第223話コーデリア

 それからは何事もなかったかのように、ごちゃごちゃと話をしつつもようやく目的の家の前に到着。


 さっきのは一体なんだったのか、きっと追及してはいけない……。


「コーデリアも食べるのが好きだから、引きこもり生活で太ってなければ良いけど」


 先程のことなど起こっていないかのように、そう言いながらメラクルは持っている大量の肉まんを掲げる。


 追い討ちをかけるような見舞いの品を持ってきておきながらなにを言う。


「気にするの、そこですかぁ〜?

 いえ、切実ですけど」


 コーデリアの両親はすでになく遠い親戚が居るらしいが、疎遠だとかで騎士学校以前からメラクルと家族ぐるみの付き合いをしていた。


 メラクルが死んだ後……なんだかこの言い方だとホラーだが、メラクルを崖から落とした後、半狂乱になったコーデリアはメラクルの両親に土下座して謝っていたらしい。


 流石に殺したとは言えなかっただろうけど、そうなってしまった原因が自分にあると。


 雨が降り泥だらけになっても、何度も何度も地に頭を付けて。


 真実を懺悔しようものなら、周りにも悪意の手が伸びてしまうから。

 罪を罪と宣言することもできずにそうするしかできなかった。


 誰もがコーデリアが犯人なのだと疑うことすらない。

 それだけの信用とメラクルへの親愛があったから……その親愛こそがその事態を招いたとしても。


 正直見ていられなかったとサリーは言う。


「コーデリアも私と同じで思い詰めて勢いで突っ走ってしまうからねぇ……」


「隊の中で1番、コーデリアが隊長と気が合ってましたので。

 それに騎士団の皆は私たちを含め、パールハーバー卿を信じてました。


 コーデリアは隊長が大公国を裏切り、ハバネロ公爵の愛人になったと教えられたと。


 あの隊長が愛人なんて、私でもまさかと思うと同時にパールハーバー卿が言うのならばあり得ると思ったことでしょう」


 サリーは俺をチラッと見る。

 俺は気にするな、と苦笑混じりに軽く手を振る。


「不思議なもので、詐欺にかかる時。

 ありえないことほど人は信じてしまいます。


 メラクル隊長が誰かの愛人になるとかあり得ないことも、ありえないからこそありえると……。


 同時に悪逆非道のハバネロ公爵ならばあらゆる手段でそうするのではないかと。


 ……それだけ当時は公爵様への忌避きひの気持ちが強かったのです」


 遠回しに言ってくれたが、要するになにをしてもおかしくないと思えるほどに嫌われていたと。


「私たちですらそう思うのです。

 より隊長を信じていたコーデリアはその反動が大きかったのでしょう」


 メラクルはあの日のことを思い出すようにヘニョっと眉を下げる。


「……ハバネロに助けられた、なぁんてあの時は言える感じじゃなかったものね。

 それこそ裏切った証拠と思われたことでしょうね。

 それにパールハーバーがまさか大公国を裏切るなんて、誰1人思っていなかったでしょうし」


「パールハーバー卿が事を起こした時でさえ、騎士団の大半は彼を信じ従いました。


 私たちが彼に着いていかなかったのは、ただ私たちが隊長も含めユリーナ様に近かったから。

 ユリーナ様が公爵様を信じたから、そうしたまでのこと」


 そうでなければ、私たちも彼らと同じように敵となっていたでしょう、と。


「パールハーバーは私たちの騎士学校時代に先生だったわ。

 ……今でも聖騎士としての心は彼に教わったものと思っているわ。

 きっとコーデリアも」


 聖騎士としてのパールハーバーがどうしてそこまで歪んでしまったのか。

 真実はもう分かることはない。


 聖騎士としての信念があるからこそ、俺を許せなかったのか、それとも嫉妬と欲を邪教集団につけ入られたせいなのか。


 それがどうだったにせよ、彼を信じたコーデリアはメラクルを慕うがゆえに、その反動から凶行に及んだ。


 信じていた者に裏切られたと感じた瞬間、人は最も正常な判断を失う。


 そして正気に戻った時に、取り返しにつかない自らの犯した罪の重さに沈むのだ。


 コーデリアは泣き叫び謝罪の言葉のみを繰り返した。


 そんなコーデリアだからこそ、大公国内ではメラクルが俺の奸計により殺されたということが真実味を帯びた。


 奸計というより関係と言い換えた方が正しいのかな?

 まあ、そこはどうでもいい。


 もしもメラクル殺人事件の犯人がコーデリアであることをバラしていれば、メラクルの家族ごとパールハーバーに始末されていたことだろう。

 そして真相は闇に消えて……。


 コーデリアがその罪の意識と自責の念で半狂乱になればなるほど、メラクル殺人(?)事件はパールハーバーの都合が良い形で物事は進む。


 それが結果的には当人を含む周りの人間が、口封じに殺されることを防いだのだから皮肉なものである。


 コーデリアはいつしか聖騎士の職を辞し、部屋に引きこもる生活を始めた。


 引きこもりコーデリアの誕生である!


 そして今まさに、死んだはずの迷探偵メラクルが真実を知るためにここにやって来たのだった。


「ここからは……覚悟しておいてください。

 おそらく今のコーデリアは……見るに耐えないと……」


 部屋の前でサリーは、クッと何かに耐えるように顔を逸らす。


 自責の念が過ぎれば人は自らを殺す。

 それは誰よりも俺自身が知っている。


 メラクルは神妙な顔で頷く。


「サリー……お願い。

 それでも私はあの娘に……コーデリアに会わなければいけないの」


 サリーはメラクルの目をしかと見て頷く。

 そして彼女はおもむろに部屋をノックし、中にいるであろうコーデリアに声を掛ける。


「コーデリア……、ちょっといいかな」


 部屋をノックするが返事はない。

 サリーは慣れたように扉を開ける。

 返事がないことは分かりきっていたようだ。


 部屋の中には布団に包まれ、顔だけ出したカタツムリならぬ布団つむりコーデリアが居た。


 半分布団簀巻きだよな?


 覚悟していたはずのメラクルはそれを見て、力尽きるように床に膝をつく。


「流石に予想の斜め下の姿だったわ……」


 布団つむりコーデリアとでも呼ぼうか。

 サリーがククッと、とまた何かを耐えるように顔を背ける。


 今まで黙ってついて来ていたツッコミ役のユリーナがジト目で。


「サリー……、笑ってるよね? ねえ?」


 俺は布団つむりコーデリアを指差しメラクルに尋ねる。


「……お前の妹だよな?」

「いいえ、後輩で幼馴染よ!」


 嘘つけ!!

 どう見てもこのポンコツ具合、お前と血のつながりあるだろ!?

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