第225話布団つむりコーデリア
「公爵様が私のような末席の者にまでどのような……。
ああ、自らの手で始末を、ということですか?
私のような者の存在を気にかけて頂けるとは実にお優しい」
クスクスとコーデリアは笑う。
そこに少しばかりの狂気が隠れている。
格好はともかく、自責の念だけは本物のようだ。
「ちょ、ちょっとコーデリア?
あんた、ほんとに大丈夫?」
メラクルは叫ぶのをやめ、心配そうにコーデリアの心の殻である布団をぽんぽんと叩く。
だが、そのコーデリアの心の中にまでは届かないようだ。
コーデリアはメラクルを見ることなく、なおも俺に話しかける。
「抵抗は致しません。
いっそそれこそが救いです。
どうぞ私めを始末して頂ければ。
パールハーバー伯爵の奸計にいとも簡単に騙されたこの愚かな命、惜しいはずもありません。
どうぞ、お切り下さい。
パールハーバー伯爵も斬られ、その腹心シーリスも捕まったと聞いております。
何か証言が必要でしたらいくらでもお答え致します。
どうせもう、私に出来るのはそれぐらいですから」
これほど真面目な顔とマッチしない格好もそうそう無い。
コーデリアが俺に対して並々ならぬ敵対心を抱いたのは、何もパールハーバーの奸計のせいだけではない。
コーデリアの両親は街の外れの山を根城にしていた山賊に殺された。
その山賊は俺からの圧政に耐えかねて逃げ出した公爵領の人間だった。
間接的に俺が両親を殺したのだとずっと恨みを心に秘めていたのだ。
そんな者がたくさんいる。
仕方がなかったと割り切れれば楽だっただろうか。
当時、俺の両親である先代ハバネロ公爵が亡くなった理由。
それはハバネロ公爵領各地で火を噴いた大規模反乱のせいだった。
先代ハバネロ公爵が大きな失策や悪逆非道を行ったのではない。
むしろ民に優しい政策を取っていただろう。
そこをつけ込まれた。
反乱の首謀者とは別にその反乱の火を
大公国の公妃による悪魔神封印の時、父である先代ハバネロ公爵はその脅威に立ち向かうために、全面的に大公サワロワに力を貸していた。
そのことが元で邪教集団に恨みを買っていたのだ。
それら悪魔神封印から始まる世界の裏側での長い戦いにおいて。
我がハバネロ公爵家は先代ハバネロ公爵夫婦や、昔からハバネロ公爵家を支えてくれた多くの有能な部下を失った。
残されたのは次代を託された経験不足の若手ばかり。
アルクたちなど今の部下たちが若手ばかりなのはそう言う理由が大きい。
若年ながらハバネロ公爵を引き継いだ俺は信じられる相手もなく、残った反乱の火種を完全に潰すために強権を振るった。
悪逆非道と呼ばれようとも。
残されたハバネロ公爵家を守るために、恐怖で民を従えるしかなかった。
その際たるものが、レイアやラビットたちの故郷のウバールの街だった。
反乱軍の大きな勢力が残るその街を完膚なきまでに潰すことで、先代から続く反乱の芽を完全に取り払ったのだ。
取り返しのつかない大きな罪を生み出して。
今更言い訳などできようはずもない。
俺のまぶたの裏に記憶にないはずの
こだまする叫びも。
ふと、ユリーナが俺の手を取り祈るように両手で包んだ。
俺はフッと笑い、大丈夫とユリーナの頬を撫でる。
そうだ、人にはそれぞれの想いと事情がある。
だから物事を軽々しく考えてはいけないのだ。
それがどんなに……。
「ねえ、コーデリア。
あんた、いい加減布団から出たら?」
そう、コーデリアが片手と顔だけ出して布団の中に包まり、どう見てもただのグータラコーデリアにしか見えなくても!!!
軽々しい話ではないはずだ!!
真面目な話なんだ!
俺の戸惑いを気にすることなく、布団つむりコーデリアは寂しそうに小さく笑い、自分の話を続ける。
「もしくは、時を戻せるならば。
あるいは私が死んでやり直せるならば」
なんたる
いや、自分のことで精一杯だからだろうけどさぁ……。
時を戻せたら。
誰もがそう思う。
俺も何度もそう思った。
ゲームを起動して記憶を失った直後は情けなくも狂喜した。
やり直せる、と。
……だが。
俺は視線をコーデリアに戻し、真っ直ぐに答える。
「そのどちらもあり得ないな。
過去に戻ることもないし、死んでやり直しなどもない。
やり直しが出来るのは生きている者だけの特権だ。
……己の罪を背負って、な。
そもそも死した後で自らの罪の精算を含めたやり直しなど、地獄と何が違うのだ?」
俺の言葉にメラクルも同意を示す。
「そう言われれば、地獄のコンセプトも同じよねぇ〜。
罪を償うために責め苦に遭うんだから……あっ、姫様も食べる?」
「あっ! 隊長、私も肉まん食べたい!」
モグモグとサリーとメラクルは肉まんを食べる。
「やっぱりこの肉まんおススメね、美味しいわ」
「隊長。食べておいてなんですけど、これって見舞いの品じゃなかったでしたっけ?」
俺はメラクルたちのその様子をため息混じりに見てから、コーデリアに問う。
「後悔している、ということで良いのかな?」
「後悔……、ですか?
そのようなことで死者となった先輩が帰って来るならば幾らでも。
ですが、そのようなことは現実では起こり得ない。
ならば……。
もはや私めの
俺はコーデリアの目を見返し、はっきりと言葉を返す。
その瞳の向こうには俺が映っている。
「敢えて言うならば、正しく生きることだ。
正しく生き……、そして失敗しようが成功しようが、走り抜けたその『最期』に笑顔であることを。
そしていつかの誰かがその想い出を語れるように。
そのために反省し、どれほど人生が辛くとも立ち上がるしかない。
それが生きている者の役目」
布団から頭だけ出した状態でフッとコーデリアは寂しげに笑う。
「あなた様に……、あの公爵様にそのようなことを言われる日が来るとは……、夢にも思いませんでした」
コーデリアの言葉の最後は
己の罪に向き合うことは辛いのは分かる。
それでも人は前を向かなければならない。
……分かるから、いい加減布団から出たらどうだろう?
俺は流石にどうしたものかと天井を見上げ思案する。
おかしいな、俺たち何しに来たんだっけ?
コーデリアは布団の中でゴソゴソと手を動かす。
祈るようにそっと自らの胸に手を添えているようだ。
「先輩を殺した私にそんな価値なんて……」
まだ言うか。
メラクルと話をさせるのが早い気がするが、徹底的にメラクルの存在を無視している。
失ったものが簡単に取り戻せるなど、都合の良いことは起こらない。
現実は辛く苦しいものだから。
そう分かっているからこそ……。
ここで俺は閃く。
「それなら聞いてみると良い。
……この剣は黙示録と呼ばれるものを起動させる祈りの剣だ。
この剣は数々の奇跡を起こす。
未来を見通すことも、過去の記憶を辿ることも」
俺はそう言ってプライアの剣を掲げる。
何をするのだと皆が不思議そうに見る。
そう、俺は閃いた。
コーデリアを詐欺(?)にかけてまおう、と。
「この剣を使ってメラクルをここに召喚させよう」
俺はそう言って、肉まんを口にくわえたメラクルの首根っこを捕まえて、コーデリアの目の前に立たせた。
そこで初めて驚愕の表情を浮かべ、コーデリアはメラクルを見た。
「ま、まさか……ほんとに……?
先輩が召喚されるなんて!?」
「うそん」
メラクルも驚愕に目を見開き呟く。
まさか、こんなに簡単に騙されるなんて、と。
うん、俺もそう思う。
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