第207話人を信じる心

「私じゃない……、あれは私じゃない」

 メラクルは俺の服をめくり、頭だけ突っ込んでぶつぶつとそんな言葉を繰り返す。


 どこに隠れてるんだよ!


 生温〜い視線を受けながら俺はこの状況を耐える。

 一応、このポンコツを巻き込んでしまった自覚があるだけに。


 生温い視線を向けながら、ここでエルウィンが口を開く。


「……しかし、やはり閣下ご本人とは言い切れませんね。

 閣下ならば万難を廃し、如何なる犠牲も気に掛けることなくユリーナ様の元へ脇目も振らず走り抜けるはず……。

 やはり影武者でメラクルさんの隠し愛人では?」


「エルウィン、お前給料3割カットな?」


 誰が隠し愛人だ。

 本気にしてなさそうに未だ思案するエルウィンのために、俺は証拠を示すことにした。

 俺について来ている連絡員に通信を行う。


『エルウィンの給料3割カットで』


『酷い! 新婚で孤児を養っているエルウィンさんになんて鬼の所業!!

 鬼! 悪魔! 公爵様! 極悪非道!!』


『うるせぇ! お前も給料3割カットするぞ!』


 さらっと公爵を鬼や悪魔と同列にするんじゃねぇ!

 ……簡単に否定も出来ないのが辛いところだが。


 それにフリだけだ。

 後でちゃんと戻す上に孤児を養ってるんだ、支援金も手配する。


 エルウィンは公爵家からの支援を受けることなく孤児を養っているが、新しく用意した孤児支援金と教育への支援を受けてもらう。


 これはこれから増えるであろう孤児への対策の一環でもある。

 そのためのテストケースと言えばエルウィンも断れまい。


『ひぃえー! 私のお給料だけはお赦しを!

 すみません、エルウィンさん。

 イケメンですけど既婚者のあなたに私が出来ることはこれぐらいです!

 イケメンの独身ならもう少し頑張ったのですが……』


 なんだか随分、ポンコツ風味漂う通信員だな。


 この通信員は公爵家の密偵の1人で、その人員にはかつて俺が燃やしたウバールの街の生き残りを優先的に配置している。


 その筆頭はセレーヌという黒髪の女性である。

 そのセレーヌは王都では状況の把握のため、メラクルのお付きの侍女として控えていた。

 ……メラクルは気付いていないかっただろうが。


 密偵とは情報を扱う最重要機関だ。

 同じ密偵でも黒騎士たちは護衛と悪魔神絡みの情報を、セレーヌたちには外交や公爵内部の情報を任せている。


 情報の中枢にハバネロ公爵に恨みを持つであろう人物たちを配置。

 我ながら無謀も良いところだ。


 たまたまその生き残りの彼女らが一際優秀で人として信用に値する人物たちだったこともあるが、それよりも……。


 公爵家の心臓部を任せることで、俺が間違えた時はいつでも止められるという監視の意味の方が強い。


 メラクルなんかに知られると、またなんであんたはそんななのよ、と怒られてしまうかもしれない。

 ……いや、泣くかな。


 そうは言っても、統括にはセバスチャンなどの最も信用している者たちを配置しているので、即破滅するようなことはないと思う。


 セバスチャンからもセレーヌたちが裏切ることはないだろうというお墨付きもある。


 悪逆非道のハバネロ公爵と分かりながら裏切ることがないとは、それはそれで不思議でもあるのだが……。


 通信を切って、少しして……。

「そ、総隊長!

 今、公爵府から連絡で……」


 エルウィンの部下らしき茶髪の真面目そうな兄ちゃんが飛び込んでくる。

 それにエルウィンが隊長らしい声で堂々と何事か尋ねる。


 しかし、隊長どころか、総隊長か。

 エルウィン、出世したなぁ〜。


 大公国側の兵の取りまとめの地位だろうか。

 それでも日頃から街を見回っているのかもしれない。


 ところで、エルウィンの部下は茶髪で集まっているのだろうかとどうでも良いことを思う。


 普段ならそんなことを口に出してしまうメラクルは俺の服から抜け出したが、今度は意味もなくアワアワしている。


 あ、また叫び出した。

 その内、床を転がりそうだ。


 周りに配慮してかどうかは分からないが、声量は抑えめにしてるようだ。

 実はちょっと冷静なのか!?


「総隊長の給料が3割カットです!

 すぐ伝えろと上から」


「なん、だと……」

 エルウィンが呆然としながら俺を凝視する。


「貴様……いや、あなたは何を……」

 そこでハッとするようにエルウィンは懐に手をやる。

 おそらくそこに通信の金属片があるのだろう。


「もしもし……」

 そう言いながら誰かと通信を始める。

 改めて言うが、通信は口に出す必要はない。

 なのに、何故かわざわざ呼びかけのために口に出してしまうヤツが多数。


 それは間違いなく、謎の叫びを今もあげるポンコツのせいだと思われる。


 なお、黒騎士はニヤニヤと俺を眺め、聖女シーアは飛び込んできたエルウィンの部下にお茶のお代わりをもらっている。

 全員、神経図太いな……。


「え!? そんな! コウ先輩!!

 待って下さい!!」


 分かりやすく通信が終わった。

 何度も言う。

 口に出す必要はない。


 待ってる側は分かりやすくて良いんだが。


「……あ、あなた様はどなたでしょう?」


 まだエルウィンの部下が居るから完全にバラすわけにはいかない。


「自己紹介が遅れたな。

 俺は赤騎士リューク。

 よろしくな」

 ニヤリといつもの笑い。


 どうしても悪人笑いになるので、エルウィンがそれを見て少し引いた。


 声をあげなかったのは褒めてもいいぐらいに引きつった顔で、エルウィンは俺を見て……何故かメラクルを見る。


 なんでやねん。


 エルウィンも赤騎士状態の俺と居たから、こう名乗れば分かるだろう。

 あ、そもそも見た目はそっくりと言っていたな。


「伝達ご苦労。

 理解したから下がってくれ」

「ハッ!」

 そう言ってエルウィンは部下を下がらせる。


 部下が詰め所の部屋から出てしばし……いつのまにかメラクルも叫びをやめて、無音の時間が流れる。


 そして……。


「かかか、閣下!!!

 ご無事で何よりです!!!」

 エルウィンは感極まったような……フリで立ち上がり直立不動で俺に敬礼した。


 ああ、うん……。

 あんまり無理しなくて、いいよ?

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