第75話奇跡を願うのではなく、為すべきことを為す

 流石に気が触れたと思うかもな。

 そう俺が皮肉げに笑いかけた時。


「やややや、ヤバいじゃん!」

「えー!? そそそそれは早くなんとかしないと!?

 あ、それで帝国宰相が何か関係あるのですね? そうなんですね?」


 2人はあまりにあっさり信じたので、逆に俺はこの娘2人が心配になった。

 なんであっさり信じるんだ、と尋ねる。


 すると2人は逆になんでそんなことを聞くの? とキョトンとした顔をする。

「目が嘘を付いていないですよ?」


 ユリーナさん、どういう意味?

 貴女、俺が赤騎士で姿を見せた時も1発で見破りましたよね?

 何? 貴女の目には何が見えるの?


「昔の優しい時の貴方の目と同じですよ?」

 ふふ、と柔らかく笑う。

 どんな目だよ?


「押し倒していい?」

「ダメです!」

 ズザザと距離を取られた。

 うん、残念。


「そもそもさぁ〜、あんたそういう嘘言わないじゃん。

 真面目か! ってぐらいに。」


 なぬ!? そんな馬鹿な。

 今は性格が違うとはいえ、俺は悪虐非道のハバネロ公爵だぞ?

 自分でも思い返してみる。


 ……。


 あれ?


「そういやあ……、そうかも?」

 ただ嘘付くタイミングがなかっただけじゃないか?


「そうよ?

 秘密主義なところはあるけど、嘘は吐いてないわよ」

「お前にそう言われると、なんかムズムズする。

 納得いかないというか、落ち着かないというか」

「なんでよ!

 姫様との扱い! 差が酷過ぎる!」


 当たり前だろうが! 女神の如く、いや、女神すら超える美しき我が婚約者とそこらの駄メイドと同じ世界に位置すると思うなよ!


 それはそうと、その話に付け加えて他にも言っておかないといけないことがあった。


「それと……ラビット・プリズナーは、王国の反乱分子の頭領マーク・ラドラーだ。

 今、うちの部下がラビットと交渉に入ったはずだ。

 その結果次第では、俺はラビットを排除する」


 淡々と感情を廃して。

 主人公を失うことは致命的になるだろう。

 そうでなくても、ラビットは能力Aの貴重な主力だ。


 同時にそれを行う場合は、反乱分子の本拠地になっている街で、過去と同じ惨劇するいとわぬ覚悟をすると言うことだ。


 正確には現時点でマーク・ラドラーたちは、せいぜい公爵のやり方や王国貴族への不満を抱えた反乱分子であり、具体的に組織的な悪さはまだしていない。


 だが放置しておけば、やがて反乱分子は反王国、反公爵の反乱軍へ成長していく。


 ゲーム設定上は大公国崩壊後、主人公チームを支援したのがマーク・ラドラー率いる王国反乱軍で、やがてハバネロ公爵を打倒する勢力となる。


 ハバネロ公爵討伐後は、反乱軍は事実上主人公チームの母体となり、邪神討伐戦の主力となっていく、そんな存在だ。


 ユリーナはわずかに目を閉じ、深く息を吸いゆっくりと吐き出す。

 黒い瞳に強い決意の光が灯っている。


「……反乱分子が帝国との大戦中に後方で騒ぎを起こすのを防ぐため、ですね?」


 俺は頷く。

 話した通り王国には余裕がない。

 そのタイミングで万が一にも帝国と連携された日には、俺が仕掛けた策も全て食い尽くされることになる。


 そこで何故かユリーナはまるで、安心させるようにふっと微笑む。

「言ったはずです。

 荷を背負うと。

 だからそんな顔をしないで下さい」


 ユリーナはそう言って俺の顔に触れる。

 俺がどんな顔をしているというのだろう。


「それを望んで行う訳でもないことも、その時は他の多くの民を守るために為さねばならぬことも、同じように国を支えねばならない立場として分かっております。

 大公国に仲裁を頼む際はお任せ下さい」


 メラクルまでため息を吐く。


「……今のあんたの顔、見れるなら悪虐非道の公爵なんて思う奴は居ないだろうにね」

 ほんと、俺はどんな顔しているのやら……。


「ラビットは短いながらも共に戦う仲間です。

 彼はきっと私怨のために差し出された手を振り払うようなマネはしません」


 だといいがな。

 かつてあの街でラビットが何を失ったのか、それが分からない以上、俺にはなんとも言えなかった。


 第一、ゲーム上では主人公と反乱軍頭領のマーク・ラドラーは別人でその齟齬そごはどういう理由なのかも分かっていないままなのだから。


 この様子ならば、今のところユリーナが仲間としての信頼はあれど、『主人公』のヒロインとしてラビットを意識しているようには見えない。

 そのことにも内心、とてもとてもホッとしていたりする。


 それから少しだけ宰相討伐について話をする。


 帝国宰相が邪神復活を望む集団の幹部の1人であり、皇帝は長い時間をかけて思考誘導され、王国と大公国を打倒し統一をすることが世界を邪神から救う手立てと考えていること。


 ゲームについてだけは、今は伏せて話をした。

 恐らく、この2人なら信じてくれるだろうが、俺がなんと話して良いのか分からなかったためだ。


 今後の詳細については、大戦が開始され事態が想定通りに動いた場合に改めて話をするよう伝えた。

 ゲーム知識は予言ではない。

 当然、全てがその通りになる訳ではないからだ。


 帝国が王国と大公国を平定しようとするのは、ある意味でそれは正しい。

 分散した戦力で敵うほど優しい相手ではなく、ゲームでも邪神の討伐は世界最強の部隊となった主人公チームの単独突撃で辛うじて勝利出来た。


 王国も帝国も大戦により疲弊してしまい、教導国や共和国も邪神の配下であるスキュラ型などの大型モンスターの被害により、まともな戦力は残っていない状態だったからだ。


 ゲームでは明確にはしていないが、そんな状態で邪神を遥かに超える悪魔神を乗り越えることは出来ないだろう。


 だが帝国が勝利すると言うことは王国と大公国が滅びると言うことだ。

 その時、一族であるユリーナもまた処刑もしくは帝国の皇族に下賜かしされてしまうだろう。


 ……正直に言って、世界が滅びようともそれが俺には許せない。


 あともう一つ、いよいよの時はゲームのハバネロ公爵同様、帝国一万の騎士全てを生き埋めにして殺すことも覚悟していることも、口にはしなかった。


 ……ハバネロ公爵討伐の可能性についても。


 時間となり、最後に俺はユリーナを抱き締める。

 今度は逃げたりも動揺もせず、ユリーナからも優しく抱き締め返す。

 きっと俺はユリーナと今日初めて婚約者になれたのだと思えた。


 なお、それを見ながらメラクルが一言。

「いいなぁ、私も男欲しい……」


 オチ付けずにいられないのか、お前は?

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