第254話情けなくとも自分であることを

「お前いいんだなぁ〜?

 俺を本気にさせたなぁ?

 ああ、本気にさせ……へぶっ!?」


 再度、爆発音がしてユージーがまた宙を飛ぶ。

 俺の意図を察してレイアがもう1度、爆発の金属片を投げつけたのだ。


 ドシャッと地面に落ちてぴくぴくとする自称魔神ユージー。


 俺は石を投げつけてユージーを起こす。

 ベルロンドがそんな俺たちの間に割って入ることはない。


 すでにメラクルによって首元に剣を突きつけられているからだ。

 ポンコツ隊も油断なく周りを警戒。


 剣を突きつけられたベルロンドは汗を滲ませる。


 そののどにはわずかに血が出しても動く気配を見せたが、逆にメラクルからは冷たい殺意を感じたのだろう。


 それ以上動かない……いや、動けない。


 さらにその後ろには腕組みをして自然な様子で2人の動きを警戒する黒騎士。

 そのそばで緊張をにじませ立つ聖女シーア。

 そのシーアを護るように両サイドに立つスパークとミレ。


 なお、俺たちより離れ囲むように共和国の軍を配置させている。

 この自称魔神が真に魔神ならば、同時併発で別の魔神が復活しないとも限らない。

 それを警戒してのことだ。


 可能なら魔神の脅威と対処も同時に学んでもらおうというのもある。


 全員に自称魔神たちと接触の前によく言い含めておいた。

 抵抗の気配を見せた際には一切躊躇なく殺せ、と。

 自称魔神は、自称でしかなさそうだが。


 悪いが逃す気はないんでね?


「おい、ユージーとやら一つ質問だ。

 お前、教導国と共和国の境目で要塞型巨大モンスターと戦っていたらしいな?

 聖堂騎士団に至っては壊滅させている。

 なぜだ?」


 俺は疑問に思っていたことを尋ねた。

 自称でも魔神ユージーはやはり頑丈ですぐに顔を上げる。


「あぁ……?

 そんなの街襲ってたから助けたいと思ったからに決まってんだろ?

 聖堂騎士団はなんだかムカついたからぶっ飛ばした。

 そんだけだ!」


 助けたいと思ったからに決まっている、か。


 なんてことはない。

 そこから出たのは力ある者による自己中心的な発言だった。


 聖堂騎士団がユージーになにをしたかはわからないが、感情のままに巨大モンスターだけではなく聖堂騎士団も壊滅させている。


 俺は力ある者には力ある者の責任があると、自らを律した。


 その結果が俺の罪悪感のみなもとだとしたら、そうしたことで逆にどれほど大切な人を悩ませたか。


 人は心に自らの有り様に自信が持てないとフワフワと心が弱り、罪悪感や自己犠牲の念に駆られ、ついには人は自死にすら至ることもある。


 そんなとき人は驚くべきほど自分の声しか聞こえない。


 逆に自分の弱った心を守ろうと、耳心地の良い言葉だけは簡単に受け入れて、あっさり詐欺に引っ掛かる。


 ……だが、だがである。


 そもそも罪悪感による自戒やそれによる心の閉塞感など……要は自分の心の置きどころの問題なのだ。


 気付いてしまえば、なんと馬鹿なことで悩んでいたとすら思える。

 それで自らの大切な人をどれだけ苦しめたことか。


 だが、情けなくもダサい自分はその簡単なことに、今まで気づこうとしなかったのだ。


「くくく……」

 ユージーはそんな含み笑いをしてしまう俺を怪訝けげんな顔で眺めるばかりで、隙をつこうとはしない。


 力はあるようだが、戦闘においてはただの素人だな。


 ただ一つわかりやすい真実があるとすれば。

 こいつは感情のままに自由に力をふるいながら、それでも結果的に人を助けている。


 その一点において、なにが悪いことがあろうか?


 そんなユージーに対比して、責任に押し潰されようとしていた自分自身に笑ってしまう。


 元より自らが納得できると思えば人はなにかを強要されるものではない。


「まさか、お前みたいなのに教えられるとはなぁ……」


「お前みたいなのとはなんだ!

 このチート能力を手にした偉大なユージー様だぞ!?」


 ああ、吹っ切れた。

 考えるまでもない、ひどく単純なことだ。


 あー、あー、そうだ馬鹿馬鹿しい。

 自分の馬鹿さ加減に心底呆れてしまう。


 なにが公爵だ。

 若造が権力握って勝手に押し潰されて、愛している人を苦しめて。

 若造が若造のくせしてもがいてもがいて。


 ……それしかできなかった。


 ダサくても格好悪いくせにそれに浸る余裕すら与えられなかった。


 そうしなければ全てを失っていた。

 そうして多くの人の全てを奪った。


 それでも許してくれる人がいて、それに甘えてしまいたくなる自分を叱咤しったしながら。


 だが単純なことだったのだ。

 人は自分のできることしかできない。

 人は自分以外のどこかのスーパー君にはなれない。


 ついには高笑いすらしてしまう。


 世界を救う?

 馬鹿を言うな。


 1から救えるほど、世界はやすくない。

 俺ができるのは多くの人たちの背中をそっと押して、支えてやることだけだ。


 自分は自分でしかないのだ。


 どんなに情けなかろうと。

 全ての罪をつぐない切れるほど上等な人間ではないのだ。


 ……馬鹿馬鹿しいまでに、そんな単純なことを認めることが今までできなかった。


 なんのことはない。

 自らを追い込むのは自分だということだ。


 高笑いを収め、ゆっくりと腰のプライアの剣の柄に手を当てる。


 それでもニヤッとした笑みは消えない。


「感謝するぞ。

 俺もそうしたいからそうする。

 それだけだ」


 本当にそれだけだ。


 ダサいやつと笑いたければ笑え。

 俺もそんな自分を笑ってやるさ。


 剣に光が集まる。

 よどんでいた身体の中に流れる力の奔流が流れるごとく。


「『光輝心願ただ心より光を願う』」


 久しぶりに放つ巨大な光の奔流ほんりゅうは暴れる竜の如く、自称魔神ユージーの周りを飛び跳ね回る。


 そのどれもがユージーを貫くことなく……やがて消えた。


「ちぃ! 外したか!」

 そう言いながらも当てる気などなかったがな。


 ユージーが驚愕を露わに薄く切れたであろう腹を押さえる。

 見るからに浅い。

 余波にかすっただけだろう。


「おおおおおお前、それ何!?

 なんなのぉぉおおおおお!?

 痛い!!

 痛い痛い!!」


 ユージーは腹を少し切っただけのはずだが大袈裟に転がる。


「ひひひ卑怯だぞ! 貴様!

 いいや、もっと酷い!

 卑劣だぞ貴様ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 卑怯と卑劣ってどう違うんだよ?


 そう言いながら、ひとしきり転がった後、涙目で腹を押さえてブルブル震えその場に立ち尽くしている。


 完全に隙だらけ。

 その姿に……逆に毒気を抜かれる。


 俺は目でメラクルに合図を送る。


 するとメラクルは目をパチパチさせてから、ウィンクで返してきた。


「違ぇよ!

 ベルロンドを離していいぞ!」


 メラクルがベルロンドを解放すると、ベルロンドは真っ直ぐにユージーに駆け寄る。


 戸惑いながらもユージーを抱きかかえ庇うような仕草を見せる。

 不安の色が隠せない様子で。


 うーん、あれ?

 これ、どう見ても俺が悪者?


 心なしか、周りからの視線も痛い気がした。


 メラクルはそんな俺にポツリと。

「……どう見てもあんたが悪者だけど?」

「口に出して言うなよ……」


 メラクルさん、言わぬがはなというやつよ?

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