第226話クロウ

 嘘のような本当の話で、人はその心のトラウマとも呼べるなにかを解消したとき、その症状を劇的に改善させる。


 コーデリアもまさしくそうだった。


「ねえ、ちょっとコーデリア。

 詐欺には気を付けなさいよ?

 霊感商法とかに」


「せ、せんぱぁ〜い!」

 コーデリアは布団をパージ……布団から出てメラクルにしがみ付く。


「あー、うんうん……、はいはい。

 さっきから居たけどね……」


 素直に抱き付かれたメラクルも呆れながらだが、仕方ないなと優しくコーデリアの頭を撫でる。


 そうだね、でもコーデリアには見えなかったんだよ。


「出てきて最初に言うのが詐欺に気をつけろって、すっごく先輩ぽいです」

「あんたの私への認識どうなってんの!?」


 とても正しく認識しているようだが?

 2人は本当に仲が良かったんだな。


「死者を呼び戻せる秘術ですか、恐ろしいですね……。

 そうまでして私になんの用があるのでしょう」


 涙と鼻水を流した顔でキリリとした声でコーデリアは俺に問い掛ける。

 当然、メラクルにしがみついているので、それらはメラクルのメイド服に。


「ああ〜……、コーデリアァァ……。

 鼻水つけないでェェ……」


 メラクルが悲痛な叫びを訴える。


 メイド服は作業着だと言いながら、お気に入りのためか汚れて良いとまでは思っていないようだ。


「先輩!?

 何か苦しいんですか!?

 おのれハバネロ公爵!!

 先輩を人質にして!

 これが狙いだったのですね!」


「ああ、うん。

 お前が鼻水をメラクルに付けているのが原因だがな?」


 犯人はお前だよ?


「黙れ!

 そのような奸計に……あ、鼻水が」


 話の途中で鼻水が垂れてきたので、コーデリアはそれをメラクルのメイド服になすりつける。


 お前確信犯だよな!?


「ぎぃやぁぁぁああああ!!」

 メラクルが天井に手を伸ばし断末魔の声をあげる。


「せんぱぁぁああああああい!!!

 おのれェェエエエエ、公爵!!!」


「うん、その責任をなすりつけるにやめて?

 お前、それがメラクル本人だって絶対気付いてるよね?」


 俺がそう疑っているとユリーナがコーデリアの代わりに答えてくれる。


「……恐ろしいことに本気で気付いていないと思います。

 以前もサリーたちがメラクルを目の前にしても、なかなか本人だと認めなかったぐらいなので」


 そっとサリーが俺たちから目を逸らす。

「嘘だろ……」


 衝撃の真実だった。

 俺はポンコツ隊のポンコツたる所以を何も分かっちゃいなかった。


 ヤツらはそう、もっと恐ろしいナニカだったのだ。


「……以前、隊長が生きて目の前に現れた時、私たちなかなか信じなかったですよね」

「そうね、参ったわ。それが原因であんな大惨事が起きたのよ……」


 メラクルは遠い目をする。

 何が起こったのかは俺には分からない。

 一体何があったというのだ。


「大惨事は大惨事かもしれないけれど、メラクルがレッドのことを好きだと暴露しただけよね?

 今更よね?」


「ひ、姫様!?

 なんばいいよっとね!

 暴露したんじゃない!

 暴露されたのよ!」


 ああ、うん。

 俺はどう言ったら良いんだろう?


 サリーは暴露については特に何も言わずに、その時のことを思い出すように言葉を続ける。


「あれは私たちが隊長の死を受け入れられなかったからなんです。

 その死から目を逸らすことで精一杯だったから、生きている可能性も目を逸らしていたんです。

 今のコーデリアもそうです」


「目の前に居るのに?」

 そうだとするなら、やはりコーデリアの今の状態は深刻だ。

 現実を正しく見ようとしていない。


 ……いいや、そうでもないか。


 それは誰しもがあることだ。

 それもまた生きるための人の防衛反応でもある。


 そこからサリーは泣きそうな顔をする。

「……でも生きててくれて良かったです」


 鼻水をつけられ悶えるメラクルをよそに、どこかしんみりしながら。


 しばらくはメラクルにしがみ付くようにコーデリアが涙を流すのを見守る。


 そうこうしていると扉が軽くノックされ、扉の向こうから。

「コーデリア?

 大丈夫か?」


 そう声を掛けると同時に、パンを山盛りにしたカゴを手に持ったメラクルの弟クロウが部屋に入ってきた。


「あなた方は……。

 それに姉さん。

 一度ぐらい母さんたちに顔を見せてあげないと心配してたよ?


 急に王国の公爵……それもあのハバネロ公爵から王国の侯爵家へ養女になるとか、もう何がなんだか」


 クロウはメラクルがここにいても驚くではなく、むしろ呆れてたといった表情だ。


 生きていること自体はきっとポンコツ隊の面々にでも聞いていたのだろう。


 信じるか信じないかは別として。


 メラクル殺人(未遂)事件の犯人がコーデリアということを知らないのだろう。


「あ、クロウ久しぶり〜。

 こうして見ると、精悍な顔立ちになりなんとも立派な青年になったものだ。

 お姉ちゃんは嬉しいよ!!

 幼い頃から姉ちゃん姉ちゃんの後から……」


「うん、姉さんがどんな失敗をするか分からないから、母さんから監視を言い渡されていたからね」


 メラクルは昔からメラクルだということだ。

 そんな呆れ顔のクロウに対し、メラクルはぷりぷりと怒る。


「久しぶりに会ったお姉様になんて口の聞き方よ。

 いつもみたいにお姉ちゃーん、と飛びついて来てくれて良いわよ?

 叩くから」


「一度もそんな風に飛びついたことないよ」


 クロウは更に呆れ顔。

 それからコーデリアの背をさすり。


「コーデリアに変なことしてないよね?」

 クロウはそう言いながら、コーデリアを布団の上から手でポンポンとあやす。


「なぁんか、コーデリアと前より距離が近いわねぇ?

 あんたたちまさか、このお姉様を差し置いて……」


 クロウはぷいっとメラクルから目を逸らす。

 照れて目を逸らしたのかと思えば。


「……別に、そういうんじゃないよ。

 コーデリアが自分にはそんな価値がないからって」


 つまりコーデリアからすれば、メラクルを殺した自分がその弟のクロウと付き合うわけにはいかない、と。


 クロウはクロウで事情が分からないまま、コーデリアと関係を断ち切ったりすることもなく。


 ああ、うん、クロウ君も辛いなぁ。

 俺はその気持ちが痛いほどよく分かるので彼の肩をポンポンと叩き、深く頷いておいた。


 あ、ちょっと涙が出た。

「レッ……、リューク」


 ユリーナが少し呆れたように肩を落とす。

 部外者のクロウがいるのでユリーナが俺を偽名で呼ぶ。


 レッドがハバネロ公爵の名前だとはクロウは知らなさそうだが、気を付けていた方が良いだろう。

 コーデリアからすぐバラされそうだが。


「クロウ! クロウ! 先輩がぁ!

 先輩がぁぁ〜!!」


 コーデリアが飼い主になつく動物のように、伸ばされたクロウの手を握る。

 メラクルにもしがみついたまま。


「やっぱりあんたたち、そういう関係に!?」


「フッ……、甘いですね。

 隊長とあろう者がお忘れでしたか?

 コーデリアは『持つ者』なのです。

 我々、『持たざる者』とは違うのですよ……」


 神妙な顔でサリーは告げる。


「そう! 幼馴染を持つ者と持たざる者に世界は2分されるのです!!!」


 ここでその話を戻してくるんだな?


 メラクルもコーデリアと幼馴染じゃなかったのか?

 女同士だと適用されないのか。

 そんでもって幼馴染って、やっぱりそれほど絶対的存在なのか。


 俺は勢いのままに交わされるポンコツの宴にツッコミを入れるのをしばし忘れた。


「おのれェェエエエエ!!!

 このお姉様を差し置いてェェエエエ!!

 アア、憎しみで恋人たちを破局に追い込めたならァァアアアアアアアア!!!」


 やめろ、ポンコツ。

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