第115話発動

 ガラント将軍の献身もあって、王太子殿下と俺たちは何とか渓谷の中にたどり着けた。


 ガラント将軍は追い付いてこない。

 どうなったのかは分からないし、引き返し確認する余裕もあるはずもない。


「公爵よ、これからどうするのだ?」

 王太子殿下の息も荒い。

 興奮している訳ではなくて、当然疲労から。

 もしくは怪我が思わしくないのか。


「渓谷の上に兵を控えさせております。

 我らを囮に敵が突出して来たところを、落石により分断させます」

「……そうか」


 王太子殿下がこの策をどう思ったかは分からない。

 納得したのか、それ以上、返事をするのが辛いだけなのか。

 苦渋の表情から見れば後者だろう。


「ご心配には及びません。

 相手は策にハマるでしょう。

 何せ極上の餌を目の前にしているのですから」


 次期王の首である。

 その首を取り勝利を収めれば、帝国は適当な王子もしくは王女に配偶者をあてがい、そのまま王国を吸収するだろう。


 国を奪う常套手段だ。

 同時に大公国のユリーナにも。


 考えただけで暗い炎が俺の心の中に渦巻く。


 渡すものか。

 全てを惨殺してでも。


 暗い暗い炎。

 ゲーム設定のハバネロ公爵が、俺のようにこの大戦の行く末を知っていたらどうしただろう?

 世界の破滅を回避するために別の手を打っただろうか?


 ……それとも、やはり同じようにアルクたちを道連れに帝国兵1万を殲滅しただろうか?


 歴史に『もしも』がないように無意味な問いかけだ。


 いずれにせよ、もうさいは投げられたのだ。

 ここで敗れて悔やもうが時間は戻らないし、やり直しなどない。


 選ぶしかないのだ。

 そして選んだのならば、振り返らないことだ。


「閣下!

 敵軍、仕掛けのポイントを通過!」

 おお、伝令のカルマン君、生きていて何よりだ。


 そこに別の伝令が走り寄る。

「伝令!

 渓谷の上に配置した兵のところに帝国兵が!

 どうやら渓谷突入時に帝国軍が部隊を回していた模様!

 数、両サイドに500ずつ!」


 あ〜れまあ、楽には勝たせてもらうなんて甘いことは考えてなかったけど。


「殿下! ご無事で。」

 ガラント将軍の率いていた一団が戻って来た。

 トーマスも一緒だ。

 流石にガタガタと震えてはいない。


「ぼ、僕は生きて帰ったらクレメンスさんにプロポーズするんだ……」

 おい、やめろ。

 わざわざフラグ立てるな。


「追い込められたな……」

 ガラント将軍が険しい表情でそう言ったの。

 満身創痍といった感じだが、歴戦の将軍は折れる様子はない。

 頼もしい限りだ。


 渓谷の上に配置した兵は各200。

 まともに戦えば蹴散らされる上に、渓谷の上から罠を発動させるのを邪魔をされることになる。


 ゲーム設定との差異を確認するために、事前に帝国軍の情報を再確認はしてある。


 やはり現在、俺たちを追っている帝国兵およそ3000を率いるのは、軍団長としてロルフレット、副官として若い彼を支えるのは老練な名将バリウム・グレンダー。


 コウたちが分断している後方に、総大将のゴンドルフ・ゼノン皇帝が本陣として構えているはずだ。


 ロルフレットたち帝国軍は両サイドに各500が渓谷を登り伏兵に備え、正面から迫り俺たちに相対するのは2000となる。

 俺たちは1000、帝国軍が兵を分けても、およそ2倍の兵が相手となる。


 いずれも相手よりも多い人数で当たる定跡をキッチリ守っている隙の無い老練な名将らしい采配だ。


「追い詰められましたね」


 だが、そこで俺はニヤリと笑う。

 それこそが俺の狙いだ。


 数は2倍で、勢いも向こうが上。

 帝国最強ロルフレットが居ても、だ。


「お主、人が悪い笑みをまた浮かべておるぞ……?」

 ほっとけ!とは王太子殿下には流石に言えない。


「いえいえ、向こうはこの瞬間。

 勝った、と思っていることでしょう。

 それを覆すとなれば、それはもう」


 人が悪いとは自分でも思わなくもない。

 これぐらいは許してもらいたいものだ。

 相手がもう少し無能だった方がキツかっただろう。


 名将の性格をつく。

 有能であれば、あるほど今回の策は効果を成す。


 俺は金属片を取り出し、伏兵として渓谷の上に潜ませていたカリーに通信を送る。


 もちろん、カリーたちは両サイド各500もの帝国兵に襲われている最中で苦戦を強いられているため、本来ならそこから渓谷の下の相手に構っている暇はない。


 無理して上から岩や木を落としたとしても散発的になり、大軍に効果は得られない。

 だが……。


『やれ』

『はっ! 了解です』


 カリーからその返事が返ってくると同時。

 迫る敵軍の中央部にある両サイドの岩壁が、激しい破砕音と共に一斉に崩れる。


 崩れ落ちた岩壁は幾つもの大きな岩となり、その下を進軍していた帝国兵を押し潰す。


 いかに魔導力を持つ兵とは言え、人以上の大きさの岩をいくつも落とされてはたまらない。


「このような策をいつの間に……。

 しかもあの岩壁をどのようにして崩したというのだ?」

 ガラント将軍が呆然と呟く。


 そりゃぁもう、せっせっせと、、、俺は命令しただけだけど。

 大人数で出来ないから、隠れてたカリーたちだけでせっせっせと。

 秘蔵の品を土に埋め込み完成。


 歴戦の勇将が呆然と呟くほどなら、効果のほどは十分だな。

 その切り札が効果を表したかどうかは結果が物語る。


 土煙が上がり、帝国軍の様子はまだはっきりとは見えない。


 上手くタイミングと位置を誘導出来たのか、カリーの方に向かっていた帝国兵も崖崩れに巻き込んだと報告が来た。


 だが混乱の声を上げる帝国軍という情報だけでは偽装の可能性もある。


 さりとて、こちらの反応が遅れて強襲すべきタイミングを逃し、帝国軍に態勢を整えられては元も子もない。

 俺はジッと目を凝らし、その瞬間を逃さぬよう待つ。


 土煙が少しだけ晴れ、相手方の混乱がはっきりと見えた。

 策は成った。

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