が真っ暗になる。これまでも2回経験した。あの黒い箱がある真っ暗な場所へ飛ばされるはずだった。
「…………何でこのタイミングで?……あれ?」
しかし今回は違った。そこには何もない。これまでと同じなら黒い箱があって鍵を持っているはずなのに。
「ここはどこだ?何で何もないんだ?」
レインの質問に答える者はいない。真っ暗なのに自分のいる場所は不思議と理解できる。ただ数メートル先も見えず、何があるのかも分からない。
レインは不安になってきた。とうとう疲労で頭がおかしくなったのかと思った。
そんな時だった。
「やあやあやあ!ようこそ私の空間へ、そしておめでとう……君は私の試練をクリアした」
「うぉいッ!」
誰かがレインの肩に手を置いた。突然現れた気配に驚いたレインは変な声を出しながら振り向きざまに反撃する。警戒していたレインに察知される事なく触れる事が出来る時点で相当な強者だろう。
「おっと!……ふぉー……あははは!危ない危ない!いきなり手刀とは思い切りが良いねぇ」
しかしその者はレインの手刀を簡単に避けた。そして空中で横になって寝るような体勢を取り、フワフワと浮きながらこちらをニヤニヤと見つめている。
「……誰だ?お前は?」
レインの前にいるのは少女だった。アルティをそのまま小さくしたような見た目だ。紅い瞳、阿頼耶よりも短い黒い髪を持つ少女、見た目だけなら前に依頼を受けたリサと同じくらいだろう。
でも放つ雰囲気が人のそれではない。人間ではないと分かる。そもそもこんな空間にいる時点で人じゃない。そしてアルティと同じくらいかそれ以上の強さを持っていそうだ。
「私かい?……私は……えーと、名前がないんだ。大いなる存在、万物の母親、全てを統べる者、創造主……色々な名前で呼ばれてるけど……個体名はないんだよね。まあ……これまで困らなかったんだけど……なるほど、こういう時に困るのか。勉強になりますねー」
少女は両手をヒラヒラとさせながら宙をフワフワと浮きながら移動する。そのままレインの周りをクルクルと周回している。
「もう一度聞くが……お前は誰だ?アルティと何か関係があるのか?」
レインは拳を握って構える。何故か武器が召喚出来ない。傀儡も使える気配がない。精神だけがこの空間に飛ばされたような感じだ。だから使えるのはこの身体一つだけだ。
「…………うーん、名前かぁ。だから無いんだよ。これまで必要だと感じなかったけど……こんな時に必要なんだよね。長い間存在して来たけどこれは初めての経験だなぁ。名前……名前かぁ」
少女は空中で胡座をかいて両手を組み考え込む。うーん、うーんを唸るように何かぶつぶつと呟いている。
レインを前にしても余裕の態度を変えない。やはり相当な強者だと改めて実感する。敵意を感じないから頑張って会話しようしているだけだ。
「…………お前…いい加減に」
「あー!!そうだ!」
少女は何かを思い出したように手を叩いて顔を上げる。ものすごくこちら側の調子を狂わせてくるタイプだ。
こういったタイプはレインにとって苦手なタイプでイライラしてくる。会話が成り立ちそうで成り立たない相手は本当に疲れる。
精神だけ飛ばされている感じなのに疲労感が残っているのは何故なのだろう。その辺しっかりしてほしい――とレインは叶うはずのない希望を心の中で願う。
「君たち……一部の人間や魔王軍には確かこう呼ばれていたね!……『魔神』と」
少女はスッキリした様子で名乗った。言ってやったと自信満々の表情で両手を腰に当てている。それすらもイラッとしたが、それよりもこの少女が言った名前の方が衝撃だった。
「………………は?」
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