第258話魔神になったら死ぬぞ?
……とまあ、そんなわけで今、全員で馬車の中。
俺にボコボコにされて、完全に敵対心を失くしたユージーとベルロンドを乗せて急ぎ移動することにした、という感じだ。
「……おそらくユージーは魔神になりかけていますね」
「そのようだな」
聖女シーアの言葉に俺が頷くと、ビスケットを食べる手を止めずにユージーとベルロンドは驚きの表情をする。
大事な話だから食うの止めろよ。
いやまあ、美味いんだろうけど。
そもそもこの普通のビスケットに見えるが、侯爵の口に入る物なので一般では食えない高級品にはなる。
それをヒエルナ以下研究員と自称美の追求者の手で栄養バランスと味を整えられた保存食だ。
ちなみに美の追求者とはメラクルのことらしい。
本人の自称だが。
そこにはあくなき努力の結晶が宿り、近々、公都でそれを元にした演劇が公開されるのだとか。
お前たちはどこを目指しているんだ?
「へっ? オレ、魔神になったんじゃねぇの?」
「魔神化したら人としては死ぬぞ?」
最強になるのと引き換えに、アレはもう別の存在になるだけだ。
「……検証データが足りないな」
俺はアゴに手を置き考える。
聖女シーアもついにビスケットを手に取り、されで真面目な顔でこれからのことを尋ねる。
「ではやはり、クレメンスさんのところへ?」
「そうだな、こいつの今の状態も危うい。
急いだ方がいいだろう」
上手くいけば大きな戦力になるかもしれないが、油断すると反対に魔神が1匹増える。
1匹増えたところで大差ないほど魔神との数の差は大きいかもしれないが。
悪魔神との戦いとは簡単に言うと、ガイアクラスがわさわさと出現して、それをかいくぐり悪魔神を倒すかどうかの戦いということだ。
そもそも現状では、その目的の悪魔神の居場所がはっきりと判明していない。
それがわかるまで、世界各地のどこに発生するかわからない魔神たちを凌ぎ続けなければいけない
なかなかの無理ゲーというやつである。
「へ? えっ?」
ビスケット片手に状況が理解できていないユージーとベルロンド。
あのビスケットにはポンコツになってしまう危険な成分でも入っているのだろうか。
メラクルの方にチラリと目を向ける。
「あによ?」
「……いや、なんでもない」
……入っているかもしれないな。
こいつも暗殺に来る前までは立派な聖騎士だったはずだ。
話を聞く限り性格は変わっていないか、もっと酷くなっている気はするが、そうだったはずだ!
きっと暗殺をしようなんて精神性が真面目な1人の聖騎士を狂わせたに違いない。
俺はそう自分を納得させた。
それがただの誤魔化しであることに気づきながら。
「帝国行きはどうすんの〜?
結構、重要なんでしょ?」
ビスケットをバリバリかじりながら、メラクルが尋ねる。
俺はため息をつきながら肩をすくめる。
教導国と共和国にしたようにモンスター対策指南と魔神対策について、話をする必要はもちろんある。
なにより帝国には先代聖女クレリスタがいる。
そのクレリスタと本来のゲームによる未来予知のことや悪魔神のことなどすり合わせをしておきたかった。
もしかすると、ユージーが出会ったという触手の化け物とやらが悪魔神だというのならば、俺が見た女神はなんだったのか、それを知ることができるかもしれないが……。
早くユリーナに再会したいからの口実ではない。
心の底から小さな俺が大歓喜に包まれているが。
仕方ない、仕方ない。
「こいつらの身体の状態は俺にとっても他人事ではない。
それに魔神化しかけているやつを抑止力無しでウロつかせるなど論外だ」
「へ? どういうことだ?」
ユージーとベルロンドはビスケットをもぐもぐと口に含みながら、2人同時に首を傾げる。
やっぱりそのビスケット、ポンコツ化する成分入ってないか?
聖女シーアは静かに息を吐き、かつての知り合いのポンコツ化するさまを見ながらユージーとベルロンドに言った。
「ユージーはベルロンドのキスが無ければ魔神化してしまうギリギリの状態だということです」
ユージーはビスケットを取り落とし、それを素早くベルロンドが拾い自分の口の中に放り込む。
幸か不幸か、ベルロンドとユージーは魔導力の相性がとことん良かった。
意識のはっきりとしないユージーがベルロンドへキスをした理由だが。
魔神化しようとするユージーの身体がベルロンドの口を通して、変貌する身体に不足する魔導力を外部から求めたのだろう。
ただその際にユージーは魔導力を使いこなせない素人で、ベルロンドは聖堂騎士団を任されるほどの魔導力に長けていた。
その差が奪われる魔導力を逆に奪い、ユージーの理性を取り戻させた。
当人たちの欲望というのもあったかもしれないが。
つまり……。
俺の思考を割るように、そこで唐突にクーデルが左手にビスケット。
右手拳を振り上げ伝説のポーズで立ち上がる。
「愛の勝利ですゥゥゥウウウウウウウウウウ!!!」
「愛よ!
愛の力よ!!」
「おめでとう!!」
「うらやましー! でもおめでとう!」
「祭りじゃー!」
「祭りね!」
ポンコツ隊とレイアがベルロンドの周りを手を繋いで踊る。
……狭い馬車内で。
「やめろ、お前ら!
給料下げるぞ!!」
どこかのゲームのように素早く全員がその場で一斉に座る。
衝撃で馬車が傾く。
「危ねぇ!?」
御車台の黒騎士が巧みな馬車さばきでなんとか難を逃れる。
ふひーと、額のかいていもいない汗をメラクルが拭う。
「ハバネロ一行最大の危機がこの瞬間だったわね……」
こ、このポンコツども……。
そんな中、衝撃な事実を聞いたユージーは目を丸くしながら顔を青くさせ、ベルロンドが
とりあえず、俺はユージーの肩をポンっと叩く。
「お前のハーレムの夢は絶たれたな」
「オレのハーレム……痛い痛い痛い」
ユージーは青い顔のままストンと表情を無くし呟いたところを、ベルロンドがユージーの顔をつねり恍惚な顔を継続する。
ベルロンドとの関係を止めれば、ユージーはすぐに魔神化して死んでしまうだろう。
魔導力を吸い出してくれるやつがいなくなるからな。
それにベルロンドは浮気を許さないタイプだろう。
あと、見た目通りサドだろうが……頑張れ。
ユージーの命はベルロンド1人に託されている。
あとメラクルならユージーからも魔導力を抜き出せるのではとか、聞くなよ?
……殺すぞ?
何故か、馬車の中の空気が冷たくなったところで、黒騎士が苦虫を噛み潰したような表情で報告してきた。
誰かから緊急の通信が入ったようだ。
「大将、マズいことになった。
姫さんたちがその真女神転生派と交戦状態に入って連絡がつかなくなった」
「……あぁん?」
なんでそんなことになりやがった?
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