第102話聖騎士メラクル・バルリット

「そんな!」

 メラクルは食い下がる。


「そんなも何も。

 さっき言ったばかりだろうが。

 余裕は一切ない」


「だったら見捨てるというの!?」


「溺れかけている人間が、溺れている人間を助けようとしてどうする?

 残念だが戦争はとにかく残酷だ。

 行けば王国も滅び、俺たちも処刑され、大公国も潰される。

 何一つ残せぬまま世界は滅びるんだぞ!」


 睨み付けるように言い返してしまう。

 この瞬間で全てが終わるかも知れない。

 これはそういう戦いだ。


 帝国では世界を救うことは出来ない。

 ユリーナたち最強メンバーが揃うことは無くなるし、邪教集団の幹部が宰相という地位にまで上り詰められたんだ。

 他に邪教集団の手が回っていないと考えること自体甘過ぎる話だ。


 俺の言葉を聞き、メラクルは興奮を鎮めるように深く深呼吸。

 拳を堅く握り締めている。


 メラクルも分かっているのだ。

 分かっていてその性分、聖騎士としての己の存在故に言わずにはおれないのだろう。

 暫しの沈黙の後、絞るような声で言った。


「……私は、大公国を追い出された」

「……そうだな」


「あんた言ってくれたよね?

 私が泣いたあの日、『お前はもどきじゃなくて、聖騎士だろうが』って。

 私はね、だから。

 大公国の騎士じゃなくなっても、『聖騎士』なんだ。

 ……だから、行くよ?」


 泣きそうな笑顔でそう言った。

 その瞳には決して揺るがぬ意思を込めて。

 その姿は不覚ながら綺麗だとさえ思った。


 聖騎士とは、人々を護る存在。

 弱き人々を苦難から盾になる存在。

 今、弱き人々が力の暴力で潰されようとしている。


 形骸化したその言葉を、その意志を引き継ぐ国がある。

 大公国の聖騎士。

 メラクルはその誇りから目を逸らせないのだ。

 例えその国の者に捨てられようとも。


「……死ぬぞ?」


 人は簡単に死ぬ。

 邪神や悪魔神がいなかろうと。

 世界を覆う狂気がそれを後押しする。

 どうして人はただ生きることが出来ないのか。


「死なないよ?

 死んだら私の敬愛する姫様とどっかの公爵様が悲しむもん。

 ……って2度も死にかけた私が言えたことでもないけどね!」


 先程の雰囲気を和ますようにわざとらしく、頭の後ろに手をやりニカッと笑う。

 こいつが言い出したら……聞かねぇよなぁ。


「……1人では何も出来んぞ?」

 俺がそう言うと、タハハとメラクルは苦笑い。


 戦争は1人では本当にどうにもならない。


 最強剣士のガイア・セレブレイトですら、戦場の空気の中でどれほど戦果をあげられるか。

 ガイアの能力Sも効果的な味方の支援があってこそ成り立つ。


「そうかもね。

 義勇兵がどれだけ協力してくれるかによるかなぁ〜」


 戦争は、殺し合いだ。

 甘さなど一切ない。

 その中で今という時間をどう生きるのか。


 俺はメラクルの顔に僅かに手を伸ばすが触れはしない。

 彼女はそんな俺を真剣な眼差しで見つめる。


 やり直しなどない。


 それが分かっているから、人は今を必死に生きるのだ。

 それが分かっているからメラクルは、自分の聖騎士である心に真っ直ぐ向き合うのだ。

 後悔だけはしないようにと。


 これが互いの今生の別れである可能性も十分にある。


 それでも行かずには居れないのだろう。

 それが人というものならば。

 それでも為すべきことがあると言うならば。


「エルウィン!」

「は!」

 そばで見ていたエルウィンに声を掛けると、即座に返事が返って来る。


「精兵50を連れ、メラクル・バルリットと共に行け」

「はは!」


 エルウィンは即座に兵に召集を掛ける。

「メラクル。

 兵50を一緒に行かせる。

 聖騎士としてのプライドを曲げたとしても、必ず『生きろ』」


「わぁってるわよ、必ず『生きて帰って』来るわよ」


 メラクルが拳を突き出す。

 俺は苦笑いをしつつもその拳にコツンと拳を当てる。


 メラクルは照れるように笑い、拳闘士などのファイターがそうするように自らのそのこぶしに軽くキスを落とす。


 意味分かってるか?

 最悪、護る人を見捨てても、だぞ?


 すぐにエルウィンは兵を集めてきた。

 まるでそうあるべきと覚悟していたかのように。

 俺は集めた兵に声を張り上げる。


「今から最前線で孤立した町を救援に行ってもらう。

 ただし、我が軍には余裕がない。

 よってお前たちにハッキリ言っておく」


 そこで一旦、言葉を止め兵たちを見回す。

 おうおう、どいつもこいつも一丁前の兵士の顔だ。

 戦争をちゃんと知っている奴もほとんど居ないだろうに。


 僅か兵50で500以上の敵と戦うのだ。

 無謀も無謀。

 まともにやれば全滅も免れんだろう。

 そのことを覚悟した目だ。


 貴重な兵だ、それでは困る。

 だから。


「誰1人として死ぬことは認めん!

 これは命令だ、分かったな!」


 そう俺が宣言した瞬間、居並ぶ50の兵だけに限らず皆が沈黙した。

 数秒か数分か、それとも刹那か、その後。


 爆発する様に一斉に歓声を上げた。


 救援を求めて来た伝令も姿を見せており、こちらを見ながら滂沱の涙で泣き崩れて、土下座どころか五体投地の構えをする。


 隣に居た兵に抱き起こされながら。

「ありがとうございます、ありがとうございます。」

 何度もそう繰り返している。


 ふと振り返ると、そこには満面の笑みの聖騎士メラクル。


「あんたの心意気、私が受け取ったーーーーー!!!!」

 そう突然叫び、50の兵に振り返りメラクルは宣言する。


「ここに居る兵50!

 その命、私が預かった!

 あんたらは誰1人殺させやしないよー!!」


 メラクルは公爵家が誇る最新魔剣パタリオンSを高く掲げ、そう宣言した。

 それは『公爵家の聖騎士』の堂々たる姿。

 極まる歓声。


 出立する者は爽やかな笑顔で、まるで決死隊のように、後を頼むと。

 残る者は後は任せろ、と。


 兵たちが声を掛け合う。


 ねえ? 言葉通りの意味よ? 分かってる?

 町を見捨てることになっても死ぬなと言ってるだけよ?


 だけどこれまた空気の読める俺は、内心の苦笑いを押し込め、その空気に水を刺さぬようにエルウィンにだけコソリと告げる。


「戦闘が長引けば、こちらとの合流は叶わないだろう。

 だから、もしも王国が落ちたならばユリーナの元に集え、必ず全員で生き残れ」


「閣下それは!?」

 エルウィンはギョッとした顔をする。


 その可能性は十分以上にあるんだよなぁ。

 まあ、そんぐらいヤバい戦いだしなぁ〜と。


 エルウィンは敬礼。

「必ず、必ずや……」

 感極まり涙(鼻水付き)まで。


 そして、メラクルとエルウィンは兵50を連れて出立した。







 あれ? いつから俺はメラクルを隊長に任命したっけ?


 でも突っ込まない、俺、空気読めるから。

 まあ、メラクルも隊長経験あるし、エルウィンが補佐すれば大丈夫だろう。

 むしろ、ちょっと有能なはずだ。


 彼女らの姿が見えなくなって、俺はアルクとサビナに振り返る。


 気付きたくない事実を確かめるために。


「……なぁ、公爵家であの駄メイドの立場って、何?」


 アルクはあからさまに顔を逸らした。

 サビナは普段はクールなのに、今回は瞬きを何度もしながら、上を見て下を見て、また上を見て、アルクに助けを求めるように動揺した顔をして……諦めたように言った。


「……閣下の『最愛』の愛人という立場だと、誰もが」

 そういえば、メラクルがメイドに扮して襲撃に来た時、愛人にするからと誤魔化したよな。


 アルクたち側近には事情はバラしたが、他の人には事情なんて言えないから、そのままの認識だよね……。


 さらに、よく知らない者からすれば、謎の美女(謎の駄メイド?)が公爵の愛人として現れた時から、公爵の悪虐非道な姿は鳴りを潜めた。


 婚約者であるユリーナとは(表向き)疎遠であり、愛人の方は片時も側を離れずその寵愛を一身に受けている。


 そんな寵愛を受けた愛人を、僅か50の兵で国民のため救援に送り出したことで、公爵の苦しい現状と胸の内を象徴している。


 さらに言えば、公爵が苦しむ国民を見捨てないという本気度が伝わって士気は大いに高まった、と。


 ……色々、言いたいことあるけど。

 すまん、メラクル!

 お前がモテない理由、俺だったわ。


 強く生きろよ!


 俺は姿が見えなくなったメラクルを涙ながらに見送ることしかできなかった。

 もちろん、これも更なる誤解を生んでしまう訳だが。

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