第220話ユリーナとの再会

 メラクルに呼び出されたユリーナは詰め所の部屋に入るなり、変装している俺を見間違うことなく俺を押し倒し唇を奪った。


「レッド!」

「んっぐ!?」


 彼女に何一つ迷いはない。


 息苦しくなるぐらい時間が経って唇を離しても、何を言うこともなくそのままユリーナは俺を抱きしめ続けた。


 それだけで俺の中に愛しさが込み上げて、逃さぬようにされでいて大切な宝物を包むように抱き締め返す。


「会いたかった……」

「……俺だと分かるか」


 ユリーナの中で俺が俺であることを、一切迷うことなく見抜くことが不思議だった。


「確かプレイアの剣でしたか?

 今日はサンザリオンの剣ではないのですね、赤騎士」


 そう言ってユリーナは慈しむようにフッと微笑む。


 あの日の再現のように。

 でも今度はユリーナから抱き締めてくれて。


 もう会えないと思った。

 サワロワ大公に吹き飛ばされた時、俺は死んだのだと思った。

 無理矢理ゲーム設定の記憶を頭にぶち込み、その副作用でもう心も身体も限界で。


 ……だから眠る前の都合の良い夢を見たのだと。

 ユリーナに抱き締められる夢を。


 温かい温もりに包まれ優しい夢で眠る。

 同時に悪逆非道のハバネロ公爵には過ぎた夢だと。


 ……だから目覚めて、メラクルに気持ちを伝えられたところで、その想いを信じることは出来なかった。


 俺にそんな権利はない。


 だけど会いたかった。

 会ってしまえば、どうにかなってしまうほど。


 本当に滑稽こっけいなほど、どうしようもない事実。


 俺はユリーナにこうして会ってしまえば、憎まれるとか関係なく、どうしようもなく彼女のことしか考えられなくなるのだ。


「レッド……良かった……」

「すまない、ユリーナ。

 俺は大公を……」


 その俺の口をユリーナは笑みと共に手で優しく塞ぎ、静かに首を横に振る。


「……レッドは私を助けに来てくれたのだから……約束通り」


 それがいつの約束なのか、俺の記憶の中にはない。


 それでも俺はその言葉に胸がいっぱいになりユリーナの温もりを感じ取るように、優しく強く抱き締めた。


 その指に誰かとの約束を示す指輪がはめられていようとも……。






 なお、正気に戻ったポンコツは部屋の隅で丸くなって、頭を抱えてぶつぶつと呟き現実逃避している。


「私じゃない、私なんだけど私じゃない……。

 ふふふ、だって仕方ないじゃない、むかついてついヤッチャッタ、テヘ……」


 いつも通りのポンコツ風味で少しホッとした。

 身を張って俺のケツを叩いてくれたので、そっとしていておこう。


「大将〜、再会を喜ぶのは良いんだけど、さっきからずっと俺たち居るんだけどなぁ〜?」


 黒騎士の言葉に俺に抱き締められたままのユリーナが目を細めて答える。


「居たんですか、黒騎士。

 さささ、部屋を出て下さい。

 これから私はレッドを分らせないといけないのですから。

 あっ、レッドが眠っている間、護衛ありがとうございました。

 ささ、とりあえず全員、部屋を出て下さい」


「扱い酷くない!?」


 あまりの扱いに黒騎士が目を丸くすると、ユリーナがクスッと笑う。

「冗談よ。ありがとうね、黒騎士」

 そう感謝を述べる。


 げんなりとした表情を浮かべて黒騎士はへこんでいるメラクルを指差す。


「……あんたら2人の冗談分かりにくいよ。

 お嬢みたいに分かりやすいボケにしてくれ」

「ボケてないわよ!?」


 黒騎士の言葉にメラクルが反応するが、それを聞いて、今度は引きつったニコニコ顔で聖女シーアがポツリと呟く。


「メラクルさん。

 ボ、ボケてなかったんですね……」

「酷くない!?」


 それで幾分復活したメラクルが率先して部屋を出て、その後をエルウィンと聖女シーアが続く。


 黒騎士もため息を吐いて、しゃあねぇか、と部屋を出て行く。


 最後にメラクルが手だけ出して親指を立てる。

「そのクソ唐辛子。

 私たちの気持ちから目を逸らそうとするから、とことんまで分からせてあげて!」


 そう言ってシュッと手を引っ込めるとバタンと勢いよく扉は閉められ、部屋には俺とユリーナの2人だけになった。


「ユリーナ、俺は……」

 言葉を遮り、ユリーナは唇を重ねてきた。


「……後で良いですか?

 これからあなたを分からせますから」

 ユリーナはそう言って、チラッとソファーに目線を送る。


「そうか……」

 もう頭で考える必要はないし、思考の一切が出来ない。


 俺にしがみ付いたままのユリーナを優しくソファーに横たえた。





 時間にしてキッチリ1時間後。

 わざとらしいほどに僅かに扉が開き、縦に何人かの目が見える。


「……どう?

 見える?」


 声をひそめているつもりだろうが、室内は静かなのでよく聞こえる。


「見えない……、ちょっと隊長押さないで下さいよ」

「さ、最中だったらどうする気ですか?

 むしろ最中ですか!?」


 俺は中から勢いよく扉を開け放つと、ドサドサとメラクル、ミヨちゃん、シーア、それにポンコツ隊の面々が雪崩れ込むように崩れながら部屋に転がり込む。


 増えてるじゃねぇか!


 扉のそばの壁にもたれかかり冷静な様子の黒騎士に声を掛ける。

「……流石に男連中は黒騎士以外いないな」


「そりゃあ、タイミングを間違えでもして姫さんの肌でも見ようもんなら、大将間違いなく始末するだろ?」

「する」


 即断かよ、と呆れた顔をする。

 当然だ。


 世界の必然とも言って良い。

 皆もそれを当然と思って黒騎士以外は避けたのだろう。


「……そんなんでよく姫さんに会いに来るのを遅らせられたよなぁ」

 こうなるのが分かっていたから遅らせたのだ。


 再会してしまえばユリーナの意思に関係なく、彼女を奪おうとすることは間違いないのだから。


 かつての青色髪の男との記憶のことなど、仮に俺の死後であってさえ一切許すことが出来ないほどに、俺はユリーナに執着している。


「どうでした!?」

「ユリーナ様、おめでとうございます!

 今のお気持ちは!?」

「こう……力強く奪われましたか!?」

「それともまさか、ユリーナ様がリード!?」

「イチャイチャしました!?」

「ど、どう……?

 痛かった?」


 ユリーナがポンコツ隊とメラクルに囲まれ質問攻めにあっている。

 ユリーナは耳まで赤くして顔を隠している。


「えぇい、お前ら散れ散れ!

 給料無しにするぞ!」


 しっしとポンコツ隊を追い払う。

「横暴だ!」

「極悪だ!」

「私たちは大公国の聖騎士だから関係ないもん!」

「待って!?

 大公国は王国のハバネロ公爵領になったのよね!?」

「じゃあ……私たちの給料って……」

 ポンコツ隊5人が顔を見合わせる。


「「「「「お赦しをー!!!」」」」」


 いいからあっち行け。


「ねえ、姫様。

 今も痛い? ねえ、ねえ?」


 そうした間にもメラクルは心配半分、興味半分の様子でユリーナを覗き見て尋ね続けている。

 こいつだけ質問の種類が違うんだよなぁ。


「……お前も痛くさせようか?」


 メラクルはずさささと器用に後退り。

 そんで目を見開いて。

「ひょっ!? ケダモノ!?」


 黒騎士、ミヨちゃん、聖女シーアはこれ以上ないぐらいにニヤニヤと。

 もうお前、黙ってろよ……。

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