第69話真実
「あ、あの……、もう落ち着きましたので、ちょっと離れてもらっていいですか?」
顔はまだ赤いままでユリーナは
ユリーナの顔に掛かった前髪をそっと指で横に流し、その額にキスを落とし離れる。
「我慢する」
そっと離れて対面のソファーに戻ると、メラクルがユリーナの隣に座りわざとらしくハンカチで目元を押さえる。
「うう……。姫様おいたわしや、こんな男に好かれてしまって……」
「何を言う! これでも王国の公爵で顔も良いんだぞ!」
「自分で言うな! 悪逆非道の汚名が付いて回ってるじゃないの!」
「グハッ……、それを言うでない……」
メラクルの強烈なカウンターにより俺はソファーにぐったりと沈み込む。
悪虐非道の汚名が無ければ即座にプロポーズするのに……。
辛い、詰んでるハバネロ公爵、辛いでござんす!
「2人は……仲が良いのですね」
ユリーナの言葉に俺とメラクルが顔を見合わせる。
そして、同時にお互いを指差し。
「これと、仲良い?」
ユリーナはキョトンとして首を傾げる。
「どう見ても仲良く見えますけど?」
「このポンコツと〜?」
「この悪虐非道と〜?」
お互いに嫌そうな顔。
俺はため息を吐き、茶を一口。
「このポンコツがここで駄メイドとして働いている理由を説明しよう」
「駄メイドじゃないでしょ!?
さっきもバレずに姫様お迎えしたわよ!」
「うるさい駄メイド!
中身ポンコツなのは変わらないだろうが!」
酷い〜とユリーナにしがみ付くメラクル。
ユリーナはようやくそれを見てクスクスと笑う。
俺もそれを見て僅かに微笑む。
「……ハバネロ公爵閣下は噂とは違うのですね」
ユリーナも茶を一口飲み、静かな口調でそう言った。
「……どうかな。
どれほどの、どんな理由があろうとも行ったことは事実だ。
過去にユリーナにぶつけた言葉もその意図はどうあれ、それがユリーナを傷つけた、それもまた事実だろ?」
「愛を囁く割に弁解はされないのですね」
「言葉だけの謝罪など何の意味がある?」
実際は少しは意味がある。
行った行為への辻褄合わせにも人は言葉を求めるものだ。
そして人と人が分かり合うためにも、言葉は必要なのだ。
「……それでも、謝罪を求める人は居ます」
「そうだろうな。
その通りだ。
だが、それを行うわけにはいかないのが王国の公爵という地位だ」
悪意は常に付き纏い、嫉妬は常に付き纏う。
公爵という立場は生まれ持っての畏怖と羨望により、その地位が築かれている。
貴族は従者に礼を言ってはいけない、王族は下の地位の者に頭を下げてはいけない。
そんな言葉がある。
尊敬され、恐れられ、その上に成り立つ王国の青き血。
目覚めた後になってしまえば下らない。
しかして、その下らない何かを
それが王国貴族、ハバネロ公爵の立場だ。
「まあ〜……、実際ややこしいわよね〜。私、絶対無理。」
俺とユリーナの間に漂った拒絶するような空気をメラクルが簡単にぶった斬る。
それに俺は少し笑ってしまう。
それからメラクルは、なんだかよく分からないという顔をするユリーナに向けて言った。
「姫様〜、安心して?
こう言いながら、こいつ姫様のためならなんでもするはずだから」
俺はため息一つ。
「……そうだな。
謝れと言うなら謝ろう。
もっともそれをしたら俺の身は破滅するから、巻き込まないようにユリーナの安全を確保してからになるな」
「……言ってることがおかしい気がするけど、あんたまだそんなにヤバいの?
色々動いてるし、モドレッドとか有能な人材も増えたんじゃないの?」
ユリーナは何の話か分からずに俺とメラクルを交互に見る。
俺の状況と周りの状況、そしてこれからのことを一つ一つ説明していくしかないだろうな。
どちらにせよ、事情が分かった上でユリーナにも頼まねばならないことがあるのだ。
それは俺にとって身を引き裂かれるほど辛いことであったとしても。
「ユリーナ……。
これから話をすることは君にとって聞きたくもないような辛い話になる。
それでも知る覚悟はあるか?」
ここで知る覚悟がないのであれば……そうだな、滅びが来るその日までユリーナを閉じ込めてしまおう。
破滅思想のような妄想が浮かんで、俺はそっと苦笑する。
俺には目覚める前の記憶がない。
それ以前のハバネロ公爵はゲーム設定から推測すると、王国貴族、そして公爵であることを誇りとしていたのだろうが……。
記憶が無いってことは、さ。
なぁんにも無いんだ。
自分を培った家族も友人も、僅かな想い出さえも。
記憶がない状態ってどんなのか分かるか?
俺が俺である確かな何かは俺の記憶の中にどこにも無くて、代わりにゲーム設定というよく分からない誰かの何かが存在している。
ここまで来ると自分は人間ではないのか?
そう思ったこともあった。
あれはメラクルが死んだと聞かされた直後辺りか。
人ではないなら仕方ないが人であるかどうかは知らなければならない、そう思いつつ指を針で刺してみると痛みと赤い血が出た。
どうやら俺は人ではあるらしい。
俺には、何も無い。
公爵家を守る意味も王国貴族である誇りも、何も。
あの日……ユリーナのキスで目覚めたあの日から、俺の世界はユリーナが全てだった。
それ以外に大切なものが、俺の心の中には何一つ存在しなかった。
だから、さ。
「それが知るべきことならば。
教えて下さい」
ユリーナは一切の迷いのない黒い瞳で答えた。
だから、君が守ろうとするこの世界を護ろう。
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