第219話回想(終)たとえその想いが届くことがなくとも
そんな話をした次の日。
荷物を馬の背に乗せて、公都の門を姫様たちに見送られながらくぐり抜ける。
途中まで一緒に移動するサビナたち一行とハバネロ護送隊。
ハバネロ護送隊のメンバーはシーアと護衛の黒騎士と私と他数人。
サビナたちの団体に紛れ込むようにこっそりと移動する。
公然の秘密ではあるが、悪逆非道のハバネロ公爵が昏睡状態であることを知って、その移動の際に良からぬことを
理性の無い盗賊もいれば、悪逆非道のハバネロ公爵を討つため
ハバネロのことをよく知らないくせに、と思わなくもないけれど、他ならぬ私こそそうやってハバネロを狙って……その本人に助けてもらった。
その恩だってまだ返せていないのだ。
道中を警戒はするが、公爵領への街道は襲われる心配はないと言っていいほどに治安が良い。
これは乗合馬車の定期便の整備、その定期便に公爵領の兵たちが移動兼護衛として乗り込んでいる。
金属片の通信機による緊急連絡網も整備され、緊急時には即座に公爵領の兵が動くようになっている。
そんな乗合馬車の便には、安全性の高さもあり商人たちも同行する。
そこに安い代わりに定期的な冒険者への護衛依頼を出すことで、冒険者と移動する人への生活の安定をもたらした。
同時に移動先での生活の補償もすることで円滑な人の入植も行われている。
それらをハバネロが指示し、各ギルドや法整備の取り決めを三羽烏とハバネロが呼ぶ内政官たちのカロン、パティー、ガラッドの3人が走り回って取りまとめていた。
随分前のことのように思うが、帝国との大戦への出発前。
山のような仕事を託されたカロンが、1人長い
「早く帰って来て下さいねー!!!
労働条件の改善要求書山積みにしてますからー!!
私は断固として闘って、ブラック公爵家から人権を勝ち取りますからァァアアアアアア!!!
だから必ず無事に帰って来てくださいねぇぇええええええ!!!」
誰もが思ったはずだ。
その鉢巻、なに?
無事の帰りを祈願して気合を入れたそうだ。
心配してるんだか、そうじゃないのか。
当然、公爵領にハバネロは帰らずに眠っちゃったから、彼女らの労働条件は今のままである。
むしろハバネロが寝てしまったし、公爵領と大公国の合併や分割で修羅の忙しさのはずだ。
そのままでガンバ!
外交などはともかく、公爵家の内向きのことはほぼ全権を与えられているに近いのに、彼女らが不正を行う様子は全くない。
賄賂などの話を持って来られても、『そういうのどうしていいかわからないから、名簿に付けておきますねぇ〜』と、返事をしているそうだ。
半ば本音ではあるのだろうが、速やかにセバスチャンやアルク、もしくは姫様に報告が行き相手は処分対象まっしぐら。
不正の取り締まりに一役かっているらしい。
当然、後ろ暗い連中からも狙われやすくなる。
当人たちは今でもどこにでもいる
黒騎士の一族がガードに付いているから心配はいらないだろう。
治安維持の施策はそれだけではない。
戦後というのは招集された帰還兵たちが十分な保証も与えられず、そのまま盗賊になってしまい治安悪化の大きな要因となりやすい。
だからハバネロは大戦後の戦後処理の際、王都で真っ先に帰還兵の仕事の
その一つが治安部隊の編成と配置だ。
もちろん十分な休暇を与えた上で、だ。
その分、一時金の金額は抑えめとなるが、長い休暇の後、食べるための仕事の当てがあることは帰還兵たちに心のゆとりを与えさせる。
中には帰還兵の世話を
費用がどれくらいかかるか不透明だからという理由だ。
そうやってその土地の貴族領主に見捨てられた兵たちは生きるために盗賊となる。
その地域は盗賊や不正が
さらに言えば、そういう貴族こそが率先して不正を行うのでどうしようもない。
そこまでは面倒は見切れないとハバネロは苦笑いをしていた。
そもそもは国の差配の話なので、公爵と言えどハバネロがそれ以上は手を出せないし、本来するべき仕事でもない。
「大事なのはこれからだからな。
少しでもユリーナが動くのに邪魔をする要因は減らしたい」
国に余裕が無ければ、如何に世界の危機と言えど人は動かない。
目前の生にのみ目が行き、やがてその後に滅びを迎えようと、仕方ないの一言で諦める。
人はそういうものだと彼は寂しそうに笑った。
そんなハバネロだったから公爵領の治安はすこぶる良いのだとも言える。
乗合馬車の定期便や冒険者のことだけではない。
他にも解体した騎士団の中で特に乗馬を得意とした者を選び、白い馬を与えて治安部隊の一隊を任せた。
こんなエピソードがある。
他領との境で盗賊に追われ逃げて来た女性が、一歩公爵領に踏み入れた瞬間、突如としてどこからともなく見目麗しい白馬に乗った騎士が現れ盗賊たちを蹴散らした。
盗賊たちはその話を聞いて震え上がり、人々は白馬に乗る騎士をヒーローとして持て
騎士団を解体されたうえに、急にその治安部隊に配属されて不満を持っていた者も、自らのプライドが保たることで
なおこの噂が流れる前後、白い馬に乗ったことが無かった私が調子に乗って公爵領の境まで爆走していたとかいう事実は、特にこの話とは関係がないはずだ。
……ちょ、ちょっと盗賊というか女性を襲う不届き者は成敗したけど、関係無いはず。
そんなことをふと思い出していると、ハバネロの護衛で同行する黒騎士が声をかける。
「お嬢、そろそろ出発するぜ?」
私はなんでお嬢呼びなのよ、と軽く笑う。
そして黒騎士にすぐ行くと返事をしてから、姫様やローラたちの方へ振り返った。
さあ、出発だ。
私は真っ直ぐ姫様の方に目を向けて叫んだ。
「私はね! 姫様!
あいつが好き!!」
吹いてきた風が姫様の綺麗な黒髪を横に流す。
彼女は否定するでもなく笑うでもなく私を見つめている。
「あいつのちょっと変な悪人笑いも!
私のボケにも、しょうがねぇなと笑う顔も!
休むことが大事とか言いながら、自分はろくに休まず真面目一辺倒で融通が効かないところも!
私とした世界を救うなんて突拍子もない約束を、必死になんとかしようとしてたところも!
姫様が大好きで他はどうでもいいなんて言いながら、自分を暗殺に来たマヌケな聖騎士も救っちゃうところも!
あと……姫様を愛してると言う時の優しい顔も。
……全部全部好きなの。
ねえ! 姫様もあいつのこと好き?」
最後は涙声でそう叫んだ。
姫様も大きな声で。
「私も!
レッドのこと愛してる!!」
私の目からは大粒の涙がついに溢れた。
「だよね〜」
ズビッと鼻を啜り、最後にもう一言。
「絶対絶対、起こすから!
あの私たちの心を奪った、にっくい極悪非道のあの男を!
だから待ってて!」
姫様は大きく手を振る。
「待ってる!」
笑顔で涙を溢しながら。
私も笑顔で手を振り返し、腕で流れて止まらない涙をグイッと拭きながら踵を返す。
私たちの憎い……だけど、この世で1番愛しい
ハバネロ、あんたは起きなきゃダメなんだ。
そうして、ちゃーんと姫様と幸せにならなきゃダメなんだよ?
……たとえ、私の想いが届くことがなくても、さ。
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