第196話魔導力の可能性

「そのキスの後でユリーナさんが、やけにメラクルさんの心を読み取っていたのです。

 だからもしかして何かあるのではないかと思いましてね。


 それに本来、黙示録……ゲームの起動も、聖女の信頼を得て契りを結んだ者が発動出来ると言われています。


 それならば、遺伝子情報の取得に何か大きな意味があると思ったのです」


 そう言って聖女シーアは、いつのまにか手にしているお茶をズズズと一口飲む。


 ここでそれを見かけたのが聖女シーアだからこそ、引っ掛かりを覚えたのだろう。


 それ以外の誰かでは『メラクルだから読まれた』で終わってしまっていただろう。

 それだけやらかしている女でもある。


 ……しかし契りを結ぶ、か。

 初耳だぞ、そんなこと。

 いや、俺も消えた記憶の中で知っていたのか。


 それを聞いてメラクルはギョロッと目を見開き、俺を見て、聖女シーアを見て、俺を見る。


 それはもう……異様なモノを見る、ギョロつきまくった目で。


「契りって……あんたまさか!?」

「なんだよ?」


「浮気しやがったわねェェエエエエ!!!」


 メラクルのヤツ、あろうことかベッドに片足を乗せて俺の服の襟袖を掴み叫んだ。


「するわけねぇだろ!!!

 ……多分」


「多分って何よ!

 多分って!!!

 浮気男はいつもそうなのよ!

 このクズ!

 ボケ!

 エロ唐辛子ぃぃいいいいいい!!!」


 メラクルは襟首は力強く握り、それでいて俺を無理やり揺り動かしたりしないようにと、微妙な気遣いをしながら天に吠える。


 俺の身体を気遣ってんのか、気遣ってないのか、どっちだよ!?


「エロ唐辛子ってなんだ!

 だいたい、記憶が残ってねぇんだからしょうがねぇだろうが!」


「あー、あー、来ましたよ、この男〜。

 それ、浮気男の常套句です〜。

 酒に酔って覚えてません、知りません、妹ですとか適当な言い訳をして煙に撒こうとしてるやつです〜。

 サイテー、ハバネロ、サイテー」


 なんでここまで言われにゃならんのだ!?


 メラクルは完全に暴走状態。

 その空気を楽しんでるかのように聖女シーアがニコニコしながら火に油を注ごうとする。


 いや、『ような』じゃねぇな。

 絶対、楽しんでる。


「私は浮気相手ですかぁ〜。

 仕方ないですねぇ、公爵さんの第3夫人になれるように……」


 その言葉にメラクルは瞬間的に暴走状態から醒めて目をぱちぱちさせて、ずずいと俺に顔を近付けて詰め寄る。

 キスをしようと思えば出来てしまう距離である。


 こいつ、こういうところ本当に無防備だよなぁ。

 そう思いつつも、メラクルが他の男にここまで接近しているのは見たことないが。


「待ちなさいよ、第1夫人は姫様確定だけど、第2夫人誰よ?」


 ギロっとメラクルが俺を睨む。

 俺はいい加減、襟首を掴むメラクルの手を引き剥がすべくその手を取る。


 ちっ、身体が弱ってたせいでまだ手に力が入らない。

 早めに回復したいところだが……、多少無理しても鍛え直すしかない。


 それを読み取ったのか、メラクルは怒っているのに心配しているような困っているような、実に複雑な表情で俺の襟首を持ったままの格好で固まっている。


 ……でも、心配するなら離せよ。


 それに第3夫人以前に第2夫人だって?


「俺が知るか……って、可能性があると言えば」

 俺はジロジロと目の前のポンコツを見る。


「……な、何よ?」


 状況分かってないのか?

 そういえば俺も死にかけてたから余裕がないせいで説明してなかったっけな。

 こいつ、もう詰んでるんだがなぁ……。


 横合いから貴族社会に詳しいヒエルナが首を傾げながら言った。


「何をおっしゃっているんです?

 第2夫人はメラクルお姉様を置いて他に居るわけないじゃないですか〜」


「ヒョッ!?

 わわわ、私が!?

 なんで!?」


 俺を含め全員が生温〜い視線をメラクルに送る。

 素で言っているからタチが悪い。


 俺は1度だけ深呼吸をする。


「俺の1番はユリーナだ。

 それが変わることはない」


 それは酷い宣告かもしれない。


 だがそれだけは記憶を失う前からの唯一譲れないものだ。

 そんな俺の感情を知ってか知らずか、メラクルはノータイムで握り拳をかざし断言する。


「あったり前でしょ!

 そうじゃないとか言ったら、こうしてあーして、けっちょんけちょんにしてやるんだから。

 それが無理ならお茶に唐辛子入れてやる!」


 俺は思わず小さく笑ってしまう。

 そこを言い切るのがメラクルらしい。

 ところで……。


「とうがらし茶ってあるぞ?」

「マジで!?」


「マジだ。

 それで……キスで魔導力が移る条件ってなんだ?」


 ゲームの起動には確かに遺伝子情報の取得が必要だった。だがそれで魔導力が移るとまでは聞いたことがない。


 ゲーム設定の記憶の中でも……待てよ?


 直近の女神に見せられた記憶の中に似たようなことがあったような……。


「シーア。

 ゲーム設定の記憶の中で、廃人になったこいつに弟のクロウがコーデリアのことを話していた時の記憶ってあるか?」


 聖女シーアは静かに頷く。


「あの最期の一連の流れは忘れたくても忘れることは出来ません。

 その前後のことも。

 ……それが何か?」


 その表情は重いものだ。

 聖女シーアもガイアほどではなくとも、それがトラウマなのだろう。


「クロウとコーデリア?

 なんで今、クロウとコーデリア?」

 メラクルが話が分からず、目をぱちぱちとさせながら首を傾げる。


「あの2人は魔導機無しで遠距離の通信を行っていた。

 ましてやメラクルの弟のクロウは魔導力がなかったはず……だとすれば」


 魔導力のある人から魔導力のない人への通信。

 俺のその言葉にDr.クレメンスが興奮しながら、目を丸くさせながら両手を広げた。


「魔導力の無い人も魔導力を持つことが出来るかもしれません!!!!」

「そういうことだ」


 それが世界を救う鍵になるかもしれない。

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