第191話終わらない日々は無くて
パールハーバーの部下で生きている者は皆縛られ、シルヴァの部下の傭兵たちを見張りに置いて、私たちの周りに皆が集まってくる。
私はすでに壁際に移動し、彼を壁にもたれ掛けさせてからそっと寄り添った。
彼はその私に右腕を回した。
彼はギュッと抱き締めているつもりかもしれないが、あまり力は入らないようだ。
その様子に皆が不思議そうな顔をする。
皆からしても、それは突然の出来事だったのだ。
それまで彼はずっと今の状態を隠していたということでもある。
「ちょっとあんたいつまで姫様に引っ付いてんのよ?
イチャイチャするにしても場所を考えなさいよ、場所を」
ふんすと鼻息荒くメラクルは剣を納める。
だけどすぐに私の顔を見て、皆と同じように不思議そうな顔に変わる。
「どったの?」
私は自分が震えているのが分かる。
誰かなんとかしてくれるなら、なんとかして欲しい。
それでも近付く冷たい現実に向き合わなければいけない。
彼はメラクルを見て……優しく笑う。
そして口元が小さく動く。
『ごめんな』
「いや、何がよ? ねえ? ちょっとやめてよ〜」
メラクルは分からないフリでそう繰り返す。
でもついには……。
彼の手を取り、その冷たさにはっきりと動揺を示す。
「ヤダよ……なんで冷たいのよ。
なんで、よ……。
時間まだあるんじゃないの?
処刑されなければそれで大丈夫なんじゃないの?
なんでそんなことになってるの?
ねえ、ハバネロ答えてよ、ねえ?」
レッドは静かに目を細め、また微笑む。
少し息苦しそうにしながらも言葉を紡ぐ。
「……ごめんな。もうちょっと保つと思ってたんだが」
「ヤダ」
メラクルはレッドの手に顔を押し付けて首を横に振る。
「言ったろ? 俺はとっくに詰んでたって。
ゲーム設定の記憶をぶち込んだその時から、俺は最初から詰んでたんだよ……」
皆も駆け寄りながら私たちの周りに集まってくる。
「アルク。
段取りの通り頼む。
予定通り王太子殿下を頼れ、悪いようにはならない筈だ。
皮肉な話かもしれんが、これできっと道は開ける」
アルクは一度天井を見上げ、大きく深呼吸をしてから頷いた。
何かを耐えるように歯を食いしばって。
それはつまり、レッドはこうなることを見越してアルクと話をしていたということでもある。
「サビナ。
今まで大義であった。
……俺が言っていい言葉ではないが、ちゃんと自分の幸せを考えろよ。
忠義という言葉で俺に『最期』まで付き従う必要はない」
「……私は為すべきことを為すだけでございます」
サビナは凛とした佇まいで迷いなく言い返す。
彼女は彼女なりの信念があるのだ。
その目は恋などとは違う確かな自らの意志があり、女の私から見ても美しいと思えた。
「ったく、つくづく頑固だな」
そう言った彼もまたどこか嬉しそうに笑う。
今度は好青年風の近衛エルウィンに声を掛ける。
「エルウィン。
カスティアを護れよ?
邪教集団はまだ諦めてはいないからな」
「分かっております。
閣下がユリーナ姫を護ろうとしたように、子供たち共々、必ずや護ってみせます」
胸に拳を当てて堂々とエルウィンはそう返事をすると、レッドはその言葉に勘違いしたらしく少し慌てるように目を丸くする。
「え? もう出来た!?
あ、いや、違うか、孤児院の子供たちのことか。
ちょっと焦った」
はぁ〜と息を吐く。
私が無理をしないようにと、彼の身体に手を添えると大丈夫と口だけ動く。
大丈夫な訳はない。
見た目に大きな傷がある訳ではない。
なのに、感覚で分かってしまうのだ。
……彼の命が尽きようとしていることが。
メラクルもそれが分かって彼の手に顔を押し当てたまま顔を上げようとしないし、周りに来た皆も彼の言葉を待っているのだ。
辛くて目を逸らしたくなる。
でもそれでも。
「カリー、コウ、お前たちは……良い娘見つけろよ」
それには2人も苦笑を浮かべる。
「いえ閣下……。ここで気になさるの、そこですか?」
「大丈夫ですよ、我々2人はこれでもモテますから
むしろ僭越ながら閣下よりモテますので」
その返事にレッドは笑う。
「なら良かった」
レッドには私が居ると応えるように彼の回してくれた手をギュッと握る。
彼も握り返そうとしてくれたが……力は入っていない。
「トーマスは……とにかく頑張れ」
「僕にはそれだけですか!?」
トーマスがガーンとショックを受けたような顔で目を見開く。
レッドはさらに笑いながら、クレメンスは愛情か実験欲かは分からないがとにかく2人で頑張れと繰り返した。
実験欲って何とは思ったけれど。
「シルヴァも巻き込んですまんな。
継続してユリーナの支援を頼む」
シルヴァは心底残念そうに苦笑と共に、ため息を吐く。
「仕える主に出会えたと思ったのですが……仕方ありませんね。
しばしは奥方様に仕えさせてもらいますよ」
それでもシルヴァはそれでも傭兵だからか、こういう別れに慣れているのかもしれない。
レッドは申し訳なさそうに謝る。
「すまん」
彼が先ほどから謝るのは、もう周りの体裁など気にする必要がないから。
奥方と呼んでもらえて嬉しいはずなのに、とっても辛い。
再会したと同時にこんな別れは……あんまりだ。
「黒騎士……ミヨちゃんと仲良くな。
悪いけどユリーナにこれからも協力してやってくれ」
「大将とまだ遊びたんねぇんだけどよ、俺は」
黒騎士は憮然とした顔で、いつも通りのフリをするが若干手が震えているのが分かる。
「すまんな……。
これからもユリーナを頼む」
それからレッドは黒騎士の後ろに一生懸命隠れようとするミヨちゃんに声を掛ける。
「……そう言えば俺、ミヨちゃん本物に会うの初めてじゃないか?」
ミヨちゃんは黒騎士に隠れるようにしたまま様子を窺っていたが、声を掛けられてビクッと反応する。
そう言えば、ミヨちゃんはレッドのことを得体が知れないとか言ってたね。
「うう……公爵様。
こんな時になんだけど、私の扱い雑過ぎない?
あと本物って何、本物って。
偽物が居るの?
いつどこで?
ロイドいつ浮気したの?」
ミヨちゃんにいつもと違う反応をされたのだろう、挙動不審になりながら黒騎士は答える。
「浮気って……俺らいつの間にそんな関係になってんだよ。
……ああ! 分かった分かった、泣くな。
お前だけだよ。
ったく、普段強気なくせしてなんでここぞとばかりの時は弱いんだよ」
ぐしゃぐしゃとしがみ付くミヨちゃんの頭を撫でる。
今まで黙っていたガイアが唐突に何かを決意したのか、拳を握りレッドに問う。
「貴方は……リュークを知ってる?」
「リュークはそっちの奴だろ?」
彼は顔をラビットに向ける。
「……過去の名だ」
だがそれをラビットが即座に否定する。
それだけでなく、ガイアも同じように否定した。
「彼は……違うリュークだよ。
剣筋も必殺技も違う。
彼はマーク・ラドラーだよ」
「……じゃあ、お前が言うリュークとやらは俺なんだろうよ」
「……そっか。
……そっかぁあ〜」
何かを諦めるようにガイアは天井を仰ぎ大きく嘆息した。
ガイアはリュークを探していた。
でも2人の会話の意味が全て分かった訳ではないけど、記憶を持つもの同士が共有する何かがあるのかもしれない。
「お前の姉の聖女シーアに記憶を返す。
あとは……あいつに聞いてくれ」
レッドは深く呼吸をする。
息が荒くなっている。
いやだ……。
今度は自分の手に顔を押し付けて顔をあげないメラクルに声を掛ける。
「お前たち全員がこのフロアに来た時点で分かったんだ。
俺の役目は終わったんだ、と。
お前たちなら、ユリーナを生贄に捧げることを認めたりしない。
必ず防いでくれるとな」
だからフロアに入った時に、彼はあんな目をしたんだ。
眩しいような、遠い憧れのような、そして何処か寂しいような目を。
メラクルは顔も上げずに首を振る。
「ヤダ、絶対にヤダ」
辛い。
現実はいつも辛過ぎる。
だけど、それでも生きていかなくちゃいけない。
そう彼は告げる。
レッドは息を数度繰り返す。
目は閉じてしまっている。
「……レッド?」
私は呼び掛ける。
まだダメだよ?
私、貴方にまだ愛していると伝えてもいないよ?
メラクルが縋り付いていたレッドの手が持ち上がり、彼女の頬に優しく触れる。
「メラクルも今までありがとな、ついて来てくれて」
レッドは目も開けず、誰にも聞こえないほど小さくそう言った。
もう意識が混濁しているんだ。
メラクルがいやだ、と繰り返す。
世界はいつだって残酷だ。
それでもそんな世界で生まれて、やり直しとか転生とか、そんな都合の良いもんなんかなくて。
それでも必死に足掻いて。
どうにも出来ない辛い現実に足掻いて。
たった一つの幸せを見つけて。
……ただ、それを護って。
それだけで良いのに。
「……ユリーナ」
「はい」
彼の冷たい顔に触れる。
彼は目を閉じたまま……。
「……婚約者で居てくれて、ありがとう」
「いや! ダメ!!
目を開けて、お願い!!
ハバネローーーーーーー!!!」
メラクルのその叫びはもう彼には聞こえない。
『婚約者になるんだ。俺がユリーナを守るから』
彼はその約束を守ったのだ。
辛い人生を乗り越えながら、ただ一つのものを。
私は震えながら、それでも彼の頬に手を添え……。
「……だったら私が貴方の護りたいものを護るわ」
私は彼の唇に自らの唇を重ねた。
それは誓いであり……祈りだった。
「いやだぁぁ、いやぁああ!!
なんで、なんでよぉお!!」
メラクルは呼び掛ける。
それでも彼は。
「いやぁぁぁあああああああ!!!!」
メラクルは半狂乱で叫ぶ。
それでも彼はもう目を覚ます事はなかった。
第4章
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