第101話助けを求める人がいる

「戦争はあらゆる局面で数の優位を図るのが必須だということだ。

 そのために策がある。


 単純に『戦争は数では無い』という言葉には、多くの言葉を省略し過ぎている。

 兵を鼓舞するにはそれだけ簡潔に、分かりやすくしなければならないから、ある程度仕方がないことだがな。


 こちらが多数なら、数はこちらが上であり圧倒的に有利である、とかな。

 努力をすれば願いが叶う、と同じだな。

 分かりやすいだろ?」


「まあ、たしかに」

 腕組みしてふむふむと頷くメラクル。


「だから指揮官は安易に戦争は数では無いと言ってはいけない。

 戦争は数では無いと言う根拠を簡潔に分かりやすく示さねばならない。


 我が軍の方が勇壮だ、とか。

 我が軍の方が装備が整っている、とか。

 相手の指揮官は無能だ、とか。

 こちらの方が厳しい訓練を乗り越えている、とか。 

 瞬間的な説得力が大事だ。


 それで、だ。

 今言った全てにおいて帝国の方が上で、数においてすら帝国が上、と。

 どうするよ?」


「いやいや、どうしろと?」

 メラクルがヘニョっと眉を下げる。


 どうしようね?

 まあ、要するにそういう状況。


 実際問題、奇跡でも起こさないことには帝国に勝利することは無理だろう。


 そんな中で、ゲームでは圧倒的な劣勢からハバネロ公爵は大勝利をもぎ取った。


 ハバネロ公爵は王太子を見捨てたのではない。

 囮にしてその刹那に賭けねば、もうどうしようもなかったのだ。


 最後まで結果がどうなるかは分からないのも戦争の恐ろしさだ。

 ゲームの時は帝国からしたら、何故負けたのかと理解することすら難しいだろう。


 もっとも王国が勝ったとはいえ、その大勝利は多くの取り返しのつかない犠牲の上に成り立つ。

 つくづく戦争など起こす奴の気が知れない。


 戦争は政治の延長。

 それもまた事実である。

 それをどう引き起こさずに調整していくかが為政者の手腕である。


 メラクルに言ったように百害あって一利無しなのだが、時に人は互いに通じるはずの言葉を失くす。


 分かり合えたものが分かり合えなくなったり。

 それはほんの僅かな違いだ。


 とあるカップルで例えよう。

 些細な、それこそ赤が好きか青が好きかだけの喧嘩から火が付き、相手と気が合わないと思い込み、どうしようもなく相手とのズレを生み広がる。


 それは決定的な違いやそうなるべくしてそうなるわけではない。


 ただ一歩、ちょっとずつ一歩、相手が譲れない一線を踏み越えるまでお互いが進んでしまうだけだ。


 それは誰にでも起こり得る。

 だから大切なことは、その一歩を踏み出すかどうか常によく考えることだ。

 その時、相手に対して本当に譲れないものがほとんどないことに気付くだろう。


 決定的な違いなど、本当にその程度なのだから。


「ああ、それと数がほぼ互角とは言ったが、それは今に限った話だ。

 帝国はさらに3000の兵を動員して来る可能性が高い。

 既に帝国領内では移動を開始しているかもな」


 全員が同時に息を飲む。


「閣下。

 それは確かなのでしょうか?

 いくらなんでもそれは……」


 アルクが全員を代表してそう口を開く。

 散々、俺の突飛な話に黙って従ってくれて、色々やってくれていつもすまんのぉ〜。


 とにかく俺も説明出来ることについては説明しよう。

 これについては説明出来るだけの根拠がある。


「突飛な話に思うかもしれないが、無論、そうなるだけの根拠がある。

 今の帝国に攻め入る可能性のある国はあるか?」


 それだけで全員がその意図を理解する。

 確かに常識から考えれば、帝都を空にする奴は居ない。

 共和国と教導国がこの期に攻め入ることを防ぐために、国境警備はある程度残しておく必要がある。

 これまた常識ならば。


「帝国皇帝ゴンドルフ・ゼノンは、過去の帝国皇帝と比べても傑物と言ってよいほどの人物だ。

 過去に帝国で起きた内乱もその手腕で収めており、経験も申し分無い。

 奴は読み切っているのさ。

 共和国と教導国が動かないことを、な」


 共和国はガイアの例を見ても分かるように平和ボケ。

 教導国はその教義ゆえ。


 王国は当然、その2国に対し軍事介入を呼びかけているが2国に動きはない。

 この辺りは帝国の外交戦術の為せる技だ。

 諸外国に金をばら撒き友好的に接した。


 さらには帝国宰相はこの戦争を引き起こすために、持てる人脈をフルに使ったのだろう。


 反対に王国は外交戦術は緩かった。


 王国の外務大臣ケルスナーという男はまったくの無能でも無かったが、貴族主義に凝り固まった偏った部分があった。

 ワイロとまではいかなくとも、何かあると便宜べんぎを図るように求めた。


 王国内ではそれで通じたし、貴族としては常識的な範囲ではあった。

 相手が風土も文化も違う他国という認識が疎かになっていただけで。


 共和国も教導国も表向きに、王国のそんな態度に文句を言ったりはしなかった。

 今まではそれで良かった。


 だが、同程度の大国の帝国が節度を守り融和に努めている一方で、王国がそんな態度では帝国に寄っていくのも当然の事。


 王国のミスは時代の変化に柔軟に対応出来ていなかったことと、自らの立場に驕っていたことだろう。


 かくして王国は未曾有の危機に陥る。

 そして戦端が開かれた今でも、自分たちが危機的状況にあることを、軍閥派を筆頭に多くの貴族が認めないままであった。


「数も少ない上に味方の援護も当てにならない。

 まったく余裕はないな。

 なんと言っても、この兵数だけで状況を打開しなければならない訳だからな。

 ま、詰んでるよな」


 俺は肩をすくめて見せる。

 今更、悲壮感はない。

 皆も分かっていることなので互いに苦笑いを浮かべるのみだ。


 そんな話をしている中、テントの外がにわかに騒がしくなる。


「どうした?」

 アルクが即座に兵に確認を取る。


「どうやらこの付近の町から来た王国兵のようです。

 町が500以上の帝国兵に襲撃を受けているらしいとのこと」

 例の帝国予備兵の3000の内の先遣隊である可能性が高いだろう。


 メラクルは即座に立ち上がる。

「大変! すぐに救援に向かわなくちゃ!」


 おい、今、余裕がないと言ったばかりだろうが。


 伝令としてやって来た王国兵は、前線となった町で雇われた兵で要するに駐在さんだ。


 帝国兵と言いながら、傭兵との混成部隊であり非常に残虐な面が目立つ。

 近くの村から逃げて来た村人の証言では、村は焼き払われ女子供構わず暴力、略奪、とにかく酷いものらしい。


 戦争ではどれだけ規律のある軍でも、それらの狂気を抑えるのはなかなか難しい。

 特に傭兵団が混ざっているとなれば、半分以上は野盗の群れだ。


 全体的に圧倒的に兵力が足りていないのだ。

 前線となった村や町への被害は止めようがない。


 今は周辺で1番大きなランバの町に立て篭もり、義勇兵による抵抗をしているところだという。


 町の住人は避難民も合わせて数千は居るが、戦える者がどれほどいるかは不透明だ。


 そして俺たちはその前線をコッソリと横切り、主力が決戦を行うであろうグロン平原へ向かっている。


 秘密裏に、そして大胆に前線を横断し、すでに入り込んでいる帝国主力の後背もしくは横っ腹を強襲するのだ。


 そんな訳で今回、伝令の彼が俺たちに遭遇したのはまったくの偶然だ。


 ここで500の帝国兵を蹴散らすのは簡単だ。

 だがそうすると、決戦に間に合わず王国は敗北する。

 すでに選択の余地は無いのだ。


 つまりもはや俺としては耳の穴をホジホジするぐらい今更である。

 伝令をしに来た兵を下げ、俺はメラクルに言い放つ。


「無理だな」

 無理なものは無理である。

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