第189話リターンEND-始まりの日

 彼女1人の犠牲で世界が救われると言うのならば……。

 そんな世界なんざ滅びてしまえ。


 ま、それが俺の本音だ。




 あの日、王都でメラクルに俺の現実を告げた後、執務室にセバスチャンを呼び出した。


 何度も考えた結果、ある一つの事実が浮かび上がってきたからだ。

 だから俺は開口一番にセバスチャンに問うた。


「セバスチャン。

 俺は何を忘れている?」

「覚えていないならば、知らなくて良いことです」


 そこでの問いにセバスチャンは、ハッキリと堂々と真っ直ぐ立ち答える。


 やはり、セバスチャンだけは俺の記憶の謎を知っている……。

 あの時、腰痛でリタイヤしたなどと嘘だったのだ。


 そして、それを偽造したのは……俺自身。

 つまり記憶を失う前のハバネロ公爵が。


「答えろ!

 俺は何を知った!

 悪魔神を俺はどこで知ったんだ!

 俺はそこで何を知った!」


 その消えた記憶の中に、ハバネロ公爵の絶望が眠っている。


 ユリーナに嫌われようと、一万もの命を奪おうと、悪として断罪されようと。

 それでも守ろうとした何かが、その記憶の中にあるはずだ。


 ハバネロ公爵が……俺が何故、必要ともしないはずの『滅神剣』サンザリオンXを作ろうとした理由もそこにあるはずなのだ。


 不完全な魔剣を起動させてでも為そうとした何かが!!


「ユリーナ様は……大公国の血は、悪魔神を封印する唯一の手立てなのです。


 このままではユリーナ様が封印の生贄にされ、かつその僅か数年の後、その命を賭けた封印すら悪魔神に破られ、世界が滅びる。


 その事をレッド様は、あの焼き払ったオレリオ地方のウバールの街で、黙示録の付属である『アニメ』を見て知ってしまったのです。


 それを防ぎ、世界を未来に繋ぐ手掛かりを黙示録である『ゲーム』に求めたのです。

 自らの過去と引き換えに」


 よろけ後ずさる。

 だから……か?


 だからか!

 ハバネロ公爵!!


 お前はただ1人、ユリーナを護りたかった。


『戻れはせんのだよ!

 何も知らなかったあの頃にはな!』


 そういうことか?

 知ってしまったから。

 ただ1人の人を救うために。

 悪にすら、覇王にすら為ろうと?


『あんたはほんと、姫様のことばっかね。

 少しは自分のこと考えなさいよ?』


 そう言ったメラクルの言葉が不意に思い出される。


 ほんと、だな……。

 俺、ユリーナのことばっかりだな。


 記憶を、無くす前から。


 一滴の雫が心の水に落ちた気がした。


 ゲーム設定のハバネロ公爵は、ユリーナだけを護りたかった。

 ユリーナを護る為に公爵としての力を維持しようとしたのだ。

 その為に大戦時には王太子殿下も見捨て、一万の帝国兵も殺した。


 そして最期にはサンザリオンXを暴走させて神殺しの剣を作ろうとした。

 ユリーナの未来のために。


 それは今に至る俺となんら変わらない。

 ほんとに最初っから、そして最期の最期まで『俺』という奴は。






 メラクルが俺が羨む憧れの必殺技を発現するのを眺めながら、俺は幾つもの消えたはずの記憶が逆流し続けているのを感じる。


 消えたものは戻らない。


 ユリーナたちがやって来てサワロワに跳ね飛ばされて、そこから頭の中に降って湧くように出てくるのは、俺の頭の中が限界を超えてしまったのだと感じた。


 予兆はあった。

 夢にハバネロ公爵、もう1人の俺が出始めた頃から。


 幸せな夢を見ていたはずが目覚めてみると冷たい汗をかいていたこと、最近では起き続けていることが難しくなっていたこと。


 そしてゲーム設定のはずの記憶がまるで自分の記憶のように、区別がつき辛くなっていたこと。


 ゲーム設定なる未来予知にも似た超常の力は、人の能力の限界を超えている。


 本来ならば才能を持つ聖女ですら、その予知範囲はかなり限定的で、ゲーム設定のように幾つもの可能性を示したりしないものなのだから。


 知り得るはずのない、いくつもの情景が俺の頭の中に巡っていく。

 ゲーム設定という記憶さえも超えた量の不自然な記憶。

 知り得るはずのないの記憶。

 それが俺の頭の中に回帰する。

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