第100話戦争は数である

「やはり勝つのは難しい」


 野営のテントの中、アルク、サビナ、エルウィン、メラクルで今後について打ち合わせを行う。

 地図を前に唸りながら俺はそう断言せざるを得なかった。

 アルクが俺の言葉に強く頷いて口を開く。


「罠に掛けて、効率良く仕掛けないとどうにもなりませんね。

 いっそ冒険者などを義勇軍として要請しますか?」


「やめておこう。

 烏合の衆の義勇軍などは、文字通り使い捨てにでもせんと有効活用出来ず、反対にそこを傷として広げられて軍全体の崩壊に繋がりかねない。

 よほど義勇軍に対してのカリスマでもない限りな」


 通常の軍の指揮官などではなく、どちらかと言えば宗教的な意味でのカリスマだ。

 義勇兵を命を顧みない死兵とさせることが出来る狂信性や、なんらかの精神的なカリスマ。


 そんな者がそうそう現れるとは思えない。

 現れても味方とは限らない以上、義勇軍など考えるだけ無駄だ。


「動員出来てマーク・ラドラーの部下ぐらいだな」

 今後は反乱組織ではなく、王国内の自治組織として生きていくため、その扱いは傭兵団に近い。


 組織としての形は出来ており、ゲーム設定ではマーク・ラドラー登場時には、知的な美人秘書も付いていた。

 名前は不明の演出だけの存在だが。


 ちろっとサビナを見る。

 俺も美人秘書が居ると言えなくもない。

 真面目でクールだから不満はない。


 あと少しツッコミで駄メイドの暴走を抑えられたらと思わなくもないが、それは贅沢というものか。

 奴のボケ戦闘力はSクラスだからな。


 当然、マーク・ラドラーことラビットが帝国領内に潜入するので、その部下はそのバックアップに回っている。


 そうすることで、ユリーナの安全を確保してもらわなければならない。

 もっとバックアップを回したいが、本当に一切の余裕がない。

 はっきり言えば、まったく足りない。


「戦争は数じゃないでしょ?なんとかなんないの?」

 携行用ではないビスケットをハムハムとしながら、メラクルが暢気なことを言う。


「何言ってんだ? 戦争は数だぞ?

 どうしようもないほど、徹底的に数次第だ」

「へ? そうなの?」


 軍事学校で習っただろ?と言いたかったが、よく考えれば、大公国の騎士学校が軍事的な側面において王国と違うのは当然だ。


 そもそもにおいて、大公国はその兵力は公爵領の半分以下だ。

 騎士団は少数精鋭でいくしかないから、大軍同士の戦争におけるセオリーを学んだところで上手くいかない。

 それ故に少数でどうにかする方法を中心に訓練しているという事情もあるのだろう。


 その戦術はゲームでも対帝国宰相戦や対邪神戦にも大きな意味を持って来る。

 あとハバネロ公爵討伐戦でも。

 つまり、ゲームではずっと少数で巨大な敵を打ち倒していくのである。


 まあ、ゲームだからな。

 巨大な力で少数を踏み潰し続けても何も面白いことはあるまい。

 人生においては、勝たねばその先が無いから面白みを求めても仕方がないが。


 サビナを見ると頷き、メラクルに説明する。

「メラクル。

 戦略的に言えば、相手より数を多く揃えるのは基本中の基本です。

 分かりやすく言えば、個々の能力が大差がない場合、1人でも数が多い方が圧倒的に有利です」

「そんなのは分かってるよ〜?

 当たり前でしょ?」


 サビナ相手だから穏やかに返事しているが、俺がそう言ったら絶対にこの駄メイドは、ムキー! 馬鹿にするなー! と怒っていたことだろう。


 人徳の差?

 いやいや、違うよね?


「そうだ、当たり前だ。

 よく兵を鼓舞するために言われるがな、戦争は数ではない、とな。

 まあ、一言で言ってそれだけなら戯言ざれごとだ。


 そこで前にも説明したが、今回の大戦は兵力的には帝国7000対王国7000でほぼ互角だ。

 おかしいと思わないか?」


「……そういえばそうね?

 なんで攻めて来る帝国は同程度の兵力で来てるのかしら?

 装備と練度に自信があるから?」


 俺はうむうむと頷く。


「それもある。

 兵力を相手より多く集めると一言で言うのは簡単だが、戦争というのは当事者同士はとんでもない負債なのだ。


 数が増えれば、食事や武器、寝床に道具、ありとあらゆる物が必要になり、それは当然のように国の国庫を食い荒らす。


 しかも警戒すべきは戦争相手一国だけとは限らない。

 弱った敵を攻めるのは基本中の基本、それは国同士でも同じことだ。


 しかもそんな危険を冒しながら、負ければ巨万の負債を抱え人的被害やそれに対しての補償、物資を失い、勝っても勝ち方を失敗すればこれまた大きな負債を抱えることになる。


 ま、戦争だ、正義だ、英雄だ、大義だとどうのこうの言おうと、百害あって一利無しとはこのことだな。

 戦いを生業とする騎士様に言うことではないかな?」


 メラクルへの指導のためだけにこの話をするわけではなく、状況を改めて整理しているのだ。


「何それ?

 じゃあ帝国はなんでわざわざ戦争なんて仕掛けようとしているっていう訳?」


 理解出来ないと言いたげな表情のメラクルに、俺は肩をすくめて見せる。


「簡単なことだ。

 それで得する奴が居るからだ。

 武器を売る死の商人や狂信者などだな」


 ゲームのマーク・ラドラーも死の商人としてこの大戦で大儲けした結果、主人公チームを支援出来るほどの金を手にすることが出来た。


 そこもまた、ラビットがマーク・ラドラーである矛盾が潜んでいる。


 俺もミヨちゃんのところなどを使って投資を行っている。

 レッツ成金!


 バレたら不味い完全なるマッチポンプである。

 仕方ないのだ、生きるにも金が要る。

 正しいと思うことをするにも、な。


 だがマーク・ラドラーはこの戦争で巨額を得るならば、戦争になど行っている暇はないはずである。


 あるいは、その資金を得られるだけのツテを得たのか?

 それこそ誰がマーク・ラドラーを支援するのだ。


 そこで『あり得ない』想像をする。

 俺は間違いなくレッド・ハバネロ当人ではあるが、今までゲーム設定のハバネロ公爵と俺は別人のようにも思っていた。


 この段階から例えば、マーク・ラドラーを支援していたのがハバネロ公爵だとしたら?

 バカな! 自分で自分を討つようなマネなど……。


 俺ならユリーナにとって必要ならやるかもね〜。

 それがそういうことならば、だがな。


 流石にこれは考え過ぎというものだ。

 単に俺ならそこまでやるという話なだけ。


「それで閣下はユリーナ様に帝国宰相を討つように依頼した訳ですね?」


 思考の中に割り込んできたサビナの声で俺はサビナの方に視線を向ける。


 それ以上考えていたら何か良くない考えに囚われていたかもしれない。

 サビナのおかげで俺は思考を切り替えることが出来た。


「どういうこと?

 ……あっ! 分かった! 邪教集団?」

 メラクルも言われて、サビナと同じ答えに至ったようだ。


「そういうこった。

 タチの悪いことに王国は不利であるにも関わらず、ただ勝つだけでも駄目だということだ。

 邪教集団に好き勝手されては、いつ邪神が復活するかも分からんからな」


 どっちにしても邪神は復活するんだが、それについてはまだ知る必要がない。

 なんにしてもこの国難を乗り越えないことには、そのままお陀仏だからな。


「不利って?

 さっきのあんたの言葉なら兵力は互角でしょ?

 なら不利ってほどじゃなくない?」


 メラクルはお茶を一口、それからまたビスケットに手を伸ばし、それをモッグモッグと口いっぱいに頬張る。

 ほんと自由だよな、おまえ。

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