第210話回想②それでも続く明日のために

 私が悶え悶えて、ついに床を転げ回っていると部屋がノックされた。


 あ、そういえば。

 さっき姫様がハバネロにキスしてた時、私は部屋をノックしなかった。


 だからかぁ〜、姫様は侵入者(私)の存在に気付かずにキスしちゃったのかぁ〜。


 てへっと心の中で舌を出しながら、冷静になった私は立ち上がる。

 その間に姫様がノックの主に、どうぞと応えるとローラが部屋に入って来た。


「ユリーナ様。公爵領より公爵家執事長と聖女シーア様が来られました」

「通して下さい」


 それからしばし……聖女シーアはまだ来ない。

 来ないなぁ、と思った私たちが部屋の外の廊下からなにやら騒ぎ声。


 耳を澄ますと……。


「ちょ、ちょっとガイア引っ張らないでー。

 私の劇的な登場シーンなのよ〜!?

 謎あふれる美少女が満を持して登場する、そんな私の大事な見せ場なんです!


 超重要人物ユリーナ・クリストフと夢の中で出会った超絶美少女が現実で再会する時!!

 物語は動き出すモノなのです。


 その大事な大事なシーンには背後にバラを背負って、華麗に美しく登場すべきなのよぉぉおおお!!!」


 その声に導かれるように私たち3人は部屋の外を覗く。


 片手には剣をだき抱え、残る片手で床にしがみ付いて粘る蒼緑色の髪のガイアに似た少女。


 それを軽〜く引きずってスタスタと歩いてくるガイアが姿を見せる。


「はいはい、僕も色々と話が気になってるんだから早くして」


 引きずられる少女が部屋から顔を出した私たちを視界に入れると、どういう運動神経をしているのか、寝転んでいた状態からぴょんと回転して素早く起き上がる。


 ちょっと動きが気持ち悪かった。


「あー!!

 出たわね! 運命を超えし者!」


 何よ、その運命を肥やし者って?

 廊下の向こう側では怯えながらも角から顔を出しているリリー様の姿。


 その私の視線の先に居るリリー様に気付いて、聖女(?)シーアは振り返り、シュタタタとリリー様に接近。

 誰も止めることが出来ないほど素早い行動。


 流石はガイアの姉!

 驚きの性能!


 ……ただ単に行動があまりに突飛なので誰も行動を予測出来なかっただけだけど。


 聖女(らしき)少女はリリー様の目を覗き込んで、先程の奇行などなかったかのようにクールな表情で言った。


「ユリーナさんほど女神の因子は強くないですね。

 これならカスティアさんと同程度、いえ、それよりは強い、でしょうか。


 ……いずれにせよ、邪教集団にはご注意を。


 自らこそが世界を救うのだと義憤に燃えているヤツらが、そう簡単に諦めるわけがありませんから。

 ……手前勝手なものですが」


 急いでリリー様保護に向かった私が、怪しき聖女(?)からリリー様を離す。


「ささ、リリー様。

 あっち行きましょう、こんな変なお姉ちゃんに関わっちゃいけません」


 そう言いながらリリー様をお付きのメイドに預ける。

 リリー様を預かったメイドは私にうやうやしく頭を下げる。


 うんうん……って、ここでも私はどんな立場なんだろう……。


 メイド服を着てはいるが、ハバネロと一緒に行動してたから公爵家のメイドと思われているような……。

 でも、それだとここまでうやうやしく礼などしない気もする。


 少なくとも大公国の聖騎士だとは思われていないことだけは、残念ながら断言出来てしまう。


 このメイドから見たら……。


 その1、公爵家のメイドの格好をしている。

 その2、眠る王国公爵であるハバネロのお世話を率先してしている。

 その3、そういえば、いつもの身内ノリで姫様とほぼ対等に話をしているところを見られている。


 あれ? 私って……何?


 考えたら負けな気がするので、またしてもあえて触れずに置いた。


「ねー、ちょっとー!

 運命を超えし者ー!

 今、大事なこと言ったんだから、そういう言い方良くないと思います!」


「うっさいわね! 運命を肥やし者って何なのよ!」


 果たしてこれは本物の聖女なのだろうか?

 やはり聖女(偽)じゃない!?

 そう私が疑いかけたところで。


「はいはい、そこまでー。

 ストッパーが居ないと際限無くなるよ?」


 扉をコンコンとして、意識を向けさせて姫様がそう言った。

 私たちは2人同時に、は〜いと大人しくハバネロの眠る部屋へと戻ることにした。


「姉さん……、何でそんなにはっちゃけてるの?」

 ガイアが肩を落とし疲れ切ったようにそう言う。


「ごめんねぇ〜、私もシャバに出るのが久々だったもんだから、ついね、つい。

 それにもしかしたら、ずっと目覚めないことになるかもしれなかったんだから。

 ……ね? 眠り姫のハバネロ公爵様」


 聖女(?)シーアが部屋に入り視線を向けた先には、未だ眠り姫のように眠るハバネロ。


 私はそれを見て、うりゅっと涙腺が緩みそうになるのを天井に顔を向けて堪える。


 ……早く起きて私の冗談にも付き合いなさいよ、バカ唐辛子!

 そう思いながら。


 聖女(?)シーアは抱えていた一振りの剣を片手で姫様に差し出す。

「これを彼に抱えさせておいて下さい」


 姫様は聖女(?)シーアをじっと見て、何かに納得したように頷きその剣を両手で受け取ろうとして……危うく取り落としそうになった。


「っ重!? 何これ?

 それに見たことのない……聖剣?」


 聖女(?)シーアは聖女のような微笑みを浮かべ頷く。

 まあ、聖女なんだろうけど。


「それが祈りの剣、聖剣プライア。

 世界を救う鍵になる剣……かもしれません」

 そう言って、聖女(?)シーアはニッコリと笑った。

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