第190話始まりのリターン
それはゲーム設定の中でハバネロが滅神剣サンザリオンXを突き立てた装置の前。
悪魔神を封じるための唯一の装置。
だが真実はそんな単純な生贄を捧げるためだけの装置ではない。
その装置は過去の文明からの遺物。
「お一人で何もかもなさろうというのですか?」
青みがかった緑髪の少女がプライアの剣を抱え俺に問いただす。
祈りのプライアの剣。
その剣は関わった人々の様々な祈りを記憶するという。
その溜められた人々の祈りにより奇跡を起こすとも呼ばれる聖剣。
またの名を……黙示録。
その剣を鍵として、装置を起動すれば未来すらも見通すことが出来るという。
俺は皮肉げに笑いながら答える。
「信頼出来る仲間など居ないからな。
誰が敵で誰が味方か、真実は分かりはしない」
消えたはずの記憶。
記憶の逆流が起きている。
思い出しているとは違う。
それはもう残っていないはずなのだ。
それを上書きして、ゲーム設定という可能性に賭けたのだ。
ユリーナを救えるただ一つの未来を見つけ出すために。
「とんでもないことを考えるものですね……。
未来予測をするためにアルカディアの宝石を飲み込み媒体にしようなどと」
俺は緑色の宝石を手で弄びながら、目を細める。
「……やるしかあるまい。
今のままでは『アニメ』に記された未来……ユリーナは生贄に捧げられ、僅か数年の後に邪神の蓋を再度破った悪魔神に、世界が滅ぼされる未来にしかならないのだからな。
いいや、そんなことよりも……。
ユリーナを犠牲にしてまで助かろうとするヤツらの性根が気に食わん」
「そこは素直にユリーナさんを救いたいだけ、でよろしいのでは?」
そのためにわざわざ公爵様ご本人が、1人で教導国に忍び込んで私を攫った訳ですし、とシーアは真剣な眼差しでそう言った。
そして僅かに目を伏せる。
「……羨ましいですわ。
そこまで思われるというのは」
「救われなければ何の意味もないことだ」
やがて全てが世界を飲み込む。
だがそれ以前に、信じられる味方も居ない俺は見えない『敵』に追い詰められ、もうどうにか出来る状況ではない。
どうせ詰んでる。
近いうちに公爵領全土からの反乱か、もしくは護りたいはずの婚約者の国か、それとも別の貴族の誰かか。
溜まりに溜まった悪意が溢れ出し、俺を飲み込むことになるだろう。
生命を惜しんだところで……。
それを軽い嘲笑で塗り潰し、俺は確認するように装置に触れながら呟く。
「人類の未来を数式による手法で未来予測行動学と呼ばれる考え方。
そして、プライアの剣を鍵とすることで、自らを主人公としてあらゆる可能性を導き出すこの装置を『ゲーム』と呼ぶ。
しかし、それは」
「ええ、勘違いなさらないように。
全ては可能性の物語。
いくつもの可能性を指し示すだけのことで、やり直しや完全なる未来予知を実現するものではありません。
言うなればマルチタスクで未来を予測しているに過ぎません。
しかもそれは本来、聖女と呼ばれる女神の因子を持つ存在以外には『ゲーム』は起動出来ません。
それを……」
そこでシーアは言い淀む。
それこそが俺に訪れる未来なのだ。
「分かっている。
限界を越えた力がもたらす末路も」
生きてユリーナと共にある未来など最初から無いのだ。
例え、どれほど上手くいこうとも。
「何より本来、その未来予測はかなり限定的なものです。
知りたい人の『遺伝子情報』と呼ばれる情報を手に入れ、その一つのパターンの未来を指し示すだけ。
それもただ一度だけ。
それをもっと多くの可能性に手を広げるということは……いえ、お分かりでしたね」
シーアは静かにかぶりを振る。
俺は僅かに笑みを浮かべるに留めた。
そもそも俺はユリーナの『遺伝子情報』を手にいられるかが分からない訳だが。
これからシーアには装置とプライアを通して、俺との記憶の媒体になってもらうために眠ってもらう。
俺が起こさなければシーアは眠ったままとなる。
……もしくは俺が死んで記憶を
そして俺はアルカディアの宝石を飲み込む。
それと同時に魔導力を使い、暗示の要領でゲーム設定の発動を遅らせる。
いずれにせよ、もう止めようがないところまで来ていた。
そして始まりの日。
ユリーナを呼び出し俺の部屋に通す。
さて、どのように遺伝子……つまり血や髪の毛などを手に入れるか、だが。
俺は答えの出ぬままユリーナに相対した。
今まで碌に会いもしなかった俺に呼び出され、戸惑いを隠せないユリーナ。
それはそうだろうな。
「今更何のつもりです?
形だけの婚約なので、婚約解消なら喜んで。
次の相手を早急に探さないといけないので」
嫌われていて当然であり、『次の相手』に嫉妬出来るような関係も構築出来てはいなかった。
それでも、婚約者の冷めた目とその物言いに勝手だとは分かりつつも、カチンと来たのは事実だ。
気付けば、そう気付けば、だ。
抱き締めて問答無用に唇を奪っていた。
「……んっく」
ユリーナが悶える声に脳髄の何処かをやられた気がした。
優しく包み込むように、だけれど逃がさないという意思を込めてユリーナを抱き締める。
そのまま躊躇わず舌を絡めた。
もきゅもきゅと。
こんなふうに遺伝子情報を得るつもりはなかったのだが……。
頭の中に仕掛けていたリミッターを外す。
俺の過去と現在が途切れる。
急速に遠のく意識。
こんな急に発動するなんて聞いてねぇぞ、シーア。
それもそうだろう。
そもそも聖女と言えどシーアも黙示録『ゲーム』を起動したことがないのだから。
しかも本来得られる情報を遥かに超えた未来を見るために、俺という媒体に無理矢理記憶を繋げているのだから。
とても当たり前でわざわざ口にするようなことでもないが、人の世の常識を超えた能力がなんの代償もないことなどあり得ないのだ。
今回の代償は……俺の記憶の全て。
それと同時に俺の生命も。
……ああ、そうかとようやく気付く。
俺は終わらせたかったんだ。
あの街で聞いた怨嗟の声も、聞こえて来る悪逆非道の噂とそれをしている自分自身も。
ただ1人、大切にしたかった婚約者に大切だと告げることさえ出来なかった自分を。
涙は出ない。
俺自身を許す気はないから。
そうしてゲーム設定の記憶が俺の記憶を『塗り潰し』広がっていく。
そのゲーム設定通りなら、俺を主人公とした未来の物語が形成される。
だが俺は何かの主人公になることはない。
強いていうなら、物語を彩る脇役、いいや、1人の悪役が良いところだ。
ああ、ほんとダサいな俺は。
結果的に言えば、その頑なさが主人公リュートとハバネロ公爵の分離という矛盾を生んだ。
ゲーム設定の筋からいけば、俺はリュートでありハバネロ公爵であったはずなのだ。
1人よがりでわがままな想いだけでこんなことをするのだから酷いものだ。
……それでも知ったことか。
俺はただユリーナを救えればそれで良い。
そのためなら、未来も世界すらも捧げようじゃないか。
さながら、これこそが生まれ変わりと呼ぶのかもしれない。
今、始まりに
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