第222話触れてはいけないナニカ

 あの日からこの数日で、極端なまでに寒くなって来た。


 そんな寒い日に肉まんの袋を抱えたメラクルと案内役のポンコツ隊のサリー。

 そして俺とユリーナは通りを進んでいく。


 それは公都のやや外れ、賃貸住宅が並ぶ通りの一つ。

 その中の1つの空色の変わった建物。

 その2階にコーデリアの部屋がある。


「お土産にその肉まんを選ぶ辺りが隊長らしいですよね〜」


 案内をしてくれるサリーがメラクルの袋一杯に抱えた肉まんを見つつ、自らも肉まんを頬張りながらそう言った。


「結構、評判の店の肉まんなのよ?」

 メラクルも美味しそうに肉まんを頬張っている。


 寒い日には肉まんがよく合うって……暢気な様子で肉まん片手で歩くそのポンコツ隊の有り様は、公爵と自国の元大公女が一緒でも変わらないようだ。


 なるほど、流石はメラクルを隊長と仰ぐだけはある。


「いえ……、彼女たちは元々というか、類は友というか……」

 ユリーナが困ったように俺の心の疑問に答える。


 ユリーナも俺と共に歩くにあたり多少の変装を施しているが、俺のように髪色を染めたりはしていない。

 ユリーナの深い黒髪は軽く染めた程度では変化が見えづらいからだ。


 俺の心の声は細部まで読み取れる訳ではない。

 心からの叫びなら伝わるが、それ以外は俺が伝えようとしない限りは読み取れたりしないらしい。


 感覚的には通信と同じようなものだとか。

 原理は同じだろうからな。


 つまり、成る程……。

 俺はポンコツ隊について心の叫びをあげているのだな?


 ……マジで?


「ところで、もはやあだ名みたいなものかもしれないが、メラクルってまだこいつらの隊長なのか?」


「解任されてないからそうなのだと思いますよ?

 最終判断はレッドです」


 俺か!?


 考えてみれば当然のことだ。

 大公国が公爵家に吸収されることになり、そのあたりの裁量権も俺に移ることになった。


 俺が昏睡状態ではあるが王国内の調整は王太子が間に入って行ってくれており、公爵領に大きな混乱は起こっていない。


 ユリーナのことでは無用に疑ってしまったが、色々と配慮をしてくれている王太子殿下は頭が上がらない。


 そこまでしてくれた以上、彼にだけは目覚めたことを伝えてある。

 それは同時にある仕込みのためでもある。


 それにこれで王太子殿下に裏切られるようなら、それは仕方ないというもの。

 信じるべきものは信じないと、世界を救うなど元より無理な話だ。


 何度も言うが、ユリーナの指輪の件では疑ってしまったけど……。


 とにかく、ここで俺はある重要な決断をした。

「なら以後はメラクルたちはポンコツメイド隊という名称で」


 ポンコツ隊の名称変更だ。

 即座にポンコツメイド隊メンバーのサリーが反論。


「我々はポンコツではないです!

 ポンコツは隊長だけですよ!!」

「私はポンコツじゃないわよ!」


 メイド隊なのは良いのか、聖騎士たち。


 そんな聞かなくても良い疑問を尋ねると。

「え? 実際、ポンコツメイド隊って大出世ですよね?

 隊長はずっと公爵様と一緒ですし、その隊長の部隊なら事実上の近衛隊ですよね?

 名称はアレですけど」


 アレだな。


 しかし、それでもよく本質を掴んでいる。

 確かにただの小国の1騎士から大国の近衛となれば大出世といって良い。


 サリーは知的な見た目から、悪い顔に変化してグフフと笑いながら握り拳を掲げる。


「今に見ているがいい。

 エリートへの階段を登った私はこのままイケメンとの玉の輿こしを目指す!」


「出来る女って逆にあぶれやすいものよ〜?」

「だまらっしゃい!

 この勝ち組隊長め!!」


 サリーはビシッと自分の隊長を指差し、そう言いのける。

 なんて自由なヤツらなんだ。


 俺はポンコツ隊サリーを戦慄しながら眺める。


「だって、ついにキャリアも男捕まえちゃったし、クーデルは言うまでもなく、ソフィアも意外な相手にアプローチしてるし」


 その言葉にメラクルは鋭く反応する。


「えっ!? 嘘!

 キャリアは特に意外ね。

 相手、誰?」


 ふふん、とサリーは胸を張り勿体ぶるように答える。


「聞いて驚いてください、なんと従弟のダート君です!

 捕まえたというよりキャリアが捕まった感じですけど」


「ダート君……?

 あー、あー、あの合コンの?」


「そう、合コンの!」


 従弟の参加する合コンって気まずくなかったのか?

 その従弟君が最初からキャリアを堕とすために仕掛けていたのなら、なかなかの策士だがな。


 しかしまた、かしましいな。

 こいつらこんな感じでずっと話し続けていそうだぞ?


 慣れたものなのだろう、隣を歩くユリーナは普通の顔をしている。

 俺が見ているのに気付くと、不思議そうに小首を傾げる。


 とても可愛い。


「レ……リューク、どうしました?」


 ゲーム設定の記憶の時も俺……というかリュークとユリーナの関係はこんな感じだったのだろうか?


 2人の関係が真実ではどうであったか。

 滅びて終わったゲーム設定の記憶の中に答えがないのなら、もうその歴史の真実を知ることはない。


 一抹の寂寥せきりょうを覚えつつも、ここに居る彼女が愛しくて俺は道の途中で立ち止まり、ユリーナを抱き締める。

 通りに俺たち以外の人の姿はない。


「なんでもない。

 ユリーナが可愛いかっただけだ」

「……人前で名前を呼ぶと私の変装の意味がなくなりますよ?」


 そう言いながらも、そっとユリーナが抱きしめ返してくれる。

「そうだな、すまない……」


 それをどえらい表情でサリーがジトッと見つめてくる。


 そしてメラクルを振り返り、俺たちを見て、メラクルを見て、にこぉおと満面の笑み。


「隊長! 隊長も勝ち組じゃなかったですね!

 私、隊長に一生ついて行きます!」


「サリー……。

 私が大公国から出た後、何があったの……」


 メラクルがさめざめと涙をこぼす。

 それにサリーもさめざめと地面の土をいじり出す。


「色々あったというか、何もなかったというか……」


 つまり1人だけ相手が出来なかった、と。

 サリーもメラクル同様、黙っていればモテそうだから、たまたま相手が出来なかっただけだろうに。


「今から向かうコーデリアもそうです。

 持つ者と持たざる者との深い断絶がそこにはあったのです……。

 そう、幼い頃から大切に紡がれた幼馴染という奇跡の関係が!!!」


 サリーは太陽を掴もうともがくように空を見上げ……そっと涙を流す。

 大丈夫か……、こいつ?


 仲が良かった友達連中が突然、相手が出来てしまい、本来なら何も焦る必要はないのに焦っているのだろう。


 ゲーム設定の記憶の中では、見た目通り知的で落ち着いたタイプだったはずなのに。


 メラクルが帰って来てはしゃいでいるのもありそうだが。


 俺はあまりに哀れになって手を差し伸べることにした。


「紹介してやろうか?

 腐っても公爵だ。

 紹介のアテなんかいくらでもある。

 無論、金持ちもな」


 それが本当の意味で良い男かは別だが。

 公爵の紹介なら俺が落ちぶれでもしない限りは悪い扱いはされないだろう。


 ま、俺自身はまだ身を隠したままだから、今すぐというわけにはいかないが。


 俺は見かねてサリーに告げると、サリーはギョロッと目を見開き、俺の手を取る。


「お願いします!

 一生ついて行きます!!」


 こいつの一生、軽いなぁ。


 俺の手を取ったサリーの手をメラクルが手刀でスパッと手を離させ、俺とサリーの間にドンッとユリーナが身体をねじり込ませる。


 そして2人同時にニコッと笑う。

「ひぃ!?」


 サリーがその笑顔を見て何故か震え上がる。

 男は触れてはいけない何かが、きっとそこにあった気がするが、俺は何も見ていない、見ていない……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る