第208話分からせる

 エルウィンは部下がいる間は隊長っぽくキリリとしていたが、居なくなってなった途端……。


 早く言って下さいよーと訴えながら、椅子にへたり込む。

 言っても納得しなかっただろうが!


 メラクルもひとまず落ち着きを見せて、聖女シーアと無表情で茶をズズズと飲んでいる。


 どんな状況?


 すぐにエルウィンは気を取り直し、椅子に真っ直ぐと座り直す。


 混乱しても素早く立て直す早さはさぞや優れた師匠に鍛えられたか、あるいはそれほどの場数をこなしたか……。


 俺は無表情のメラクルに視線を向ける。

 ……場数の方だな。


「閣下、何故ユリーナ様にお会いにならないと?」

 エルウィンが落ち着くを取り戻し、何よりも先に確認したのはそれだった。


 先程も感じた違和感だが、エルウィンにとってそれが最優先事項ということなのだろう。


 それは俺がユリーナに執着していることは知っていたからなのか?


 いいや、眠りにつく前はそんな疑問を投げかけたりはしなかった。

 どこかユリーナの方に配慮するような響きがあるのは気のせいか。


「会わないとは言ってない。

 このポンコツが勝手に勘違いしただけだ」

「なんだ、犯人はメラクルさんですか。

 じゃあ仕方ありませんね」


 メラクルだから仕方がない。

 もはや公爵家では合言葉となりつつある。

 ほんと今更だけど、存在感すげぇ……。


 知ってるか、メラクルって元々大公国の聖騎士の1人で、王国の公爵家にはえんもゆかりもなかったんだぜ?


 チラッとメラクルを見る。


「何よ、私は犯人じゃないわよ!

 犯人だと言うなら証拠を出しなさいよ、証拠を!

 こちらには複数の証言があるのよ!」


 犯人の常套句を吐きながら、ポケットからビスケットを取り出しモグモグ。

「あ、メラクルさん。私にも」


 聖女シーアもビスケットをもらい、2人でバリバリ、お茶をズズズ……。

 はぁ〜、と息を吐いている。


「会わないとは言ってない。

 直接は会わないと言ってるんだ」


「直接?

 会うのに直接とか間接とかあるの?」


 聖女シーアと一緒に、直接、間接、関節カンセツとリズムよく言い合っている。


 ポンコツポンコツ〜と言い合ってる気がするのは俺が疲れているのかもしれない。


「ハバネロ公爵としては会えないだろ?

 それだけじゃなく、が城にいるユリーナを訪問するのもあまり良くない。

 だから、どこかで偶然を装って接触するか……城に忍び込むか、だ」


「あん時、姫さんが通った抜け道から城に潜入するってか?」


 俺は頷く。

 当然、城を出る時まで俺がそこに居た痕跡は残さないようにしなければならない。


「何よ〜、そうならそうと始めから言いなさいよー」

 ウリウリと俺を指で突つき出す。


「お前、酔ってる?

 あ、そうか。

 初めからお前こんなんだった……かなぁ〜?」


 改めて思うと最初から酷かったが、なんだかこの旅を続けるごとに、さらに態度がくだけていっている気がする。


 そこに聖女シーアが俺の疑念にズバリと答えを出してくれる。


「メラクルさん。

 公爵さんへの甘えが強くなっていってますねぇ〜」

 ニコニコしながらズズズと茶を飲む。

 お茶好きね。


「あ、そうか。

 甘えてたのか」


 俺は腑に落ちたとばかりにメラクルを見ると、メラクルはこれ以上ないほどに顔を赤くし手をバタバタ振り始めた。


「ちちち、違うわよ!?

 このエロ唐辛子!?

 私は甘くないわよ!

 からいからね!

 激辛よ!!」


 味のことじゃねぇよ。


 そんな空気の中、慣れたように何かを思案していたエルウィンは何気なく尋ねてきた。


「……ですが、城に入るならなおのこと、ユリーナ様に連絡しておいた方が良くないですか?」


「あ〜あ〜、言いやがった」

 黒騎士がエルウィンの言葉にそう答える。


「言ってしまいましたねぇ〜」

 聖女シーアも困ったようにニコニコ。


「え、何? どういうこと?」

 1人だけ状況が分かっていないメラクル。


「え? あっ……!」

 俺が苦虫を噛み潰したように渋面な顔を作ると、エルウィンは遅まきながら言ってはいけないことを言ったと気付いたらしい。


 そうだ。


 初めから言ってはいけない理由などない。

 むしろ、ユリーナは公爵家の代表として動いてくれている。


 ……言わなければいけないのだ。


 憎しみの目が向けられることを知りながら。

 大公国を祖国を父を、その崩壊にトドメを刺した俺に。


 形だけの婚約者。

 それが形さえも保てなくなることを覚悟して伝えなければならないのだ。


 ユリーナのかたきはここに居る、と。


 そうして義務だけの関係は終わり、ユリーナは今度こそ、俺と会うことはなくなるかもしれない。

 それも仕方がないことだ。


 そう覚悟するには執着が過ぎた。


 俺はこのままユリーナに会えば、何もかもぶち壊してでもユリーナを奪うだろう。


 その瞳が憎しみに染まっていようと構わないと、心を踏みにじってもユリーナを手に入れるだろう。


 それが何よりも怖い。


 黒騎士は諦めたように手を頭の後ろで組む。

「俺からしてみれば、結局は大将と姫さんのお互いの問題だからなぁ〜……」

「介入して良いのは1人だけ、でしょうかね」


 ここに至り、最後まで状況を理解出来ていなかったポンコツが答えに辿り着き、目を丸くする。


 怒られるだろうなぁ〜と。

 俺は人ごとのように思う。


 ……いいや、今度こそ呆れられるか?


 それならそれまで、だ。

 我がままで自虐的で……我がことながらクソみたいな気持ちになるし、クソダセぇ。


 認めたくないが……ほんっとうに認めたくないが、それが俺自身だ。


 俺の道は破滅の道だ。


 最悪の事態は脱したが、それもここからの立ち回り次第。


 それを無事、打ち砕いたとしても俺がハバネロ公爵家を維持するためとはいえ、人々にやらかした罪はずっと背負っていくものだ。


 俺の中にゲーム設定のハバネロ公爵の最期が浮かび上がる。


 ……あんなふうにあっさり終われたら、楽なんだがな。

 それでも人は生きていかなくちゃいけない。


 どんなに辛くとも、だ。


 メラクルは俺の胸ぐらを掴むが、スパッとそれを振り払う。


「離せよ」


 こいつになら殴られても良いかと思うが、これもハバネロ公爵としての俺の意地だ。


 だが手を振り払った次の瞬間に、メラクルは俺にしがみ付くように抱きついた。


「なっ!?」

 力強く強引な抱きつきなら俺もすぐに振り払えた。

 なのにそれは優しく包み込むような抱きしめ方で。


 俺が動揺した隙を逃すことなく、メラクルは……口を重ねてきた。


 もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ……。


 その勢いのままに椅子から転げ落ち、俺に馬乗りになりながらももっきゅもっきゅと。


 頭は真っ白。

 柔らかいというか、頭の中への刺激が強過ぎる!

 長ぇえよ、見られてんぞ!


 思考しない頭の中で、そんなことを考えながらも突き放したりは出来なかった。


 ようやくメラクルは俺を解放する。


 とろんとした目と濡れた唇が扇状的で、どうしようもないほど心臓がバクバクと跳ねる。


「あんたが何考えてるか分かんなかったから。

 素直に思ってること言わないし、聞くよりこうした方が早いと思って」


 だからって……、そりゃまあ、本音はそうそう言わない自覚はあるが。

 メラクルは俺の考えを読むためだろう、真っ直ぐと俺の目を射抜く。


「ふーん。

 言われてみれば、ダサいわね」


 言ってねぇよ!

 お前が勝手に心を読んでるんだよ!!


「……でも、今更ね。

 それでもあんたが良いって言ってんのよ」


 メラクルはわざわざこれ見よがしに懐から通信の金属片を取り出す。


「あ、もしもし。姫様ー?」

 何度も言うが、通信は言葉にしなくて良い。


 いつもはクセみたいなものだろうが、今度は違う。

 明らかに俺に聞かせている。


「なんで通信が届くところにって?

 帰って来てるのよ、大公国。

 もちろん……ハバネロも一緒よ。

 そう……うん……。

 エルウィンの詰め所のところ、うん……。


 それでハバネロが分からず屋だから、ちょっと分からせに来てよ、……で。

 いいから、いいから。

 急いでね、待ってるよ!!」


 メラクルは言うだけ言って、ユリーナが何かを言うのも構わず通信を一方的に切ったのだろう。

 通信の金属片を懐に戻し、周りを気にかける様子も見せず、馬乗りのままニヤッと妖艶に笑う。


 それから逃さぬように俺の胸ぐらを掴み……再度、口を重ねてきた。

 味わうように。


 もきゅもきゅ。


 口を離し、メラクルは自分の口元をペロリと舐める。


「……今から姫様があんたを分からせに来る。

 覚悟しろよ、この愛しいクソ唐辛子」


 そう言って、今度は唇を重ねた。

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