第209話回想①-ハバネロが眠るあの日
ハバネロが目覚める前。
大公国を我がものにしようとしたパールハーバーとガーラント公爵との戦いはどうにか終わった。
だけど、ハバネロの身体は限界を迎え深い眠りに落ちてしまった、あの後のこと。
私メラクル・バルリットもしくはメラクル・ハーグナーは大公国の城で、姫様……とハバネロの側付きメイド(仮)をしていた。
……まあ、勝手にやってんだけど。
実際、私は今どこ所属なのでしょう?
誰か教えてプリーズ。
ハバネロからは暗殺未遂の際に、お前メイドな、と言われた時からメイドな気もするし。
流石にメイドが戦場で聖騎士なんてしないだろうし、そもそも私は聖騎士辞めた気もないし……。
そのハバネロだけど。
昏睡状態ではあったけれど生きていた。
私もハバネロが目を覚さなくなって、『死んだ!!』と思ったけど、目覚めないだけで生きてた。
「あれ?
死んだんじゃないの?」
そう言ってしまった時は、その場に居る全員からなんとも微妙な表情で見られた。
死んでなくて良かったと心の底から思ってるよ!
ほんとだよ!!
そんな訳で寝ているハバネロのお世話をするために扉を開けると、姫様が眠るハバネロにキスをしていた。
メイドは見た!
……なので私はそっと扉を閉めた。
そうは言っても、寝ているハバネロの身体を拭くために来た訳で、このまま帰るという訳にも。
お茶やハバネロを拭くための水を乗せたカートを持ったまま部屋に入るべきか、悩んでちろっと横を向くと。
護衛っぽく壁にもたれかかっている黒騎士とその隣にいるミヨちゃんに不思議そうな顔をされた。
なので、なんでもないような顔で静かに素早くさりげなく部屋に入り扉を閉めた。
「メメメメ、メラクル。
レレレ、レッドの身体を拭きに来たのね!」
姫様が先程のことは何もなかったかのようにビシッと背筋を真っ直ぐにして、椅子に腰掛け真っ赤な顔でそう言った。
誤魔化しているつもりなのだろうかとジーッと姫様を真っ直ぐに見るとプルプル震え出した。
おー、姫様のこんな感じはハバネロに抱き締められてた時ぐらいだ。
それから私は寝ているハバネロに顔を向ける。
「……ほんと寝てるだけみたい」
小さいけれど、一定のリズムで呼吸が繰り返される。
あの時、本当に死んだと思った。
生きてはいる。
けれど目覚めない。
大公国で1番の名医から言わせると何故目覚めないのか分からないそうだ。
私は少し顔を伏せながら、ポケットからビスケットを取り出す。
……そして、歌い出す。
ポンコツ〜ポンコツ〜、そう呼ぶのは誰?
そう、眠りについた眠り姫ならぬ眠り公爵のーハバネロ〜♪
ツッコミを入れる人が居ないので自分でツッコミ。
「誰がポンコツよ」
それでも待つわー、ビスケットかじりながら〜♪
歌い終わったら、手に持ったビスケットをバリバリ。
「あっ、やばっ、カスがハバネロの顔に落ちた」
慌ててカスをハバネロの顔から払う。
払いながら残りのビスケットを口に入れてモグモグゴックン。
とっとと起きなさいよ〜ねぼすけー♩
……歌っておいてなんだけど、私に詩のセンスは全くないことは確かなようだ。
以前にもハバネロに指摘されたことを思い出す。
「ねえ? メラクル。
この歌を聴いて私はどう反応すれば良い?笑えば良い?
イエ、怒る一択で良いわよね?
あと、相変わらず歌声は綺麗よね?」
青筋すら浮かべている姫様に流石に私も冷や汗タラリ。
「笑う一択でお願いします」
それから私は水に浸して、今度はちゃんと絞った布でハバネロを拭き始める。
数日前にハバネロを拭こうとした時、水を絞らずに布でビチャっとハバネロを濡らした時は、姫様に3時間お説教コースだった。
ハバネロが起きてた時はいつも絞ってなかったので、そのクセが……。
「……心なしか、こいつも顔色が良い気がするわ。
姫様のキスのおかげね」
それを言うと姫様は椅子の上でモジモジする。
その手には指輪が嵌まっている。
これはハバネロが眠った後、皆で話し合って姫様を婚約者から公爵夫人として扱うことにしたためだ。
無論、偽装だ。
だけど、そうでもしておかないと、大公国もあんなことになった上にハバネロ自身が眠ってしまい、婚約者としての立場も曖昧になった姫様に要らぬ縁談が舞い込んでくる可能性があるからだ。
一度、提案が出てしまうと後ろ盾がはっきりしない状況では、気持ちがどれほど拒絶しても姫様では断る選択肢がなくなってしまうからだ。
んで、その可能性がある事をハバネロから聞かされていたアルクが姫様に説明すると、姫様はとても綺麗な笑顔でにっこり。
『その時はレッドと一緒に破滅の道を歩みますね!』
とーっても素敵な笑顔で断言した。
破滅することになろうが、他の男の元に行く可能性などカケラもあり得ねぇ!!!
そう断言したのだ。
だから全員がその瞬間に思った。
ああ、こりゃだめだ。
その男前な言葉は、実に姫様らしいと私は思った。
そんなわけで、そもそもハバネロに嫁入りしておけば、流石に公爵本人が眠り続けているとは言っても、その夫人を本人の意思無視で強硬に奪うことは不可能だろう。
大公国三大臣の1人レイリア様が額にシワを寄せながら苦し紛れのようにそんな提案が出たので、公爵家のメンバー含め満場一致でこの偽装を突き通すことに決定した。
こういう貴族社会というか、権力社会のややこしい話は私たち末端ではなかなか思い付かないところだ。
裏切りをした者はメラクルキックで成敗する予定だ。
「……王子のキスで目覚めるのは古典物語の定番なのにね。
逆はダメみたいね」
ずーんと姫様は肩を落とす。
ヤバい、地雷踏んだ……。
私はタラリと冷や汗をかく。
ハバネロが眠りについてすぐ泣きながら2人でいっぱい話をした。
そんでもって私は悟った……。
ヤバい、姫様はクーデル並にヤンデレだ。
油断するとハバネロの後を追って自分も眠りにつこうとしかねない、とっても危険なヤンデレ大公女だったのだぁぁああああ!!!
私も大概なつもりだったけど、姫様も大概だった!
これぞユリーナ姫の真の実力かぁぁあああああ!!!!!
まあ、あれよ、なんだかんだ言ってハバネロの気持ちも分かるよ?
何と言うの? 月の魔力、みたいな?
人を心の奥底で惹きつけて離さないみたいな?
……きっと私たち2人はとてもよく似ている。
思い込んだら真っ直ぐで譲らないし頑固だし。
姫様もちょっとポンコツなところあるし。
姫様がどう思ってるのか、本当のところは分からないけれど。
私は軽くハバネロの額をぺちぺちと叩く。
あの日のように冷たくはないが、温かいと言うほどの体温もない。
「……早く起きなさいよ、寝ぼすけ。
姫様悲しませたら世界を救ってくれるんじゃないの?」
ハバネロは目覚めない。
生きているのを確認したくて、その口元の小さな息遣いをじっと眺める。
「……メラクル。
メラクルもレッドにキスしておく?」
グハァアアアア!
私は心の中で激しく血反吐を吐いた。
様々な心の葛藤の後、私は絞り出すように言う。
「……さ、流石にそれはちょっと。
大体、それって姫様はいいの!?」
興味はある、ものすごっく興味はあるけれど!!
「まあ……、メラクルだし」
いや、それってほんと、どういう意味!?
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