第255話終わりの始まり
罠だとは分かっていた。
それでも行くしかなかった。
メラクル隊を除くユリーナ、ガイア、ラビット、レイルズ、ローラ、セルドア、それにシルヴァ含む銀翼傭兵団。
銀翼傭兵団は公爵家の正式な騎士団に昇格しているので銀翼騎士団が正しい呼称だ。
全部で50名ほど。
ラビットの仲間はここに来るまでに敵の足止めをしてくれている。
相対して、その場所にはまだ数百の邪教集団が立ち塞がっている。
数倍以上の相手というわけだ。
夜明け前に山と谷の間の小高い山の上にある建物に突入したけれど、そこにはもう目的の人物は居なくて。
建物を抜けてすぐに裏手にある大きな山脈に通じる高原で邪教集団が待ち構えていた。
高原に先に山があり、同時に片側は崖。
ガイアたちが出て来たその背後の建物からも、邪教集団が退路を塞ぐように出てくる。
完全に罠だと分かっていても、ここまで来るしかなかった。
縛られてぐったりしているユリーナの妹リリー。
その隣には邪教集団教祖グレゴリー。
それを守るように普通の人の倍はある背丈のローブを着た何かたち。
「リリーを離しなさい」
ユリーナは呼び掛けるが、当然それで解放してもらえると思っているわけではない。
それでも突破口を見出すために声を掛けたに過ぎない。
それが分かっているから、教祖グレゴリーもハゲ頭で人相の悪い笑みを浮かべ、端的にだけ応える。
日の出前の薄明かりの中のその姿が、悪い意味で絵になる。
「貴様らには我が神への素体となってもらう」
「うわぁ、悪趣味だな。
男に裸体を晒すのはちょっと趣味じゃないね」
教祖グレゴリーにレイルズが軽口で返す。
ラビット、ローラ、セルドアは無言で剣を構える。
ふと、ガイアは思う。
彼らが祈る神とは一体なんなのだろう。
いずれにせよ善神などではないのは間違いない。
「やれ!」
ローブをはためかせ、その何かが飛び掛かってくる。
それは黒い獣。
大公サワロワと同じ獣。
つまり……モンスターに変えられた人。
全員が一斉に交戦に入った。
やっぱり、駄目だったかぁ……。
ごふっつ。
血が口から漏れる。
今度こそ終わりかなぁ……。
最強と言われながら、何も出来なかった。
それも『前と違い』こんなところで。
悔しいなぁ……。
瞳から流れる涙は顔の横を流れる。
それはそうだ。
もう起き上がる力もなく、大の字で転がっているのだから。
空はこんな時まで憎らしいぐらいの青空。
僅かに起こした顔で周りを見ると、共に戦った仲間たちも同じように大地に転がっている。
視界の中に長い黒髪が同じように大地に広がっている。
その前に誰かの足。
歪む視界の中、その人物を確かめると自然と口の端が上がる。
「遅いんだよ……ばかっ」
赤い髪を持つ、それは……。
それは……。
……。
「ガイア、立てる?」
ユリーナのその一言で意識が急速に回復する。
戦いの最中、ユリーナを庇った際に魔物に吹き飛ばされて気を失っていたらしい。
「ははは、情けない」
心の中で助けに来るヒーローを求めていたのだ。
それもよりによってアイツだ。
ゲーム設定と呼ばれる記憶を持ってしまったガイアには、最初はむしろ憎い敵でしかなかった。
印象が変わり始めたのは、そんなアイツをユリーナが信じると言い出したときからだ。
印象はだんだん変わっていった。
会うたびにアイツはユリーナに愛を語っておかしくなるし、行動1つとっても極悪非道のカケラも見えない。
ときどきニヤリと人相の悪い笑みを浮かべるのがそれっぽいと言えば、それっぽい。
それだけ。
部下からは慕われ、今ではかつて焼き払った街の住人からも悪い話は聞かない。
それでいて当人は押し潰されるほどにそれを反省している。
姉に言わせれば、彼は元々そういう人だったのでしょう、と。
ほんの少しのボタンのかけ違いとアイツを取り巻く状況が、アイツを悪逆非道の汚名へと導いた。
そうして進んだ悪の道も、全ては愛したただ1人ユリーナを救うためだったと。
なんだ、それ……とガイアは思う。
どうしてそこまで貫けるのか。
ガイアは立ち上がりながら、空を見上げる。
夢の中だけではなく現実でも見上げた青天は憎らしいほど。
いっそ強い雨でも降っていた方がそれらしく、自分の情けなさも洗い流してくれただろうに。
過去の記憶ではそうやっていつもアイツ……リュークが助けに来てくれた。
『
あの日のアイツの言葉がこだまする。
「……でも、助けを待っているようじゃ、ダメだよね」
「えっ?」
「なんでもない。
ごめん、油断した。
……もう油断しない」
戦況は……押されてはいるが崩壊してはいない。
もっともそれは時間の問題のようにも思えるが……関係ない。
『たった1度の負けでもう心が折れたか?』
関係ない、そうだ関係ないのだ。
そもそも……。
『悪魔神にすら、ただの一度も負けてねぇんだよ。
それを忘れんな』
負けてなどいないのだ。
いまを生きているのだ。
自分も、皆も。
ガイアは剣を握り直し、コキっと首を鳴らす。
身体は異常なし。
「……舐めたマネしてくれちゃったよねぇ。
覚悟はいいか、ゴミども」
身体の中をゆっくりと魔導力が回る、そんなイメージ。
情けなかった自分はいまここで捨てていく。
立ち直るのに神や別の強者の奇跡など必要にない。
この自らの足で立つしかないのだ。
それがどれほど情けなくて泣きそうで、辛いものでも。
そうやって人は……ようやく前に進めるのだ。
見る人が見ればエメラルドの瞳が光って見えるかもしれない。
『
「……ああ、世界最強がどんなもんか見せてあげるよ」
呟くとガイアは
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