第3章 堕ちた公爵
第92話リターン8-全てを救うことは叶わない
「最前線、帝国主力と衝突しました!」
最前線には軍閥派の血気盛んな阿呆どもが展開してあるはずだ。
グロン平原の中央部がほぼそのまま決戦地となりそうだ。
無論、帝国としてはこの一戦で片がつくなどとは思っていない筈だ。
陽動も兼ねて王都側にもいくらか兵を回している筈だ。
1000以上……恐らく2000程度。
こちらの王都の守りはせいぜい1000。
城壁があるとは言え、まともな指揮官の居ない王都は苦戦は免れまい。
帝国は王都側に向かった陽動含め現在確認出来ているのは7000ほど。
ひと当てしつつ要塞を築き、陽動部隊も使いあの手この手とこちらを崩すことを考えることだろう。
結果、グロン平原で対峙するのは王国4500、帝国が5000。
戦力はほぼ互角だが帝国は新装備を揃え、その力がどれ程になるかは不透明であり、戦力的にややこちらが不利と言ったところだ。
だが、ハバネロ公爵には実情が手に取るように分かった。
恐らく王国軍は
肝心の王国の当人たちはそんなことも想像すらしていまい。
「まったく頭の中をくり抜いて綿でも突っ込んでいた方がマシというものだ。
……いや、すでに頭の中には花畑でいっぱいになっているか」
ハバネロ公爵は心の中だけで深いため息をしつつも、表面上は表情を変えない。
王国公爵としての責務を果たす。
つまり、如何なる犠牲を払おうとも国を守る。
貴族派であるハバネロ公爵は予備役扱いとして、本陣からも前線からも外れて後方待機となっていた。
それを独断で戦場まで出て来たのだから戦果を上げねば、自らが処断の対象となる。
もっとも、ハバネロ公爵が戦果を上げられない場合、王国は滅びてしまっていることだろう。
「各員配置に付け! これより移動を開始する!
例の場所に決死隊を送り込め!
ここが王国の運命の分かれ道となる。
これを見よ!」
居並ぶ兵に向け、命令書を見せる。
細かい文言などは見えないだろうが、それは問題ではない。
そこには『王太子に何かあった場合』という文言が記されているのだが、それについては一切を触れない。
「これは王国王太子より正式に頂いた命令書だ!
来るべき火急の時、全軍の指揮権をこのハバネロ公爵に委任する命令書である!
よってこのハバネロ公爵こそが王国を救う全権を担う。
諸君、貴様らの後ろには誰が居る?
護るべき家族が居るだろう?
その家族を護るためには、ここで帝国の無法者を破らねば待っているのは、貴様らの愛する者たちの蹂躙のみ!
我が命に従えば、それを防げるどころか、名誉は思うがままだ!
諸君! 奮起せよ!」
兵たちは気合いの声を上げる。
ある者は護るべき者のため。
ある者は名誉のため。
ある者は戦争の恐怖を誤魔化すために。
さりとて心は一つとなる。
ただ野蛮な帝国を討つ。
我らは正義に守護者であり、聖騎士であると。
そのためならば死をも厭わぬ。
「全軍! 出陣!!」
この時、ハバネロ公爵が行ったこと。
それは……。
軍閥派の左軍後方に兵500を送り込む。
精鋭であり、死を厭わぬ決死隊。
抵抗を感じた帝国軍は右軍を集中的に狙い、王国右軍は簡単に崩壊した。
それで大勢は決した。
まさか帝国も王国軍がこうも容易く崩壊するとは思わなかった筈だ。
そこから帝国は兵を2000を掃討に回し、残り3000にて後方に待機していた王太子率いる本陣1500へと接近。
士気も装備も兵も指揮官の質も何もかもが帝国が上回りそれだけではなく3000対1500。
しかも帝国最強の剣士ロルフレッドが率いていた。
王国軍が弱過ぎるということが想定外だったが、ここまで来たら負けるはずがない。
帝国はそう思った。
だが想定外は逆方向にも発生した。
……帝国兵3000は王太子を追い詰めた。
早々に王国兵1000はその中央を裂かれ、左右に追いやられた。
王太子は近衛部隊500で3000を止めた。
だが数の差もすでに6倍。
粘れどもその未来は決まっていた。
そして、帝国軍がある1人の首を掲げ勝ち鬨をあげた。
その瞬間だった。
帝国軍の後背から、突然現れた王国軍1000が猛烈な勢いで突撃を掛けた。
罠に掛かった!
全ては策のうちだ!
突撃を仕掛けた王国軍がそう叫びながら。
その叫びに呼応したように、蹴散らしたはずの両サイドに分かれた王国兵が、挟み込むように襲いかかって来た。
それぞれのサイドの中央で誰かが、指揮を取っている。
旗が上がる。
王国王太子の掲げていた王国の旗から……王国公爵ハバネロの軍旗に。
「罠に掛かったぞー! 踏み潰せー!!」
勝利したはずだった。
帝国軍はそう確信した、それこそが罠だったかのように。
掲げたはずの王太子の首さえ偽物だったのではないか?
訳も分からぬまま、勇壮な帝国軍は壊乱した。
帝国最強の剣士ロルフレッドが叫ぶ。
持ち堪えろ、と。
それを目印にしたように幾人もの王国兵が飛び込む。
ロルフレッドは一振りで3人を吹き飛ばす。
それでも怯まず王国兵は飛び掛かる。
1人が斬られながらも、ロルフレッドを羽交い締めにする。
口から血を吐き出しながらもロルフレッドを羽交い締めにした王国兵が、ニヤリと笑った気がした。
……そこに。
赤い髪の男が舞い降りる様に姿を見せ、そのまま羽交い締めにした王国兵ごと手にした剣でロルフレッドを貫いた。
帝国最強の剣士が討ち取られ、帝国軍は敗北を悟った。
後方に残し残党を掃討していたはずの帝国軍2000は援軍には来なかった。
正確には来れなかったのだ。
決死隊として公爵の兵500が、王国中央軍の崩壊と共に自らごと罠を仕掛けたのだ。
決死隊は帝国軍2000が王国中央軍を掃討するために、王国兵たちの中に入り込んだところで王国兵を全て巻き込んで火を掛けたのだ。
その指揮を取っていた王国兵は……公爵領の騎士だったとか。
火だるまになりながら死兵と化した王国兵500は帝国兵に飛び付いた。
それはさながら、ホラーのゾンビパニックのようだった。
もう生き残った帝国兵も、他の帝国兵を助けるどころではなかった。
散り散りになり、多くの帝国兵はそのまま王国軍に捕らえられた。
指揮官は優先的に討ち取られ、総指揮を執っていた帝国皇帝は少数の側近と共に逃げ出した。
即座に生き残った王国兵を纏めて、捕虜と王国兵1000ほどをその場に残し、ハバネロ公爵はその後を追った。
その数、2500。
ハバネロ公爵の悪名が轟いていたことが王国軍には功を奏した。
悪名も過ぎれば勇名である。
このグロン平原での決戦前、ハバネロ公爵は王国主力軍の中に自らの兵を忍ばせていた。
そして、こんな噂を兵たちの間に流した。
ハバネロ公爵には何らかの策がある。
あれほどの悪虐非道の公爵ならば、帝国へも悪虐ながら有効な手立てを打つかもしれない、と。
後は時が来たら忍ばせた兵に叫ばせるのだ。
策は成った、ただ目の前の敵を
帝国兵は王太子の部隊の方を向いているため、王国兵は面白い様に帝国兵を狩った。
愚直に突撃をすれば良いという分かりやすい指示が、戦場で思考停止に陥った王国兵たちにがっちりはまった。
こうしてグロン平原の決戦は終わった。
両軍にとって、全く予想の付かない形で。
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