第72話貴方の荷物は
ゲームでもそうだった。
真っ直ぐ背筋を伸ばし柔らかな長い黒髪を
傲慢で非道なハバネロ公爵の婚約者で、やがてその婚約者に故国を奪われる悲劇の姫。
……のはずなのに彼女はゲームではただの一度も折れない。
最後まで真っ直ぐに立ち、部隊を率いて幾多の苦難を乗り越えてやがて邪神すらも討伐するのだ。
目覚めた瞬間に見るには、そんな彼女は眩し過ぎて空白になってしまった俺の心の中、奥深くに彼女は住み着いてしまった。
それは産まれたての雛が初めて見たものを親と思う刷り込みに似ている。
その真っ直ぐな光を護りたいと思っても、不思議ではないだろ?
そんな美しい世界を汚したいと思うものは、その始まりの何処かで歪んでしまった者たちだけ。
それがパールハーバー伯爵であり、邪教集団であり、かつてのハバネロ公爵だった。
「ああ! もう!!!」
突然、ユリーナはそう言い放ち、俺を自分の方に振り向かせ。
ガバリッと抱き締めてきた。
なんとぉぉおおおおおお!?
俺は目を見開き、抱き締められたまま完全に固まる。
コレがかの有名な石化か!
いやいやいやいや。
「王国ではどうか知りませんけど!」
「あっ、はい」
俺の動揺をものともせず、ユリーナは言葉を続ける。
「私の国では夫婦は支え合うものです!」
「あっ、はい。はい?」
王国でもそうと言えば、そうだが?
支えるものが家名というだけで。
「ですから……」
ユリーナが何を言いたいのか分からず、抱き締められたまま続きを待つ。
何というかスッゲェ良い匂いがするんですが?
「貴方の荷物は、私も一緒に持って歩きます」
なんというか実感はなかったのだ。
婚約者で愛しいと思うが、俺が彼女と共に歩む未来は想像出来なかった。
思い返してみれば、その未来を望みながら何処か遠い人とさえ思っていた。
何故なら、俺は悪虐非道で嫌われ者のハバネロ公爵でゲームでも敵として対峙し、そこで全て終わる。
「……夫婦ってそういうものなのか?」
「そうよ?」
抱き締めた身体を離し、俺の手を両手で取り、何を当然のことを? そう言いたげにユリーナはキョトンとする。
国が変われば常識もまた変わる。
立場が変わっても常識は変わる。
例えば庶民であれば悪いことをすれば謝るのが当然だが、貴族や王族が迂闊に謝れば、それはつけ入れられる隙となる。
強者としての立場を虚勢であろうとも示さねば喰らい尽くされる、そういう世界だ。
だから俺はかつての街を燃やした惨劇も謝ることは出来ないし許されない立場である。
罪を認めることは、同時にその街で秩序を守るために戦った者を
お前たちは俺の
そんな風に夫婦、いや、結婚の在り方そのものが、如いては家族というものの在り方がユリーナが言うものとはとは違う。
繰り返しになるが、王国では家名を守るのが第一で、相手を支え合うものではない。
時に家名のためなら家族すらも道具としてでも使い捨て、貴族社会に貢献するのもまた正しいのだと考える。
「それに貴方のお父様とお母様も、そんな風に支え合っているように見えたよ?」
「俺、の……?」
ユリーナはそうよ、と。
俺の記憶にない。
家族のこと。
そもそも、ユリーナは俺の両親に会ったことがあるというのか?
あるのだろう、おそらく俺は子供の時に両親に連れられ大公国に行ったのだろう。
どんな人たち、だったのだろう。
「覚えてないんだ。ユリーナと会った日より前のことは、もう記憶には残っていない」
記憶ではなく、設定としてだけ残して。
何度も思わずにはいられない。
俺のこの記憶はなんなのだ。
俺の頭にあるこの『ゲーム設定』とはなんだ。
俺はハバネロ公爵ではないのか?
いいや、ハバネロ公爵のはずだ。
そこでユリーナが俺を優しく抱き締める。
「なぁんだか……、初めて貴方に触れた気がするなぁ」
苦笑混じりに彼女はそう言った。
そうか、俺は初めてユリーナに……婚約者の心に触れ合うことが出来たのだな。
ゲームの時も含めて、きっと初めて。
俺からもユリーナを抱き締め返す。
「ユリーナ」
「ん〜、なんですか?」
ユリーナは子供をあやすように俺の背を軽くぽんぽんと叩いている。
「押し倒して良い?」
「ひょえ!?」
ユリーナが手をジタバタとしだす。
「ええい! 安心されよ!
優しくするし、責任もちゃんと取る!
ご安心されよ!」
「ひょえぇぇぇ!?」
そう動揺しながらも、というか動揺し過ぎて突き放したり出来ない真っ赤な顔してテンパっている可愛いらし過ぎるユリーナをゆっくり押し倒して……。
ゴンッと俺の後頭部から音が。
「ななななな、ナニやってんのよ!?
いきなり姫様襲うんじゃないわよ!!」
後頭部を押さえながら振り返ると鬼の形相をした駄メイドメラクル。
「何だ居たのか」
「最初っから居たでしょうがぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!」
メラクルが絶叫する。
うるさいなぁ……、そういえば居たね!
ユリーナで頭いっぱいになって忘れてた。
「ううう……、私の扱いが酷すぎる!」
まあ、駄メイドだしね!
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