第221話指輪の相手

 場所を移動し、とある屋敷の部屋でユリーナとはゆっくり話をした。

 再会した直後にはユリーナは左手の薬指に指輪をしていた。


 その相手が誰か、俺はじっくりと抹殺計画を立てるため、その相手が誰かを尋ねた。


 それ次第では例え相手がこちらに友好的な……王太子殿下だとしても、罠に掛けて滅ぼさねばならない。


 残念ダ、アア、残念ダ。


 指輪の相手よ。

 恨むなら、我がユリーナを手にしようとして己の愚かさを恨むが良い。


 このまま放置して、ユリーナがもし他の男の元に行くことがあれば、俺は世界すら滅ぼすだろう。


 ゲーム設定の記憶のハバネロ公爵よりも、明らかに心が狭い、とか言うなよ!

 人は手に入れる前よりも、手に入れた後の方が失うのが怖い生き物だからな!!!


 ボリボリと音がする。


 メラクルを筆頭にメイド服を着たポンコツ隊とミヨちゃん、聖女シーアが並んで座り、ビスケットをバリバリ食べながら全員が半目で俺たちを見学している。


 おい、お前ら何でそんな目で見てくるんだ。


 そしてポンコツ隊はいつからメイド隊になったんだ?

 最初は普通の騎士服だったよな?

 メラクルメイド隊?

 いつのまに結成されたんだ?


 いやいや、そんな事より今は指輪の相手だ。

「指輪の相手次第では世界が滅びる」

 俺はポツリと呟く。


 その時は女神ではなく、俺が滅ぼすことになるのだが。

 これはそういう話だ。

 マジで。


「ねえ、隊長。

 世界ちょっと詰みすぎじゃありませんか?」

「そうね、世界は詰んでるのよ」


 そんなポンコツ隊のサリーとメラクルの会話はともかく。


 ユリーナは俺の手を取り真っ直ぐに目を見つめ……盛大にため息をついた。

 俺はその反応に息の根を止められるような心地がした。


「レッド。

 前から聞きたかったのですが、貴方の中で私はどんな女だと思ってるんです?

 簡単に男を取っ替え引っ替えしている節操のない女だと思ってませんか?」


 半ばキレ気味だが、そんなユリーナも可愛く思う。


 すぐにでも押し倒してしまいたいが、本題の途中なので俺は鋼鉄の意志でそれを我慢する。


「いや、そんなことはないが……。

 背負っているものや立場がある以上、自分の意思だけではどうにもならないこともあるわけだから……」


 息苦しさは激しさを増している。


 これは……、圧だ!


 目の前の美しいユリーナから俺を追い込むような圧が掛けられているのだ。

 一体、何故!


 ……あとメラクル、ボリボリうるさい。


「あんたがポンコツだから、ビスケット齧ってないとやってられないのよ」


 心を読んで返事を返すメラクルの言葉を聞いて、ユリーナの圧は倍ほどに膨れ上がる。


「心が読めるということは……以前、シーアから聞いていたアレ、上手くいったんですね。


 つ、ま、り、キスしたんですね?

 ふーん、いいですけどねー。

 いいですけどねー。


 ……良くないけど」


 最後に小さくポツリと言われた言葉が俺の脳髄を刺激する。

 キスしたら心を読める話はユリーナが発端だ。

 なのでバレるのは当然である。


 だから俺が目覚めているということ、そういうことだとユリーナには分かっているはずなのに、おかしいなぁ?


 何で浮気を責められる旦那のような気分なんだ?

 そんな顔も美しいので、とりあえず今すぐユリーナを押し倒したい。


 ……メラクルたちの半目のビスケットボリボリが、辛うじて俺を現実にとどめさせる。


「はぁ……」

 また、ユリーナにため息を吐かれた。


 指輪の相手のことを聞いたのに、逆に俺が怒られている感じになっているのは何故?


「随分前ですけど、再会した時に言ったはずですけどねぇー。

 レッドの中で私は浮気症の尻軽なんでしょうねー」


「いや、そんなことは言ってない」


 当然、思ってもいない。

 だが世界は優しくはない。


 ある一定以上の地位のある者は元より、どんな立場であれ様々な事情により愛する人と結ばれることは多くない。


 俺がせめてもと大戦前に誰かれと世話焼きを焼いたのも、その現実があまりに辛く目を逸らしたいものでもあったからだ。


 俺が狂うほど愛する人が同じように愛してくれるとは限らない。

 むしろ俺は如何なる手段を用いようとも、ユリーナが愛した相手と引き剥がすだろう。


 全ては俺自身の強欲ゆえに。


 ……なんでだろう。


 メラクルが半目でビスケットをボリボリとする音がなんだか、心底呆れていることを表しているように聞こえるのは。


 ビスケットって、かじる音で感情を表現出来たっけ?


 そんな俺にユリーナは逃がさないとでも言うように、指輪をズズイと見せる。

「相手、誰だと思ってます?」


「……いや、誰っていうか。

 状況的に可能性が高いのは王太子の息子で……」


「私が!!

 いつ! 誰と! 指輪を貴方以外の誰かにこの指にはめさせるとでも!?」


 それは俺が寝てる間だと分からないわけで……。

 ユリーナが俺の胸を指でグイグイと押しながら、さらに顔を近付ける。

 押してくる指には力がこれでもかと入り、まるで秘孔をつく必殺技のようだ。

 貫通させる気か。


 ところで今、致命的で決定的な一言を言われた気がしたんだが?

 脳みそが沸騰して処理してくれない。


 おい、お前ら!

 半目でビスケットバリバリやってないで、何か助け船寄越せよ!


「ハバネロと姫様の問題だし〜、ほらほら、早く謝ったら?」


 心を読まれているというのは、こんなにも落ち着かないことだったのかと実感する。


 そもそも助け船を寄越せと言ったのに、何で俺が謝る話になるんだ!?


 ……いや、うん。

 悪いのは俺なんだろうけど。


「王太子殿下が眠ってるレッドを蔑ろにしてそんなことするものですか。

 私から要求するならともかく。


 ……つまりレッドは私が苦しむ夫を放っておいて、浮気に走る最低女だと思っているというわけですね?

 フーン、ソウナンダー。

 監禁して分からせちゃおうかなぁ〜」


 ユリーナとの監禁生活にゴクリと喉を鳴らしてしまう。


 それは即座にメラクルさんに気付かれた。


「いやいや、待ちなさいよハバネロ。

 監禁で喜ぶな、この変態唐辛子」


 お前、なんでも唐辛子付ければいいと思ってないか!?


 ユリーナも半目になって絶対零度の眼差し。

 このままユリーナの手を掴んで部屋に引きこもってしまおうか。


 こんな時でもそんな不埒な考えが浮かぶ俺を許して?

 もうゴールしていいかなぁって。

 俺、よく我慢したと思うよ?


 ……だから。

 だから、指輪の相手が俺だということを認めてもいいのだろうか。


 極悪非道のハバネロ公爵でありながら、そんな都合の良い話を想像してしまっても。


「他に誰が居るんですか」

 ユリーナは呆れながらも優しい目で俺の手をとる。


 なんのことはない。

 メラクルが俺の心を読んでいるように、ユリーナも俺の心を読んでいるのだ。


「フィナーレ?」

「フィナーレね」

「フィナーレよ!」

「撤収〜!!!」

「ちゃんと幸せになるのよ!」


 そんな様子をずっと見学していたメラクル含むポンコツ隊とシーアと聖女シーア、そしてミヨちゃんはお茶とビスケット片手に、バタバタと立ち上がり部屋から出て行く。

 いつのまにか黒騎士も姿を消している。


 結局、お前らなんで居たんだよ!?

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