第76話開戦

 ユリーナが帰って行って数日もしないうちにモドレッドから、交渉が上手くいったとの連絡が入ったことで俺はソファーに沈み込んだ。


「あんたでも緊張するのね?」

 メラクルはいつも通り対面のソファーに座り勝手に茶を飲んでいる。


「まあな、ラビットはユリーナの部隊に必要な存在だ」


 もしかすると、ラビットはマーク・ラドラーであることで、ゲーム主人公とは別人なのかもしれないとさえ思うが、どちらにしろその腕は確かだ。


 とにかく、彼らはモドレッドと事前に話し合っていた通りの要求を受け入れたようだ。


 反乱分子ではなく、兵役の義務を伴った自営組織としての活動を認める。

 かつて『悲劇』があったオレリオ地方のウバールの街にて追悼式での式典を行うと共に、当時の『悲劇』による罪は問わない。

 ウバールの街に戻ることを希望する者には人民台帳への登録の代わりに支援金を渡す。

 改めて王国民として扱い、要望がある場合、武力ではなく話し合いにて行う。

 王国への話し合いはハバネロ公爵が仲介する。


 以上の5つが大きなところだ。

 実質、現時点で反乱の罪は問わないという破格どころではない話だ。

 これは現段階では、王国の対抗派閥もしくはハーグナー侯爵に知られると非常にまずい話でもある。

 言わば、国の外交を勝手に行ったと誘導されかねないからだ。


 抜け道としては2つ。

 これはあくまで公爵領内の話であるということ。

 そして、彼らはまだ明確な反乱行為が明らかになっていないということ。


 もし既に声明文など出していればこうはいかなかったが、そもそも彼らの活動が表沙汰になっていないのは、大きな理由がある。


 簡単に言うとこちらの動きが早かったせいだ。

 マーク・ラドラーが本格的に主人公チームを支援を始めるのは、ハバネロ公爵台頭のタイミング。

 つまり、帝国との大戦後だ。


 よって、体制の整っていないこの段階で動きを読まれ居所を突き止められた時点で、反乱は失敗しているのだ。


 もしも俺がその気なら、そのまま壊滅していた事だろう。

 その際には、あの街の時のような血が流れていたことは間違いない。


 ゲーム設定の知識がこれ以上ない程に役に立ったという事だ。


 モドレッドが言うには、この段階であの交渉を受けない可能性はまずないという見解だった。


 明らかに追い詰められた状態で、あの恩情とも呼べる提案の手を取らない程の狂信者ならば、殲滅した方が間違いなく良いとも。


 俺からするとマーク・ラドラーをユリーナの部隊から失うのは、困るという思いが先立っていたが、改めて考えてみるとモドレッドの言うとおりだとすぐに気付いた。


 何にしても、反乱軍は消滅して味方が増えたことを素直に喜ぼう。


 モドレッドたちが王都に戻ると、同時にセバスチャンが王都の公爵邸にやって来た。

 帝国と開戦となる前に、王都公爵邸と公爵領内の調整を行うためだ。


 セバスチャンはすでに報告を聞いていたのだろう、メラクルを見るとうやうやしく一礼した。


「ご無事で何よりです。レッド様が心を痛めておいででしたので」


 すると、メラクルはニヤァ〜っと笑う。

「何よ? やっぱり心配してくれてたのね〜?」

 そう言ってニヤニヤする。


 そこでセバスチャンは付け加える。

「されど、これからは正式に公爵家のメイドであるため、今までのような振る舞いではいけませぬな!

 このセバスチャン、ビシビシと教育しますぞ!」


 ヒィ〜、とメラクルは俺の後ろに隠れる。

 前の時もメイド長ならびにセバスチャンに厳しく躾けられていたので、トラウマとなっているようだ。


 とりあえず、後ろに回ったメラクルをクルッとセバスチャンの前に押し出しておいた。


「あれ? あ、あんた!? 裏切ったわね!」

 なんと人聞きの悪い。


「お前はちょっと王国の一般教養でも身に付けておけ、とりあえず、王国貴族全員の顔と名前程。」

 何百人居るか、俺も知らんがセバスチャンは全員頭に入っているようだ。

 俺、お前の雇い主、頑張れ駄メイド。


「ちょ!? あんた、なんて無茶な!?」

「口の聞き方ぁぁああああ!!!」

 セバスチャンが一喝にメラクルの背筋がビシッと真っ直ぐになる

「はいぃぃいいいい!!!」


 そうして、駄メイドメラクルは我が家の頼れる執事セバスチャンに引きづられていった。


 俺はわざとらしくハンカチを振ってそれを見送り、ゆっくり今後の考えをまとめることにした。


 大戦が始まれば、貴族軍を纏めて王国の西か東か、はたまた予備役となるか。

 今の予定配置は予備役だ。

 帝国主力は当然、花形と称して軍閥派の近衛含む王軍が当たることになるだろう。


 細かい戦場の動きは、残念ながらゲーム設定では分からない。

 それもそのはずで、ゲームはあくまで主人公チームの動きを追うだけで、ハバネロ公爵の行動は知る由もない。


 結果としてこの大戦時にハバネロ公爵が行ったことについては分かっているが、何をどうしたのかは予測するしかない。


 ゲームでは主人公チームはこの大戦時の混乱の中、『総大将となった』ハバネロ公爵の命令で帝国に潜入し宰相討伐に向かい、大戦の中心には居なかった。


 ハバネロ公爵がこの大戦で行った行動、それは……。


 帝国騎士一万の虐殺。

 彼は降伏した帝国騎士一万を生き埋めにしたのだ。

 その後、追い詰めた皇帝を殺し、大戦を終了させた。

 それがハバネロ公爵を王国の英雄にまでのし上げた。


 偶然にもこの大戦で、軍閥派の主だった貴族や将軍、さらに第2、第4王子、そして王太子が死亡したことで、ハバネロ公爵は次期国王の最有力候補にまでなる。


 それと同時に帝国が再起不能な程、弱体化したため王国は世界においてトップの大国となった。


 王国で並ぶ者の居なくなった覇王ハバネロは何を思ったか、大戦直後に大公が亡くなったのを良い事に大公国を接収。

 事実上、大公国を滅ぼした。


 だがあまりにも苛烈で華々しい戦果は、人々を新たな覇王の誕生という危機感を抱かせることとなった。


 何度も繰り返すが、ゲームにおいてのハバネロ公爵は残虐非道であり、何より嫌われ者。

 味方はあまりに少なかった。


 巨大なハバネロ公爵に対抗するため、人々は英雄を必要とした。

 それが世界最強の部隊主人公チームだ。

 そこには皮肉にもハバネロ公爵の婚約者ユリーナが参加していた。


 悲劇の王女と世界最強剣士、有名な放浪騎士、伝説の聖剣を持つ剣士、輝く星々が集まるように世界最強の部隊は強化され支援者が現れた。

 王国反乱軍頭領であり死の商人マーク・ラドラー、共和国、教導国、帝国、さらに王国内部からも。


 それは壮大な物語のように。

 ハバネロ公爵からすれば……ただの悪夢のように婚約者ユリーナを筆頭に。


 ハバネロ公爵を貫く。


 それは今もなお、その歴史から逃れられない津波のように俺に襲い掛かるのだろう。

 そうしてその始まり、ゲームと同様、帝国との大戦が始まった。

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