第71話真っ直ぐ

 メラクルが俺を暗殺に来た日からのこと、俺を取り巻く状況、そして何より……パールハーバーのことを話す。


 特にメラクルが死を覚悟で俺を殺しに来たと聞いた時は、衝撃で言葉を完全に無くしていた。

 一通り話して、俺は再度口を開く。


「とりあえず、ユリーナ抱き締めて良い?」


 ユリーナとメラクルが2人同時にソファーからずり落ちる。


「ちょ!? 今、真面目な話してなかった!?」

 ユリーナがずり落ちながらも俺を問い詰めるが、俺の返事は決まっている。


「愛しい婚約者を抱き締めるのも至極真面目な話だ!

 いや! 最優先事項と言って良い!」


「「そんな訳あるかぁぁあああ!!!」」

 ユリーナとメラクルが声を揃えて叫ぶ。


 なんということだ!

 愛しい婚約者にこの想いが伝わってないなんて!


「ねえ? メラクル。

 公爵閣下の状況もそれに対する大公国との繋がりが重要なのも分かったわ。

 けれど、公爵閣下が私に、その……ご執心、なのって、何故かしら?

 前に唇奪われた時はもっと傲慢な感じだったんだけど……?」


 メラクルに耳打ちしながら、俺をチラチラと見るユリーナ。

 聞こえてるよ?

 ちょっと地味に傷付くんだが?

 ……あと『ご執心』って自分で言ってちょっと照れた顔したのが可愛かった。


「え!? この人、会った時から姫様にご執心だったわよ?

 ご執心過ぎて姫様のこと思い出して、興奮してテーブル叩き出した時は本当に気持ち悪かったわよ?

 あと唇奪われたって何!?」


 俺は遠くを見つめるように天井を見上げる。

 ……俺、気持ち悪いとか言われてるよ。


 ふと見上げた公爵邸の天井は綺麗だった。

 掃除が行き届いている。

 屋敷の人たちを後で褒めておこう。

 ついでに有能そうなら、新しい仕事にも関わってもらおう。

 公爵領は人手不足、有能な人を遊ばせて置く暇はないのだ。


「ユリーナの愛のキスで目覚めた、ただそれだけのことだ」

「いえ、ですから奪ったのは公爵閣下ですけど?

 私からした訳ではないですよね?」


 ……良いじゃん、お姫様のキスで目覚めるのは伝統なんだから。

 俺はあからさまに口をとんがらせて拗ねて見せる。


「あんた、そんなことしても可愛くないからね?」


 俺はこんなやり取りがおかしくなって、思わず軽く笑ってしまう。

 だからこそ、寂しげに微笑むに留める。


「それもそうだな、こんな事をしている暇もないしな」


 ……そうなんだよな、実際、冗談を言っている余裕はないのだ。

 本当はこんな日々が続けば良いと思う。


 だが帝国は己の正義を振りかざし近付き、王国の闇は公爵を引きずり落とそうと狙い、邪神は静かにその封印を食い破ろうとしている。

 その背後には世界が力を結集したとしても、勝てないほどの悪魔神の存在。


 時間がないのだ。

 詰んでいると言って良いほどに。

 己の悪い噂を払拭することも、己の罪を贖罪することも、愛する人に信じてもらえるまで愛を語ることさえも、全て。


 悪虐非道のハバネロ公爵のまま、この世界の悪夢と対峙するしかないのだ。

 信じてくれと言って、このハバネロ公爵の何を持って信じろと言うのか。

 それでも俺は……。


 俺が突然黙って考え込む間、2人はジッと何も言わずに待っている。

 そして、静かにユリーナは立ち上がり俺の前に来る。


「……どうした?」

 静かな黒い瞳は深く、あの日のように俺を惹きつけるので俺は思わず、どこか心の中で、それを眩しく思い目を細める。


 ユリーナはジッと俺を見下ろし、暫し。

 何故か横を向いて、はぁっと息を吐く。

 照れているのか呆れているのかほんのり赤い顔で。

 しょうがないなぁと、態度でそう表す。


 それから気合いを入れたように口を真一文字に閉じた状態で俺の隣にどかっと座り、俺の手を取る。

 ユリーナから触れて来るのは……ゲーム設定から分かるあらゆる状況を含め、ただの一度も無かった。


 ゲームでは敵だ。

 当然、そんな触れ合いなどある訳が無いのだが。


「……私は、貴方の婚約者です!」

 殊更に握る手に力を込め、言葉には気合いを入れながら彼女は言う。


 突然のそんな宣言に俺はフイを突かれ、目をパチクリさせてしまう。


「確かに私は王国貴族令嬢とは違い、貴族社会には不慣れだと思います。

 ……貴方を苦しめていた状況に思いも至らなかったのは事実です。

 それに我が大公国のパールハーバー伯爵のことも……ご迷惑掛けました」


 俺は静かに首を横に振る。

 ユリーナが謝る必要などないのだ。


「言っただろ?

 それを誘導したのは、おそらくこちらの貴族だ。

 迷惑というなら、そもそも俺自身が大公国に迷惑をかけたのだ。

 謝ることじゃない。

 ……迷惑を掛けておいて、なお愛を囁いているんだ。

 ユリーナにとってはいい迷惑だろ?」


 何も傷のない関係なら良かった、だけど、そんな関係なら俺とユリーナは婚約していない。

 王国もそして、大公国も、腹に一物抱えるが故にこの婚約は成り立っている。


 俺は、なぁんでハバネロ公爵になんてなってしまったのだろう。

 ……こんな悪虐非道の嫌われ者に。


 きっとそれは自分が自分であることを選べないことと同じ。

 人は他の人にはなれない。

 自らで生きていくしかないのだ。


 手にギュッと力を込められる。

「迷惑ではありません!」

 赤い顔で力を込めてユリーナは否定する。


 いや、ハバネロ公爵との婚約が迷惑ではないって、それはそれでちょっと問題じゃないか?


 そう思いながらもユリーナのその言葉は俺の胸に心地よく響く。

 真っ直ぐで迷いなく力強い音色の様に。


 口の端に知らずに笑みが浮かぶ。

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