第114話戦略的撤退、退却にあらず

 王太子に肩を貸しながら、俺たちは後退を開始した。


 え? 反撃はどうしたって?

 戦略的撤退も作戦だよ!


「どこまで行くのだ?」

「渓谷に入ります。

 そこなら多数は逆に身動きが取れず、少数が有利となります。

 総大将の王太子殿下と公爵が一緒です。

 奴らは条件が悪くても追って来るしかありません」


 付いて来ている兵は1000程度。

 ガラント将軍が殿を指揮して、後方の帝国兵を食い止めながら。


 ガラント将軍は不屈のガラントと呼ばれる王国でも数少ない猛将だ。


 それでも数の猛威、ましてや撤退戦は分が悪い。

 基本的に撤退戦は後ろから斬りかかられているようなものだから当然だ。


 ゲーム設定でも、特に活躍することもなく王太子と共に戦死している。

 彼は子供の頃から王太子殿下の側近の1人で、王太子殿下に限らず高位貴族には大体、側近になる貴族があてがわれ友として一緒に育つ。


 お気付きの通り、ハバネロ公爵にはその側近が居ない。

 サビナは護衛の1人に過ぎないし、アルク、コウ、カリー、エルウィンも平民出で本来、側近となる道はない。


 全て覚醒後に俺が見出したに過ぎない。

 その本来居るべき側近が何故居ないのか、セバスチャンや他の人に聞くとどうやら元々居ないらしい。


 もしも居れば、ゲーム設定のハバネロ公爵はあんなことにはならなかったかもしれないし、今の俺が悪虐非道の風評に悩まされることもなかったかもしれない。


 そうなる前に貴族の側近によるなんらかのフォローがあったであろうからだ。

 内政面やその他諸々とは違い、政治面についてはやはり支配層の貴族という種族は強いのだ。


 たま〜に、支えるべき主と共にアホな真似をする側近も居るが、そんなのは側近としては失格である。


 そのたま〜にの例が第2王子ガストルと第4王子マボーの側近である。


 側近自身も侯爵や騎士団長の息子とか高位貴族であるので、それに支える側近も居るが軒並み主の暴走を止めようとしない。


 アホと一緒にアホな真似をしてどうしようというのだ?


 そのアホはとりあえず置いておいて現在の戦場だが、ゲーム設定によれば指揮するのは帝国最強剣士ロルフレットである。


 若手ではあるが指揮の才能がすでに開花しており、更には補佐には老練なバリウム将軍という名将が控えている。


 事前に掴んだ情報ではロルフレットはバリウム将軍のアドバイスをよく聞き、おごれることなくこの戦場でも更に成長中だという。


 どっかの第2第4王子に聞かせてあげたい……獅子身中の虫だからやっぱり聞かなくていい、消えてくれ。


 そんな有望な指揮官や名将を軒並のきなみ壊滅させているから、ゲーム設定のハバネロ公爵のえげつなさが分かるというもの。


 ハバネロ公爵って、やっぱり俺と別人なのかなぁ?

 流石にそこまでの軍略に自信はない。

 おっと、今考えることではないな。


 王太子殿下の左腕は簡単な治療は行なったが、無理は効かない。

 逃げるにも全力疾走とはいかないが、速度を落として帝国兵に飲み込まれたら一巻のおしまいだ。


 足止めが成功したとしても、帝国は3000は来るだろう。

 なんと言ってもこれで2人の首が取れれば決着が付くのだから。


 王太子殿下はハハッと何故か笑う。

「……お主は俺を見捨てると思っていた。

 なのに命賭けで救出に来るとはな」


 俺は返事を返せない。

 貴族ならば表面上、そのような事をするはずがありません、と取り繕わなければ。

 だけど、それがどうしても口に出来ない。


 王太子殿下は告げるのだ。

 そうでなくば、あのような物は託さないと。


 王太子を犠牲にしてでも、護れと。

 この国を。

 自らの護りたいものを。


「誤解するなよ?

 おまえが多くの風評通りに暴虐非道だと言っている訳ではない。


 権力の集まる場所には、いずれにせよそれらと無関係ではいられん。


 仮に王国が負ければ、我らは民を苦しめた悪の巣窟として歴史の1ページに語り継がれる事だろうよ」


 だから気にするな。

 王太子殿下はそう言っているのだ。

 ……俺が気にしているとでも。


 気にしてます。

 超気にしてます。


「恨まれることも、負ける戦で総大将として退くことが出来ないこともまたノブレスオブリージュ、持つ者の責務だ」


 それは王太子殿下の王族としての覚悟。

 ああ、この人が最初から王ならばと思わずにはいられない。


 軍閥派と貴族派の対立はあり、王族として匙加減の難しい状況ではあった。

 だがゲーム設定の時も、今回も、事前に帝国が攻めてくる可能性は示唆されていた。


 だが碌な対策も行われなかった。

 国家の一大事だ。

 その時ばかりは両派閥も手を取り合えたのではないか?

 王が決断していれば。


 結論で言えば、王は日和見ひよりみを決め込んだ。

 明らかな不敬ではあるものの、大戦を前にして優柔不断に言われるがままに軍閥派の好きなようにさせていた。


 王は無能という訳ではない。

 さしたる成果は挙げずとも体制は維持し続けた。


 明確にそうだとは言わないが、王は遅くに出来た第4王子マボーを可愛がっていたことも世代交代が行われなかった理由の一つ。


 もしかしたら、王太子殿下を廃嫡して第4王子を次代の王に、などという心もあったのかもしれないなどと囁かれたりもする。


 だから率先して有力な後ろ盾を持つ妃候補として、聖女を当てがうつもりだったのかもしれない。

 それとも大公国を王国直轄地にする狙いでユリーナを。


 そのどちらもちょっとしたタイミングのズレで叶わなかったわけだが。


 いずれにせよ、長男である王太子殿下が立太子しているので、流石にそれは噂にしか過ぎないがそうなっていたら王国は間違いなく滅びた。


 俺も率先して滅ぼそうとしたかもしれない。

 自らを犠牲にしてでも。

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