第104話リーア捕獲

「こいつは俺が預かる。

 引き続き出立の準備を。

 この調子で周囲警戒を頼む」

「御意」


 よく偵察に気付いたものだと、ニヤリと笑顔でしっかり褒めておくことを忘れない。

 ……今の兵の人、引き攣った笑いしてなかったよね?


「とりあえず行くぞ〜」

 リーアのロープを持って護衛のサビナと一緒に移動。

 暴れることもなく大人しく付いてくる。

 そりゃまあ、ここで暴れるようなら普通に処刑されるもんな。


 出立作業の邪魔にならないところまで来て、リーアに向き直る。


「サビナ。

 リーアのロープを解いてやれ。

 あとリーア、逃げ出そうとしたら即斬だから覚えておけ」

 過剰なほど何度もリーアは頭を上下に振る。


 俺用に椅子が出されるが、とりあえずそれには腰を掛けない。


「まず先に言っておくが、お前への疑いは晴れていない。

 よってお前を解放することは出来ない」

「ひぇ〜」

 分かりやすくブルブルとリーアはまた震え出す。

 あ、泣きそうだし、鼻水出てる。


 リーアが不意を突こうが、俺を切ることは出来ないだろう。

 それだけの能力差があるし、金属片の切り札もある。


 だが例えば、だ。

 こいつが本物の『草』ならば、このまま内部に入り込み俺の部隊の情報を盗めるだけ盗んで逃げ出すかもしれない。


 それをグロン平原という極めて難しい戦場で行われてしまうと、かなり苦しいことになる。


 もちろん俺と遭遇したのは偶然の可能性が高いし、前に鉄山公と居る時に見たリーアは見たまま今のリーアであったから疑う方が馬鹿馬鹿しくはある。


 とりあえずハンカチをリーアに渡してやると、迷わずビーンと鼻をかんだ。

 こいつ、実は余裕ある?


「まず確認だがリーアお前は密偵か?

 これには正直に答えろよ?

 俺の不意を突くとか何らかの目的でこの部隊に潜入したのか?」


 当然、密偵がそれを正直に答える訳はないが敢えて問うことが大事だ。

 リーアはキョトンとした顔で首を傾げる。


「密偵というか、付近の村や町の状況を探りに来た偵察ですけど?

 さっき言いましたが……」


 どう見ても、なんで同じこと聞くの?と言ってるようにしか聞こえないし、誤魔化しているようにも見えない。


 ……まだだ。

 本物の密偵なら、これもフェイクの可能性は十分にある。


「ならこれにサインしろ」

 俺は紙に幾つかの条件を書いてリーアに渡す。


 そこには密偵ではないという証言の元、捕虜として拷問などしないことを約束する内容。


 反対にそれが虚偽である、つまり密偵であることを隠すならば、王国公爵として然るべき処置及び抗議をさせていただく。


 リーアは首を傾げながらペンを受け取り、少しだけ迷って。


「これ密偵じゃないというのが本当だったら、良いってことですよね?」

「そういう意味だが、他に何かあるか?」

 リーアはまた泣きそうな顔で、首を一生懸命横に振る。


「リーアとサインすれば良いんですか?」

「血判でも良いぞ?」

 普通のナイフを見せると、これまた激しく首を横に振る。


 なんだか怯えるように、ペンを受け取りリーアと書き込む。

「私! ほんとにほんとに密偵なんかじゃないですからね?」

 必死に言ってるがリーアの言葉ではない。


 俺は証文を確認しながら。

「お前が密偵だった場合、その責は帝国にまで及ぶがそれは大丈夫か?」

「へ? そんな内容でした?」

 リーアは首を傾げる。


 密偵であることを隠す場合、王国公爵として然るべき処置及び抗議を行うのは誰に対してかをあえて明記していない。


 密偵であることは個人は特に関係がなく、国が命じるから密偵になるのだ。

 そうであるなら抗議対象は国であるという『こじつけ』だ。


 だが、この手の証文は真実かどうかよりも、そこに証拠の実物があることが大事で、これがあると戦後だろうがなんだろうが、王国公爵として文句を言うぞ、という脅しである。


 当然、戦争で戦死でもすれば全てオジャンだが、どんなに優勢でも戦後がどうなっているか密偵1人が判断出来る事でもなければ、そのような責任をただの密偵が追い切れるものでもない。


 しかも期限も書いてないから、いつでも適当な口実で文句を言うぞ、と書いているようなものである。


「いいいい、いいですよ!

 いえ、良くはないかもしれませんが、私が密偵なんかではないことはハッキリとした事実なので、だだだ、大丈夫です!」


 大分周りくどいことをした自覚はあるが、そんな訳で、リーアがそう返事をした時点でこいつが密偵である可能性はほぼ無くなった。


 密偵ならば、密偵であることがバレることよりも国に迷惑が掛かる可能性のある書類にサインは出来ない。

 しないとかではなく出来ない。

 そんな権限のある者は密偵にはならない。


 王国を賭けた戦いに赴くのだ、慎重にもなる。

 そもそも俺の行動に1000の兵の命と王国の命運が賭かっていると思えば、リーアを保護すべきではないのだ。


 しかし、分かってないよなぁ〜。

 これでいつでもリーアの身柄は、王国公爵である俺が自由に出来るって意味にもなるんだが。


 偵察も密偵だろ、と主張しても良いのだ。

 帝国も一兵士、一密偵などあっさり見捨てるだろう。


 鉄山公なら見捨てないだろうが、それは要するにその責を鉄山公もかぶると言うことで、これまた帝国は認めまい。


 リーア……、詐欺には気をつけるんだぞ?

 公爵に嵌められたら一般兵ではどうにもならない訳だけど。

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