第98話想定より悪いというのは

 馬に乗って移動を再開させてからも俺は思案を続けた。


 さて想定していた以上に悪いことはよくある事だ。

 常に最悪を想定して行動するべきだが、そうもいかないのが人の常。


 危機が続くと楽観視してしまうのは、人の心の性質だ。

 それを理解した上で気を抜かず物事に対処していかなければならない。


 妙に自分の思い込みだけで考える人間は、例えば何もしなければ破滅が待ち構えているという場合でも、今までの通りの行動をしてしまう。


 もしくは、あれだ。

 貴族でもしっかり学ばなければ領地経営や社交界を乗り越えられないのに、酒や女に逃げたりすることは非常に良くある。


 それを繰り返してしまい堕落する者が多くなってしまったのが、今の王国だ。


 それでも周りがしっかりしていれば、なんとかなるものだが、忖度そんたくとかよく分からないことをしだすと、まあ、言うに及ばず。


「この状況なんとかならんかねぇ〜?」

 溜まりに溜まった膿は、何も王国に限った話ではあるまい。

 世界に溜まった悪意はやがて全ての人を邪神と悪魔神の姿で飲み込む。


 抗う者もそうでない者も区別なく。


「それをなんとかするのが、あんたなんでしょ?」


 いやいや、さらりと言うけどメラクルさんや。


「なんとかして、どうにかなるもんかねぇ〜?」


 どうにかしないわけにはいかないんだが。

 お馬さんをパッカパッカさせ続けながら、俺はそうぼやいた後にため息を吐く。


 あー! ユリーナとイチャイチャしてのんびり過ごしたいもんだ。

 戦争する奴なんてとんだマゾ集団だよなぁ〜。


 ちなみに魔導力を纏って魔剣で切るのが、戦争の主流だが移動には馬を使うのは変わりがない。


 そんな訳で戦争ともなれば、馬車でゆっくりという訳にもいかないので馬の旅である。

 もちろん一般兵は歩き。


 スピード的には馬車でも良いが、イメージってものがある。

 女子供ならともかく、1人だけ偉そうに馬車なんて乗ってたら、歩兵からの恨みで後ろから刺されてしまう。


 ユリーナたちと別れた後、公爵領の直営部隊が合流。

 公爵内の騎士団については昔からの権益やら貴族的なしがらみがあったが、戦時体制を口実に解体再編させてもらった。


 騎士団は騎士団で局地的な強さや指揮関係に利点はあるが、今回の大戦のために士官学校なども用意したので騎士団の利点よりも、一般兵との確執などのデメリットの方が多かったからだ。


 指揮官としても活躍が期待出来るアルク、エルウィン、それに彼らに鍛えられたはずの震え続けているトーマス君も居る。


 行軍中ずっと震えてて大丈夫か!?

 兵に余裕がないから、来なくて良いとは言えないがなんだか残像が見えるぞ?


 カリーとコウは作戦の仕掛けのため、ここには居ない。


 トーマスはクレメンス特製のパワーディメンションに特製の金属片ペンダントを付けている。

 クレメンスとの関係は上手くいっているようだ。


 トーマスが戦死でもしたら1人の世界破滅を目論むマッドサイエンティストが出来上がるかも知れない。


 生きろ、トーマス。

 戦え、トーマス!

 あと年上の彼女と仲が良いとか、ちょっと良いよね、とかないんだからね!


 金属片ペンダントは衝撃を受けると魔導力が首を保護する。

 もっとも衝撃があった時点で致命傷の可能性も高く、現在はまだ気休めらしい。


 これをさらに研究を進め、ユリーナに渡したいものだ。


 これをクレメンスが涙目でトーマスの両手を握り手渡していたのを見て、とある駄メイドがハンカチを噛み締めていたが。


 その理由は、決してトーマスを狙っていた訳ではなくないこと以外、俺は知らない。

 知らないったら知らない。


 駄メイドっぷりに磨きがかかってんなぁ〜。


 なお、流石のメラクルも戦場に行くのにメイド服ではなく、公爵家の紋章入り聖騎士服だ。


 そう、もう一つ。

 戦場では弓が使われないのと同様に、金属鎧も使われていない。

 如何に先に魔剣を叩き込むか?

 それが戦場での華となる。


 この聖騎士服も最近では、所々高品質の革や金属を使い耐久性を出すように研究開発されている。


「伝令!」

 伝令が走ってくる。


 この戦争に対し、特に伝令と諜報を重要視している。

 当然のことだが。


 だが王国でこの当然のことが出来ている部隊がどれほど居るだろうか?


 各地ではすでに戦闘は始まっている。

 初戦に公爵領から最短でユリーナのところに行けて良かった。


 最後に抱き締めることが出来たことも。


 おっと悲観的になり過ぎか?

 だが思っていた以上に大公国内部は荒れていたことが俺の不安を駆り立てる。


 ……もしかすると、大戦の時と同様、ゲームでのハバネロ公爵には、大公国を接収しなければならないどうしようもない事情があったのではないか、と。


 パールハーバーの独断により、メラクルが送られて来たのだと思っていたが、どうやらそれだけではなさそうだ。


 ユリーナの縁戚にあたるガーランド公爵。

 そちらが奇妙な動きをしているようだ。

 食料を買い集め、武器を整え、パールハーバー伯爵や他の貴族への働きかけをこまめに行なっているとか。


 大公国の動きを警戒していて、ようやく分かる程度の変化でしかないがどうにもきな臭い。


 一見、帝国との大戦の準備とも取れるが、ガーランド公爵は帝国との戦いには兵を出していない。


 ではなんの準備か?

 探りを入れたところで、現状なら帝国の侵攻があった場合の準備であり、兵を出せと言っても準備が整っていないと答えることだろう。

 簡単に想像がつく。


 これについて探るのをミヨちゃんの一族に頼んでいる。

 彼女らは戦争に関わることについては積極的ではないからだ。

 彼女らの本分はあくまで世界全体、人類の脅威である邪神に対することだ。


 もちろん王国内部での彼女らの地位を安定させるために、幾らかは大戦に関わる部分について調査を頼んでいる。


 実際、ミヨちゃん一族はかなり優秀で、この移動の間でも随時情報を届けてくれている。

 そんな情報の中に共和国とガイアの関係についてのことがあった。


 共和国とガイアの関係は単純なもので、世界最強の剣士を決める大会が共和国主催で開かれ、そこでガイアが優勝していてそれが理由でガイアが世界最強の剣士と言われるようになった。


 しかし、共和国はそれを元にガイアを共和国の内部に完全に取り込もうとしたりはしなかった。


 これにはいくつか理由がある。


 ガイア自身が権力を嫌ったこと。

 共和国がガイア自身を平民女性として侮ったこと。

 さらに教導国の聖女の妹であるガイアが、共和国の内部に入り込み教導国と紐付けされることを嫌ったことなど。


 共和国は帝国や王国よりも若い国ではあるが、そのためなのかどうか、宗教や伝統を避ける傾向が強い。

 そのくせ女性の社会進出を拒む流れもある。


 当然、女性の社会進出を拒むのにも理由がある。

 共和国は女性の社会進出運動が始まっており、現在の権力者はむしろ自らの権力保持のため、女性の進出を抑えたい考えがある。


 そのためガイアを共和国に留めるよりも、他の国に出て行ってもらうことで、有能な女性陣が台頭していることを避ける狙いだ。


 先進的なんだかそうではないのか、なかなかに矛盾を抱えた国でもある。


 うん、そうなのだ。

 1番気になる情報がさらりと入ってた訳だ。


 ガイアよ……。

 あんた、聖女の妹なのね?

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