第103話密偵捕まえる

 別れに対し、感傷に浸り過ぎている余裕はない。


 だから俺はあいつらが居なくなった方向から背を向ける。

 メラクルたちを送り出して、すぐにこちらも出立の準備を始める。


 騒ぎ過ぎた。


 近くに帝国兵が居れば気付かれる可能性もある。

 そうなれば帝国への奇襲も失敗する。

 そうなれば俺も王国も終わりだろう。


 兵たちは興奮冷めやらぬ様子で、準備を進めている。


 俺も多少の指示を出しつつも、邪魔にならないように待つ。

 大将がウロウロしていると兵の邪魔にしかならないからだ。


「公爵閣下!」

「どうした」

 兵が何事かを伝えに走ってくる。


「敵の密偵らしき者を捕まえました!」

「なんだと?」

 密偵は1匹見れば20匹。

 何処に潜むか分からない。


「1人ということはあるまい!

 各5名ずつで周辺索敵急げ!」

 我が軍の情報を悟られるのはマズイ。

 散々、騒いだ後だがハッキリと見つかるかどうかは大きな差だ。


 すぐに捕らえたという密偵のところに向かう。

 そこには。

「ひっぐっ、えっぐっ」


 涙と鼻水でボロボロの顔で縛られた黒髪の女。

「リーアやないかい」


 そうだった、コイツも帝国兵だ。

 リーアはこちらに気付くと、ぴえーんとさらに泣き出した。


「ゲゲゲ! こ、公爵様だー!

 な、なんでこんな所に居るのー!?

 もう駄目だぁー!

 殺さないでぇー」


 ゲゲゲってどういう意味だ?

 リーアは縛られたまま、助けてー、とぺこぺこ頭を下げる。

 実は余裕ある?


「お前こそなんでこんなところに居るんだ?

 鉄山公は一緒じゃないのか?」


 とりあえず顔をハンカチで拭いてやる。

 ウグウグ言いつつ、大人しく拭かれる。

 世話され慣れているが、オーラ的に平民ぽいからただの末っ子体質か?


 こいつが鉄山公と一緒だったなら、今、前線の村や町を襲っているというのはおかしい。

 あのオッサン、そういうところは固くて融通が効かない。

 要するに信用出来る。


 ゲームの邪神戦でも助けに来て、ここはワシに任せて先に行けを地で言ってくれるナイスガイだ。


 リーアはエグエグとえずきながらも、とりあえずすぐには殺されないと判断したのか口を開く。


「鉄山公様は王都への陽動部隊の隊長にされたんです。

 あ、分かってます。

 鉄山公様は大変なんですよ?


 鉄山公様は皇帝陛下にその高潔な精神が認められて気に入られているから、その分やっかみも酷いんです。


 今回も王都陽動部隊の別の部隊の隊長と折り合いが悪くてですね。

 絶対、色々苦戦しているはずなんです。

 ほら鉄山公様、ワイロとかそういうの融通効かないですから。


 そうそう、そのもう1人の隊長がまた酷くてですね、無能なくせにワイロや財閥貴族からの押し込みで隊長入りしてて、絶対、鉄山公様の足を引っ張るのは間違いないんです」


 おい、それ内部事情じゃないのか?

 言って良いのか?


 でも分かった。

 精鋭と思っていた帝国軍も考えてみれば当たり前で、全てが全て完璧という訳ではなかった。

 彼らは彼らで内部で爆弾を持っていたのだ。


 それに鉄山公もゲーム設定では帝都に居て主人公チームとの会話があったが、戦場に来てるのか。

 リーアがここに居るのもその影響と考えて良さそうだな。


 ……やはり俺が色々準備したせいか、帝国の動きもゲーム設定と全く同じとは限らないのだろう。

 それが吉と出るか、凶と出るか、というか凶だけはやめて?

 もう無理よ?


 リーアの話はまだ続く。


「私は引き離されてこっちの傭兵の混じった愚連隊に配属されて、そこからが苦難の道の始まりでした。


 鉄山公様に保護されてるのが羨ましいからって周りの兵からは雑用を押し付けられ、嫌味なちょび髭エロ親父部隊長が休憩なしの偵察任務かベッドに来るか選べというから、あんなエロちょび髭冗談じゃない!と休みなく偵察任務に。


 大体、私はいつか再会する運命の相手が居るかもしれないですから、そんなエロちょび髭親父なんて、ぺぺいのぺいです!


 大体、王国の国境沿いはざるもざる。

 何処に偵察任務に出ても、まともな軍が居ない。

 ろくに防衛もされていないから、ちょび髭どもはやりたい放題。


 私としてはちょび髭どもに好き放題されたくないから、こっそり偵察に入り込んだ村で帝国軍が迫ってることを教えて逃すのが関の山。


 おかげでちょび髭どもには、貴様の偵察先はろくな獲物が手に入らないとか嫌味ばかり。

 へへーんだ、ざまぁみやがれ! 庶民はお前らのおもちゃじゃないんだぞ! ってね。


 言ってない、言ってませんよ?そんなこと口に出せば最後、庶民の私は斬首かロープグルグル巻きにされて慰みものかの2択じゃないですか。


 それでも私が偵察に行っていない方向の村や町は奴らに蹂躙されて……」


 リーアはショボンと項垂れる。

 正直、俺はコイツが高度な訓練を受けた密偵の可能性を捨ててはいない。


 だが俺の心の俺が叫ぶ。

 このポンコツの何処に疑う要素があるんだ、と。


 初めて会った時も、自分から大声出して存在をバラしていたが、それ自体が高度な隠密のテクニックと言えなくもない。


 ここまで内部事情を勝手に話す密偵など居るのだろうか、と思わずにはいられないが、世の中には帝国宰相のような『草』も居る。


 それでも俺たち王国軍がここに居ると知らずに捕まったのなら、その可能性も薄い訳だが。


「閣下。

 周辺確認致しましたが、他に偵察部隊が居たような形跡はありません。

 信じ難いことですが、単独行動の可能性が高いかと」


 報告しに来た兵もリーアをチラッと見て渋面な顔をしている。


 そうだね、ちょっと信じらんないね。


 ポンコツが旅立ったら、もっと酷いポンコツを拾いました。

 どうしよう?

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